メールマガジン No.103(2021年5月号)

メールマガジン No.103(2021年5月号)
リテラ友の会 メールマガジン No.103(2021年5月号) 2021/5/27

□□目次□□
1.文学部新任教員あいさつ
2.文学部オリエンテーションキャンプレポート
3.文学部サテライト展示「外から見た日本語」のはなし
4.広報委員会より

1.新任教員挨拶

  文学部では、4月に2人の教員が着任いたしました。今号では、お二人の自己紹介をお届けいたします。

○欧米文学語学・言語学講座(アメリカ・イギリス文学分野)松永京子准教授

  2021年4月に欧米文学語学・言語学講座に着任しました松永京子と申します。ポスドク研究員として広島大学大学院文学研究科でお世話になってから、アメリカと神戸での大学勤務を経て、十数年ぶりに広島大学に戻ってまいりました。

  これまで私が主な研究対象としてきたのは、北米先住民文学と核・原爆表象です。とくに、北米先住民作家やアーティストたちが、文学や映画のなかでどのように原爆や核をめぐる諸問題を描いてきたのかを、 (ポスト)植民地主義や環境批評の視点から研究してきました。1945年以降のアメリカ文学や映画に触れてみると、実に多くの作品が、核兵器、核戦争、核エネルギーを背景やモチーフとしていることに驚かされます。そして、これらの核のナラティヴにしばしば共通してみられるのが、核によって〈世界の終わり〉がもたらされるかもしれないという不安や、原爆や核による破壊を〈未来の出来事〉としてとらえる傾向でした。一方、これまであまり注目されてきませんでしたが、原爆や核エネルギーを実際におこった破壊や現在進行形の問題として描く作家やアーティストたちも存在してきました。なかでも、ウラン鉱山、核施設、核実験、核廃棄物が先住民の土地に集中していることに着目した作品は、原爆・核の言説が、植民地主義の歴史、人種差別、エコロジー、地政学的問題などと複雑に絡み合った多層的なものであることを教えてくれます。

  上記のほかにも、公民権運動や反核にかかわったアフリカ系アメリカ人作家がいかに原爆や核を作品化しているのか、日系文学のなかで日系被爆者がどのように表象されているのか、アメリカ文学のなかで日本の植民地支配と原爆の歴史がどのように描かれているのかなど、社会運動やエスニック・ポリティクスの関係からも研究を進めています。

  研究テーマともかかわりの深い広島の地に戻ることができ、大変嬉しく思っています。どうぞよろしくお願い申し上げます。

■松永京子准教授のプロフィールはこちらをご覧ください。

○総合人間学講座(比較日本文化学分野)李 麗助教

  はじめまして、2021年4月に比較日本文化学分野に着任いたしました李麗(リ レイ)と申します。このたびご縁をいただいた母校である広島大学で、しっかり研究・教育に励んでいく所存です。どうぞよろしくお願い申し上げます。

 私の出身地は、中国の広西チワン族自治区にある「賀州」という小さい町です。2013年交換留学生として奈良女子大学で一年間勉強いたしました。この素晴らしい一年間の留学体験のおかげで、また日本に留学することを決意いたしました。中国・大連理工大学卒業後ご縁があり広島大学大学院博士後期課程に入学し、昨年の7月に本学文学研究科の博士号を取得いたしました。

  私の専門は児童文学、特に日中比較児童文学です。児童文学について、テクストにとどまらず、ビジュアルからのアプローチによる研究をしてきました。主に20世紀前半の日中児童文芸雑誌における児童出版美術の機能を多角的に考察してきました。特に児童文芸雑誌における表紙絵、口絵、挿絵に注目し、その表象、特徴及び時代性との関係、読者への機能、編集者の意図などについて研究しています。最近では、幼児向けの絵本というメディアと美術との関わりにも関心があります。児童文学は子どもたちの心を育てる現在と未来の架け橋になるだけではなく、大人でも楽しめるものです。ですので、児童文学の楽しさを、学生さんたちにも伝えたいと存じます。
 
  微力ながら、広島大学で、良い教育と研究を行えるよう努力したいと存じます。ご指導、ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。

■李 麗助教のプロフィールはこちらをご覧ください。

2.2021年「オリキャン」までの道のり【文学部就学相談室長 川島 優子(日本・中国文学語学講座 中国文学語学)】

   今年度の新入生歓迎オリエンテーションキャンプ(通称「オリキャン」)は、4月24日(土)、25日(日)の午後、東広島キャンパスで開催されました。

  文学部では、例年4月下旬~5月初旬、国立山口徳地青少年自然の家において、一泊二日のオリエンテーションキャンプを行ってきました。このオリキャンには、当日の交流はもとより、1年生が入学してからキャンプ本番までの約1ヶ月間、同級生や上級生スタッフたちと共にさまざまな活動を行う中で、人間関係を築いたり、大学生活のルールを身につけたりすることができる、という大きな効果があります。ところが昨年度は、新型コロナウィルス感染症の影響で、授業を含む対面での活動が全て禁止されたことにより、オリキャンも中止。新入生たちは、入学早々自宅待機を余儀なくされ、前期の間は大学構内に入ることもままならず、授業もオンラインでの受講となりました。不安と孤独の中にある新入生のために何かできないものかと、スタッフたちが知恵を出し合い、LINEやZoomを使って交流ができるシステムを構築するなど、模索を続けました。

  そうした中、今年度のオリキャンに向けても準備が進められました。そもそも「オリキャン」とは何なのか。何のために「オリキャン」なるものが存在しているのか。本質的な問いが突きつけられた一年でもありました。かつてのような宿泊を伴うキャンプが困難となった今、どのような形であれば「オリキャン」が開催できるのか、オンラインでの開催案も含め、新旧のスタッフたちが試行錯誤を重ねた末、今年度はキャンパス内で行われることとなりました。

  当日は汗ばむほどの快晴、参加者は両日とも194名(24日は1年生120名、スタッフ74名、25日は1年生122名、スタッフ72名)。約三週間に及ぶ準備期間も含め、感染症対策をしっかりと講じた上での、制限も多いオリキャンとなりましたが、マスク越しにもはっきりとわかる学生たちの笑顔からは、今年のオリキャンが、例年同様に、あるいはそれ以上に、有意義なものであったことを確信することができました。それぞれの想いがこもった、暖かいオリキャンとなりました。

○ 文学部新入生歓迎行事実行委員会 総局長 黒田 大輝

 文学部では、4月に、新入生歓迎行事「オリエンテーションキャンプ(通称オリキャン)」を行っています。学生同士の関係の構築と新入生の不安の解消を図るという目的で毎年開催していましたが、昨年春は新型コロナウィルスの蔓延により実施できませんでした。今年は、現在の3年生がオリキャンを無くしたくない一心で開催を決意しました。

 広島大学の指針に則り、感染対策を徹底しながら各班が教室で交流をし、集大成として、4/24,25にそれぞれ、キャンパス内でイベントを行いました。

 1日目は宝探しを行いました。各グループで謎やお題を解き、宝をゲットしポイントを競うゲームです。各グループのリーダーとライン通話を繋いでいましたが、電話越しの楽しげな話し声と、帰ってきた学生たちのマスク越しの笑顔に入学当時の不安そうな色は無く、安心と嬉しさを覚えました。

 2日目は大学構内のスペイン広場で、各班の新入生による出し物を行いました。短い練習期間ながらどの班も完成度が高く、2,3年生からは笑いや感嘆の声が溢れました。会場の雰囲気が徐々に和らいでいき、気づけば目が離せなかったことを、今でも思い出します。

 私は入学当時、不安でいっぱいでしたが、オリキャンのおかげで、これからも関わっていきたいと思える友人たちができました。今年のオリキャンは今まで以上に、周りの方々の協力なしでは開催できませんでした。僕にとって最後のオリキャンが最高の幕引きで終えられたことも、新入生に笑顔が溢れたことも、学生たち、支援室の方々、先生方のご支援によるものです。誠にありがとうございました。新入生の学生生活が充実したものになることと、たくさんの学生たちに忘れられない思い出を与えてくれたオリキャンがこの先も受け継がれていくことを、運営チーム一同切に願っております。

 

宝探しーその1

宝探しーその2

新入生によるスタンツ(出し物)

2、3年生スタッフ

3.文学部サテライト展示「外から見た日本語」のはなし【日本・中国文学語学講座(日本文学語学分野)准教授 白井 純】

○革装丁の古い本
 広報委員として、文学部玄関のサテライト展示を担当することになった。2021年4月から半年間の公開である。白井研究室には革装丁を含む洋書が書架2棚分くらいあり、2年前に赴任して研究室の主となった時から気になっていたので、よい機会だと考えて取り上げることにした。なぜ国文研究室の教員研究室に洋書があるのか不思議に思われる方もいると思うが、どうやら、広島大学の教員であった土井忠生(キリシタン語学)のコレクションの一部だろうという。同じ分野を専攻する後学の私が広島大学に赴任して、コレクションに再び光が当てられるのは、何かの縁かもしれない。

 ところで、これらの本は何だろう。もしかしたら、とても貴重なものかもしれない。洋の東西を問わず、古い本には価値がある。ビル・ゲイツがレオナルド・ダ・ビンチのレスター写本を30億円で購入(現在では50億円の価値があるともいう)したのは有名な話で、写本は1点しかないから別格だとしても、ヨーロッパで最も早い活字印刷本として知られ、オークションで20世紀末に丸善が8億円で落札した『42行聖書』(グーテンベルク聖書)も世界中に50点くらいしか現存しないので、当然ながら価値が高い(丸善が購入した本は、現在は慶應義塾大学がオンライン公開している)。15世紀のインキュナブラ(活字揺籃期本)ですら目の玉が飛び出るような値段でコレクター垂涎だが、当然ながら国立大学教員の薄給では一生手にすることが無いだろう。

白井研究室の洋書の一部

白井研究室の洋書の一部

劣化した洋書の背表紙

劣化した洋書の背表紙

○作業開始
 そこで、もしかするとこれらの本は「お宝」なのかもという期待が出てくる。さっきからお金の話ばかりだが、もちろん学術的にも関心はある。そこで正体を探るため書架から出したのだが、その段階で手が真っ黒になってしまった。埃である。私の前任教員は漢文訓読が専門だったから、あまり触ってもいなかったのだろうか。そこで埃を払うのだが、今度は茶色い粉が出てくる。洋書なので革装丁だが、その革が経年劣化によってボロボロになっているのだ。机の上は粉だらけだし、ちょっと触れば手も茶色になってしまい、その手でページを開くとそこも茶色い指の跡がついてしまう。これはいけない。

 和紙を用い綴じ糸で製本した和装本にも虫食いによって傷んだ本はあるが、紙なので手に付いて扱いに困るということはない。しかし洋装本の革の粉は独特で、何度拭っても取り切れない。この作業はけっこう面倒かもしれない。「お宝」への興味と、本の状態との間で気力が萎えかける。そこで、ちょうど春休みでもあるし、学生を呼んで一緒に進めることにした。以前から、文献調査に院生・学生を連れていくことは珍しくなく、一昨年度、コロナウイルスが拡大する前だったが、調査に同行した学生は訪問した博物館の研究室で室町時代の奈良絵本(美麗な彩色入り絵本)に直接触る機会すら得たのである。もちろん、先方との信頼関係が前提で、教育上の効果とか、閲覧申請にはもっともらしい理由も付けるのだが、本当は「どうだ、面白いだろう」「はい、先生!」というやりとりが好きなだけなのである。私の恩師である石塚晴通も、20代半ばの私を2週間の海外出張に連れて行き、大英図書館やロンドン大学、フランス国立図書館で思う存分にキリシタン版(16世紀末から17世紀初めにかけてイエズス会が出版した日本宣教に関係する本)に触る機会を与えてくれた。若輩に対して過分な待遇だが、文献学にとって本物に触る機会はとても大切であり、このような徒弟制が担う部分もあったのである。そういう経験も、授業や課外活動として、原本を用いた学生参加の調査に関心をもつ理由である。

 

『日本文典 A Japanese Grammar』1868,Leiden

『アジア言語誌 Asia Polyglotta』1823,Paris

○学生との共同調査
 招集に応じて学生たちがやってきた。これは何なのかと聞くが、私にもよく分からないのである。すると、不安そうな顔をする。教師は何でも知っていると思っているらしい。それが分からないから一緒に調査するのだ、茶色い粉には注意しろと言い、作業を開始した。

 刊記(巻頭や巻末にある出版の記録)を確認し、パラパラと中身を見れば、19世紀から20世紀前半の日本学(日本文化に関する幅広い研究)、とくに言語研究であることは簡単に分かる。言語は、ドイツ語、フランス語、英語である。そこで辞典や研究書を横に置き、オンラインの情報も積極的に閲覧して、正体を特定することに努めたが、参考にした杉本つとむ『西洋人の日本語発見 外国人の日本語研究史』講談社学術文庫(2008)は特に充実していた。

 最近では調査の際に古典籍のデータベースや図書館が公開している書誌情報を参照することが多くある。専門分野に近ければ推測もつくが、漢籍や古文書ではお手上げということもある。インターネットが普及する前は、文献調査といえば知識と経験に基づく職人芸的世界でもあったが、今後は変わっていくだろう。本の外見的特徴を記録する方法を書誌学というが、あれこれ難解な言葉で説明するよりも、オンラインの写真数枚があれば事足りる場合も多い。

『日本文典 A Japanese Grammar』1868,Leiden

『日本文法試論 Essai de Grammaire Japonaise』1861,Paris

 各自、担当する本を決め、展示の解説文を作成する。最後のオランダ商館長(長崎の出島にあった)クルチウスの『日本文法試論』は、ライデン大学教授ホフマンが注釈を加えて出版した本として以前から知っていた。ホフマンはこの本の出来に納得せず、後に『日本文典』を著すことになるのだが、商館長としての実務をこなしながら日本語の記録を残した熱意は評価されるべきだろう。クラプロートの『アジア・ポリグロッタ』は1823年パリ刊が初版で、これは知らなかったが中身はなかなか面白い。“Lieû-k'ieû”がはじめ何を指すのか分からなかったが、正解は「琉球」で、琉球方言を一つの言語として日本語と比較している。ヨーロッパの出版事情として改版や重版が盛んなことは知っていたが、このコレクション内でも、言語を変えたり改訂したりして、何度か出版した本が多いことが実感できた。

 日本イエズス会の活動に関心があったパジェスの『日仏辞書』1862-68年パリ刊は残念ながら複製しかなかった。キリシタン語学からみれば最も重要な本で、キリシタン版『日葡辞書』1603年長崎刊を翻訳して当時の日本学に大きな影響を与えた。そのためコレクションとして期待されるのだが、もしかすると別の場所に保管され、そのまま分かれてしまったのかもしれない。これらの図書には鉛筆やペンで所々書き込みがあり、これを読み取って個々の本の歴史を探るのは文献調査の面白いところだが、内容はいろいろで書き手も複数いるようだった。

鉛筆やペンで書きこまれた部分

○展示のコンセプト
 展示パネルは、説明文を印刷して発泡スチロールのボードにのり付けする。ボードはシールになっているので貼るだけでよく、周囲を切り落とせば綺麗に仕上がるのだが、技量不足により少しゆがんでしまったものが出た。手作りの展示なので勘弁してもらおう。それと並行して全体解説を書いた。19世紀の言語学による新しい日本語研究と、「宣教に伴う言語学」の遺産を蘇らせた研究の二つの潮流である。「宣教に伴う言語学」は聞き慣れない言葉かもしれないが、大航海時代(本来はAge of Explorationとか、Age of Discoveryで、大航海時代という言葉は日本で作られた)に世界各地で活動したキリスト教修道会が現地語と接触し宣教するなかで行った言語研究をいう。宣教という明確な目的を持つため実用語学であり、辞書や文法書を出版したが、なかでも日本語のものは秀逸であり、ラテン語学の伝統と、現地語のなかに身を置いた日々の観察に基づく精密な記述を織り交ぜることに特徴がある。

 さて、結局のところ「お宝」は出てこなかったが、学生たちとの共同作業によって展示を創り出す時間は私にとって最良の時間だったから、それで十分満足している。しかし、いささか付け焼き刃なのは否めないところで、学芸員の実習でもないわけなのであちこちに粗が目立つかもしれない。コロナウイルスの拡大によって5月下旬は再びオンライン授業になってしまったが、授業のレポート課題として、展示の改善点についてレポートを書かせたらよさそうだ、などと次の手を考えている。今後のサテライト展示は、各研究室の学生が中心となり、それぞれの分野の面白さを伝える展示を持ち回りで行うのも面白そうである。広報委員会としても展示のネタを探しているので、良いアイデアの提案をお待ち申し上げたい。

4.広報委員会より【広報委員会委員長 末永高康】

 昨年の同時期に編集後記を書いていた時には、キャンパス内で聞こえてくるのは鳥の声ばかりでした。同じ緊急事態宣言下でも、今年は学生の姿を見ることができます。遅々とした歩みではあるものの、われわれも少しずつ日常を取り戻しつつあるようです。
 日常においてはルーティーンとして処理されてその意義をあまり考えることがないことがらも、非日常下においてはその意義が問い直され新たな意味づけを得ていくようです。オリエンテーションキャンプもこの二年間の経験により鍛え上げられてあらたな生命が吹き込まれたように感じます。今後のさらなる発展に期待します。
 コロナ下で記事になるようなイベントがほとんどなく、埋め草のような感じで依頼したサテライト展示記事でしたが、たいへんな力作を寄せていただきました。委員会のルーティーンワークであるサテライト展示も、われわれの工夫次第ではさまざまな意味づけをし得ることを教えられたように思います。高額の「お宝」は見つからなかったようですが、お金に換算されない「お宝」はすでに手にされたのではないでしょうか。

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オーナー:広島大学文学部長  友澤和夫
編集長:広報委員長  末永高康
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