メールマガジン No.118(2024年3月号)

メールマガジン  No.118(2024年3月号)
リテラ友の会 メールマガジン  No.118(2024年3月号) 2024/3/26

□□目次□□

1.文学部/人文学プログラム退職教員あいさつ
2.2023年度卒業論文優秀者による発表会報告
3.文学部ニュース
4.広報委員会より

1.文学部/人文学プログラム退職教員あいさつ

八尾 隆生 教授【歴史学コース(東洋史学分野)】

 東洋史学分野の八尾でございます。
20世紀最後の年、平成12年(2000)10月に着任以来、23年半もの間、文学部及び文学研究科・人間社会科学研究科人文学プログラムでお世話になりました。国公立大学の中ではキャンパス面積最小クラスで「山の中にある」大阪外国語大学(現大阪大学外国語学部、場所も変わっております)から「キャンパスの中に山がある」最大クラスの本学東広島キャンパスに初めて参った際は、えらい規模の違いだと驚きつつも、結局は田舎だなと苦笑する始末。
 大阪生まれの大阪育ちだった私が本学への転任を希望した理由としては、とにかくゆっくりと教育・研究に取り組む環境が欲しかったこと、教育面では東南アジア史、特にヴェトナム史の専門授業がしたかったことなどがあげられます。前任校では外国語大学ということで、当然ではありますが演習授業はすべてヴェトナム語でしたし、歴史の講義も東南アジア全体の概説くらいしか許されませんでした。転任直前の指導学生たちの卒論題目の一つは「ヴェトナムのインスタントラーメンについて」・・・こちらに参って正解でした。
 着任後は、『人文学へのいざない』でも書きましたが、年に2・3回の史料収集を目的としたヴェトナム渡航を継続しながら、自分の望む教育・研究の機会をいただき、さらには正直面倒な全国学会の事務局職などもすべてスルーされるという幸運に恵まれました。教育面では20年余で数名ではありましたが院生に学位論文指導を行う一方、研究面では現地ヴェトナムで集めた史料を基にした著書、論文の執筆や編纂史料の校定本作成など、まずまずの仕事を残せたかと考えております。
 ただ誤算だったのは60歳前後に、○保○、友○、後○といった先生方に「巧妙に拉致されて?」部局の執行部に搦め捕られてしまったことでしょうか。部局改組のややこしい時期に、いわゆる入試委員長や全学の教務委員などを務めた際は、新型コロナ禍の流行とも重なったこともあって、なれない業務に戸惑うことや失敗も多々ありました。結果、皆様には面倒をおかけしたと思います。申し訳ございません。こうした苦い経験が定年後には何か役に立てばいいかなと「ころんでもただでは起きない」大阪人は期待しております。
 あと、例外はあるでしょうが、人文学の研究者としてありがたいのは、大学を去った後もそれ以前の研究を「おたく」のごとく続けられることでしょう。給料はありませんが。自身の研究論文などもう書けそうにもありませんが、これからもヴェトナムの田舎で集めてきた史料等が後進の研究者が使いやすくする環境を整えるなど、一歩引いた形ではありますが学問の世界につながり続けようと考えております。
教職員の皆様、それに院生・学生・研究生には長きにわたってお世話になり、重ね重ね、誠にありがとうございました。
 

2.2023年度卒業論文優秀者による発表会報告

 2023年度の卒業論文優秀者発表会が、2月16日(金)13:00から文学部にて去年と同じくハイブリッドで行われました。発表者は10人選出されました。参加者からの質問も多く飛び出し、たいへん熱を帯びた活発な会となりました。発表内容も、これでこそ文学部と胸を張れるものばかりで、普段、自分が聴くことのない分野の発表が聴けて非常に新鮮な刺激を受けました。今から来年の発表会が楽しみです。

 今回のメルマガでは、発表者の中から2人の卒業論文の要旨を紹介いたします。あわせて、指導教員からのコメントも紹介いたします。

○持光寺所蔵不動明王二童子画像について
 文化財学 林 怡萱

 今回は、私の卒業論文「持光寺所蔵不動明王二童子画像について」を発表しました。取り上げた作品は、広島県尾道市にある持光寺が所蔵している、不動明王および二童子が描かれた絹本著色の仏教絵画です。未指定であるこの作品をテーマにしたのは、卒業論文を通してその文化財としての価値を伝えたいことと、調査を快く許可していただいた持光寺のご厚意があったためでした。そして、赤外線調査や画像分析を通して、作品の真価に迫りました。
 全体的に黒変した色調の下に隠れていたのは、正真正銘、鎌倉時代の不動明王像でした。その安定した線描や繊細な彩色、自然なぼかし入れは、まさに当時の技量ある仏絵師が残した傑作です。また、その図像からは10世紀に生まれた十九観と共に、平安末期の絵仏師・円心が描いた不動明王像の面影があります。技法面では、截金を使用せず金泥をもって荘厳することから、制作過程における寺院の存在が考えられました。なお、詳細な年代判定には、本作と同様に海の荒波が背景に描かれた鎌倉時代の諸作品との比較検討を行い、その傾向から本作は1290年代の作品であると導き出しました。
 この作品の存在は、鎌倉時代の尾道における不動信仰の高揚を示すだけでなく、持光寺の歴史においても、中興改宗される以前、密教寺院であった事実を証明する文化財です。
 春から私は本学の人間社会科学研究科に進学し、引き続き文化財学分野での研究を続けます。この論文を起点として、さらに学問に対する探求を深めていきたい所存です。
 

【指導教員コメント 安嶋 紀昭 教授】

 尾道市史編纂委員会協力員として持光寺の宝物調査に参加した林怡萱さんは、その礼儀正しい行動が御住職の目に留まり、未公開であった不動明王二童子像を卒論のテーマとして取り上げる許可を頂戴することができました。
 この像は、永年の礼拝により画面上に焚香や灯明の煤煙が付着し、肉眼では見えないほどに黒化していますが、林さんは赤外線写真を用いて制作当初の画像を検出し、これが図像学的には円心様と呼ばれる不動明王であることを明らかにしました。しかし、それに留まることなく、さらに波涛の表現に着目して本図の絵画史上における位置を考究しようとしたところに、この卒論の秀でた点があります。画家の特徴を、尊像ではなく敢えて背景に見出し得たことは、林さんの観察眼の鋭さ、ひいてはこの分野での才能の豊かさを示すものです。大学院進学後も精進を積み、将来は研究者として大成なさることを大いに期待しています。
 

発表する林さん

○尾崎放哉研究-未発表句稿を踏まえて-
 日本文学語学 水成 友美

 私は、明治大正期の俳人である尾崎放哉について研究しました。放哉は、「咳をしても一人」や「入れものが無い両手で受ける」などの句で知られる俳人で、従来の放哉研究では、生前投句した俳誌『層雲』、没後に師の荻原井泉水によって刊行された俳句集『大空』の採用句が取り上げられてきました。それに対する新たな放哉俳句の価値を見出すアプローチとして、卒業研究では1997年に公表された大量の未発表句稿に注目し、未発表句稿に見られる全2721句とその内『大空』に掲載されている246句を比較することで、井泉水の打ち立てた尾崎放哉像を考察しつつ、限られた情報に依らない放哉テクストの読みの可能性を模索しました。
 一般的な放哉像として「独居無言の孤独な生活の中で自己と向き合った俳人」という固定化されたイメージがありますが、未発表句稿の分析を通じて、俳句群の連続性を踏まえることで単独句としての読みとは異なる解釈を得ることができること、生活の中にある可笑しさや人との関わりに目を向けた句の存在から「孤独」の一言には収まらない複雑な句境が放哉俳句の根底にあることが分かりました。ここから尾崎放哉という俳人は、人々の生活や身近な事物をミクロな視点で眺めながら、自己と向き合い、感じるままの心を句に表現する俳人であると結論付けました。
 卒業後は、東広島市にあるフリースクールに勤務し、子どもたちへの支援に携わります。これまでの大学生活やボランティア経験で培った丁寧さや傾聴力を大切にして、子どもたち一人ひとりに寄り添っていきたいです。
 

【指導教員のコメント 下岡 友加 准教授】

 水成友美さんは愛媛県内子町出身の学生で、俳句に縁の深い環境で育ちました。大学入学前から俳句を研究対象にすることを決めていた水成さんは、三年生前期から「咳をしても一人」で有名な俳人・尾崎放哉に関する調査を開始し、未だ本格的な分析が及んでいない放哉の未発表句稿(平成九年公開)の資料的価値に着目しました。
 水成さんの卒業論文の最大の達成点は、放哉の死後、師である荻原井泉水が選句して編んだ放哉句集『大空』と、放哉自身が生前井泉水に送っていた未発表句稿との比較から、旧来一般に流布する〈孤独な放哉像〉が、井泉水によって〈つくられた〉ものであることを明らかにした点にあります。また、元の句稿の配列(コンテクスト)を参照することで、放哉句の新たな読解可能性にも迫りました。俳句愛好者の数に比して、近代俳句に関する研究は意外に乏しいのが現状ですが、水成さんの論文はそこに風穴を開ける優れた考察と高く評価することができます。

 

発表する水成さん

3.文学部ニュース

○令和6年度広島大学入学式について

【日時】2024年4月3日(水) 11時 開式(12時頃終了予定)
【場所】東広島運動公園体育館
【登壇者】本学役員、上席副学長、副学長(学生支援担当)、学長参与、学部長、研究科長、研究院長 

※ 詳細はこちらをご覧ください。

5.広報委員会委員より【古川 昌文】

 年4回の発行となった本メールマガジン、今年度最後の号をお届けします。
 毎年この時期は、空春めく明るい季節であると同時に、同じ時間を過ごした教職員や学生が去っていく、少し寂しい季節でもあります。本号には退職される八尾先生から挨拶文を寄せていただきました。長い間、本当にお疲れさまでした。違う環境でも引き続き活躍をお祈りいたします。また、優秀卒論についての報告を掲載しました。思えば今年の学部卒業生の多くが2020年4月入学。コロナ禍のため入学早々、ガイダンスも授業もオンラインを強いられた世代です。教職員も試行錯誤でしたが、新入生たちは初めてのキャンパスで初めて出会う同級生、先輩、先生たちと新しい人間関係を作っていく、あのきらきらする時間を経験することができませんでした。その学生たちがしっかり卒業論文を書き上げ卒業していく時期がもう来たのかと感慨深い思いです。
 「教育とは学校で習ったことを忘れた後に残っているもの」という物理学者アインシュタインの有名な言葉があります。アインシュタインの意図は脇において、卒業生たちの心に各自が取り組んだそれぞれの人文科学への「愛」が残り続けてくれたら、と願っています。
 

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リテラ友の会・メールマガジン

オーナー:広島大学文学部長  友澤和夫
編集長:広報委員長  末永高康
発行:広報委員会

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