サテライト展示(2016.5月)

テーマ「マニュスクリプトの世界」

  印刷術の普及以前、書籍はみな手書きの写本(マニュスクリプト)によって伝えられておりました。これら写本は刊本として定着する以前のテキストの姿や古い時代の言語の状況を伝える資料としてたいへん貴重なものです。また、その典雅な書体や挿絵、丁寧な作りの装丁から、芸術品としての価値を持つものでもあります。

  印刷術普及後も、作家の自筆原稿(マニュスクリプト)などは、出版物からは知り得ない作者の息づかいを伝える貴重な資料となっております。

  今回は、古い英語、イタリア語で書かれた写本の写し二点と、ドイツ語、フランス語による自筆原稿の写し三点を展示いたしました。マニュスクリプトの世界の一端をご堪能ください。

l Dante Urbinate della Biblioteca vaticana (Codice urbinate latino 365)Biblioteca apostolica vaticana, 1965. 『ヴァチカン図書館のウルビーノのダンテ(ウルビーノラテン365手稿)』ヴァチカン図書館, 1965  

ヴァチカン図書館のウルビーノのダンテ

   ダンテ(Dante Alighieri(1265 - 1321))の生誕700年を記念して1965年に1990冊限定で出版された(本書は第628番)、ヴァチカン図書館が所蔵するCodice urbinate latino 365と呼ばれるDivina Commedia"『神曲』のマニュスクリプトのファクシミリ版。原本は、細密画を描いたGuglielmo Giraldiが1482年に出版されたものとされる。

The Lindisfarne Gospels リンディスファーン福音書  

リンディスファーン福音書

   『リンディスファーン福音書』は8世紀初めにイングランドとスコットランドとの境界に近い、Lindisfarne島の修道院で制作されました。本文 は、当時ヨーロッパの教養のある人々に理解されたラテン語で書かれました。その後、10世紀末に各行の下に赤インクで英語の注釈がつけられました。ラテン 語福音書から英語への現存する最古の翻訳です。羊皮紙に、動植物や鉱物から作った絵の具で書かれています。
美しい装飾だけでなく、土着のケルト民族やブリテン島に移住したアングロ・サクソン族の要素とローマなどの伝統との融合が見られ、7,8世紀にこの地域が文化のるつぼであったことを示していることも、この書が重要な理由です。

Émile Zola, « J’accuse... ! » (エミール・ゾラ「私は告発する…!」草稿)(「私は告発する…!」発表50年を記念して出版された複製品)

エミール・ゾラ「私は告発する…!」草稿

   スパイ容疑で逮捕されたアルフレッド・ドレフュス大尉の冤罪を晴らすために、当時の人気作家エミール・ゾラが書いた新聞記事の草稿。大尉の有罪を決定づけた「明細書」の真の作成者として告訴されたエステラジーに無罪判決が下った翌々日の1898年1月13日、『オーロール』紙に発表され、絶望的と思われていたドレフュス再審への道を開いた。一般的に知られた「私は告発する…!」のタイトルは、当時の主筆ジョルジュ・クレマンソー(後に首相となる)が一面に掲げたもので、ゾラ自身がつけたタイトルは、草稿の冒頭にある « Lettre à M. Félix Faure Président de la République »(「共和国大統領フェリックス・フォール氏への手紙」)。

Heinrich Böll: Briefe aus dem Krieg 1939-1945 ハインリヒ・ベルの手稿『戦地からの手紙 1942年7月19日』

ハインリヒ・ベルの手稿『戦地からの手紙 1942年7月19日』

    第二次大戦中,この手稿を書いた当時まだ19歳だったケルンの大学生ハインリヒ・ベルは,オスナブルックやフランス方面へ学徒動員させられた。これは1942年7月19日,戦地フランスからドイツの母親宛に書いた手紙である。絶えず空腹であること,母のためにコーヒーが高すぎて買えなかったことを詫び,次は妹にチョコレートを送るからと約束し,フランスの海の美しさを伝えている。作者は駐屯生活の出来事や厳しい軍隊の規律について,ノートにしたためては,両親や弟,妹らに便りを出し続けた。復員後,作者は「廃墟の文学」シリーズで,廃墟の中を懸命に生き抜いて復興につとめるドイツ人の姿を表現し,一連の文学活動により1972年ノーベル文学賞を受賞した。

Johann Wolfgang von Goethe: Wilhem Meisters Lehrjahre (1795)  ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ作『ヴィルヘルム・マイスターの徒弟時代』(1795)第7巻第5章手稿

ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ作『ヴィルヘルム・マイスターの徒弟時代』

    文豪ゲーテの「ヴィルヘルム・マイスター」の構想は,若い頃にしたためた断片『ヴィルヘルム・マイスターの演劇的使命』に始まり,この『ヴィルヘルム・マイスターの徒弟時代』(1795) や晩年の『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代』(1821-29)に結実している。ゲーテの流麗な筆跡からは,何度も文章を推敲し,語彙を吟味して書き上げた様子が見て取れる。ゲーテは主人公のヴィルヘルムに自伝的部分を重ね,イタリア旅行の成果も加えて,より大きな「教養小説」としてこの作品を完成させた。


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