広島大学人文社会科学系支援室(文学)
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令和7年度卒業論文優秀者として、人文学科から12名が選出され、令和8年2月18日(水)に「卒業論文優秀者による発表会」を対面とオンラインのハイブリッド形式で開催しました。
発表会には56名の参加があり、学生が取り組んだ卒業研究の成果を共有するとともに、参加者からの質問を通じて活発な議論が行われ、大変有意義な時間となりました。発表者が自身の研究成果を堂々と説明し、質問の意図を的確に汲み取って即座に回答する様子は非常に印象的で、文学部での学びの集大成にふさわしいものとなりました。
選出された皆さん、おめでとうございます。皆さんの今後のさらなる活躍を心より期待しています。
卒業論文優秀者
インド哲学・仏教学 杉本 駿太さん
倫理学 石橋 一毅さん
日本史学 安部 孝希さん
西洋史学 嶋 春花さん
地理学 大田 遼さん
考古学 田代 あいさん
文化財学 矢部 里苑さん
日本文学語学 山辺 空さん
日本文学語学 濱口 倖多さん
英米文学語学 鶴田 乃々佳さん
ドイツ文学語学 片寄 真由香さん
言語学 原嶋 将大さん
卒業論文優秀者 集合写真
優秀者紹介
発表者の中から2人の卒業論文の要旨と指導教員からのコメントを紹介いたします。
杉本 駿太さん(哲学・思想文化学コース インド哲学・仏教学)
〇 自然発生論と唯物論の研究---『入中論』および『真実集成』を中心に---
私はインドの「ローカーヤタ」と呼ばれる思想について、7—8世紀の作品の読解を通じた研究をしました。業(カルマ)や輪廻などといったインドの伝統的な考えを根底から否定するローカーヤタ思想は、その思想を直接伝える資料が現存していないことなどが原因で、思想定義自体が曖昧なまま扱われているように思われます。特に、自然発生論(無因論)をローカーヤタ思想の持つ特徴として扱っている先行研究に対して問題提起をし、仏教徒の作品に批判対象として登場する当該思想を、複数のサンスクリット語・チベット語資料に基づいて確認し、従来のローカーヤタ思想の定義
に修正を提案することを試みました。
その結果、7—8世紀時点の仏教徒の作品では、自然発生論はローカーヤタの持つ特徴としては扱われておらず、むしろ四大元素を質料因とした因果論に基づく唯物論的な考え方が「ローカーヤタ」の名を冠されていることが確認できました。
しかしながら今回の卒業論文では、限定的な時代における批判資料を扱うのみであり、広くて深い研究にまで足を踏み入れることは出来ませんでした。そのため、本学の大学院進学後は、様々な文献でのローカーヤタ思想の扱われ方を追っていき、それに関して仏教論理学派などが、何をどのように論証していったのかを確認することで、ローカーヤタ思想がどのような意図により批判対象となっていたのかを広い視野で研究し、当該思想のより一層の解明を担っていきたいと考えています。
〇 指導教員によるコメント 根本 裕史 教授
杉本さんの卒業論文は、インド哲学史においてしばしば異端的と見なされてきた唯物論および自然発生論を正面から取り上げ、その思想的本質に迫ろうとする意欲的な研究です。従来、両説は「ローカーヤタ」の名の下に一括して理解されることも少なくなかったのですが、本論文は関連する諸文献を丁寧に精査し、両者が本来は別個の理論として成立していたことを、具体的な資料に即して論証している点に大きな意義があります。既刊のサンスクリット刊本やチベット語訳にとどまらず、断片的に得られる『入中論釈』写本の読解情報や、『真実集成』写本の鮮明な画像データも活用し、最新の研究成果を踏まえて多角的に考察がなされています。
ローカーヤタ学派自身の論書が現存しない状況に鑑みて、大学院での研究は、仏教徒によるローカーヤタ批判をさらに深く考察するものとなるでしょう。インドの自然観や因果論の本質を、独自の角度から明らかにすることが多いに期待されます。
嶋 春花さん(歴史学コース 西洋史学)
〇 18・19世紀転換期のフランスにおける女性画家の多様な市場戦略
私は18・19世紀転換期におけるフランスの女性画家について研究しました。
最初に、18世紀末の女性が公的空間から排除されていった時期に、女性画家はむしろ増加しているという逆説的な状況はなぜ生じたのか、という問いを立てました。この問いに答えるために、社会的な構造の変化に加えて、女性画家自身の活動にも要因を見出す視座に立ち、彼女たちの活動に焦点を当てて考察しました。特にフランス革命前夜から革命期・帝政期にかけて活躍した女性画家であるマルグリット・ジェラールに着目して、彼女の作品目録における主要な特徴を変数と
して抽出し、統計的に分析しました。その結果、当時の社会・価値観に応じて、作品の主題・ジャンルを時期ごとに適切に変更していたということが明らかになりました。これを踏まえて、ジェラールを典型とする女性画家たちは、当時の市場の需要を的確に見極め、適応しつつ戦略的に画業に取り組むことで活躍の場を構築していた、という結論を私は導き出しました。
私は4月から本学大学院の人間社会科学研究科に進学した後、9月からフランスのトゥールーズ・ジャン・ジョレス大学に留学し、現地で作品・史料に触れたいと考えています。女性がいかなる時代の流れの中で活躍してきたのかという過程を、具体的な活動に照射して明らかにすることは、現代における男女の平等・公平性の在り方を検討する上で重要な示唆を与えると考えます。本研究は、その一助となることを目指すとともに、史学と美術史を接続する視点からも意義をもつ研究となるように、邁進してまいります。
〇 指導教員によるコメント 藤原 翔太 准教授
嶋春花さんの卒業論文の優れている点は、多数の洋書文献を渉猟するにとどまらず、女性画家の作品目録に対する数量的分析の結果を突き合わせることによって、18〜19世紀転換期のフランスにおいて、女性画家が市場の需要を的確に見極め、戦略的に画業に取り組むことで、自らの活躍の場を広げることに成功したという、きわめて説得力の高い結論に到達した点にあります。実は、嶋さんには卒業論文の主題を定める際、18世紀フランスにおける女性画家の活躍の背景を明らかにすることを求めていました。しかし、彼女は研究を進める過程で、この課題に取り組むのに満足せず、自身の研究成果を踏まえて、新たな問いを主体的に設定し、それに答えるために多様なアプローチを積極的に試みました。指導教員から与えられた課題をこなすだけの「優等生」とは異なり、嶋さんには研究者としての確かな素質が認められます。今後、どのような研究者へと成長していくのか、今からとても楽しみです。

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