• ホームHome
  • 歯学部
  • 【研究成果】スギナエキスは歯周炎に伴う歯槽骨破壊を抑制する

【研究成果】スギナエキスは歯周炎に伴う歯槽骨破壊を抑制する

本研究成果のポイント

  • 歯周炎による歯槽骨の破壊をスギナエキスが抑制することを発見しました。
  • スギナエキスが骨破壊を抑制するメカニズムを解明しました。

概要

 成人が歯を失う1番の原因である歯周炎(注1)は、歯周ポケット内に蓄積したプラーク(歯垢)に潜む歯周病原菌(注2)由来の毒素(LPS; 注3)によって歯周組織に炎症が起こることで生じます。歯は、歯の周りを取り囲む骨(歯槽骨)により支えられていますが、歯周炎による炎症が生じると、歯槽骨上に骨を壊す働きをする破骨細胞(注4)が過剰に形成されることで歯槽骨が破壊され、最終的には歯の動揺や脱落が生じてしまいます。我々は、骨保護効果が期待されるスギナエキスに着目し、スギナエキスが歯周炎によって起こる歯槽骨破壊を抑制することを発見しました。
広島大学大学院医系科学研究科口腔炎症制御学共同研究講座(注5) 芝典江共同研究講座助教、宮内睦美教授を中心とした研究チームは、歯周炎ラットモデルを用い、歯周炎による歯槽骨の破壊をスギナエキスが抑制することを明らかにしました。また、スギナエキスが存在することで、破骨細胞を増やして骨破壊の活性を増強する働きをするRANKL(注6)の過剰産生を抑制する一方、破骨細胞を減らして、骨破壊の活性を低下させる働きをするOPG(注7)の産生低下を防ぐことを見出しました。さらに、培養細胞を用いた評価により、作用機序の一端を解明しました。
今後、スギナエキスを応用した治療法や予防法の開発により、歯周ポケットのプラーク蓄積に伴う歯槽骨破壊を抑制し、歯周炎に起因する歯の動揺や喪失を抑えることで、生涯にわたり歯の健康維持に貢献できると考えられます。

 本研究成果は、2022年12月30日「International Journal of Dentistry」オンライン版に掲載されました。

背景

 歯周炎はプラークによって引き起こされる歯周組織の炎症性感染疾患です。プラークにはLPSなどの細菌成分が含まれています。LPSは、骨芽細胞からの炎症性サイトカイン(注8)産生を介して間接的に破骨細胞形成を促進するだけでなく、破骨細胞形成因子であるRANKLの産生を介して直接的に破骨細胞形成も促進します。さらに、LPSはRANKLのデコイ受容体であるOPGの発現も抑制するため、RANKL/OPG比が上昇し、破骨細胞の形成と成熟を促し、結果的に骨破壊を引き起こすと考えられています。
したがって、歯周炎に伴う歯槽骨の破壊を防ぐためには、プラークの蓄積によるサイトカインバーストを防ぐとともに、RANKLの過剰産生とOPGの産生低下を抑制することが不可欠です。

研究成果の内容

 歯周炎の予防と治療の基本は、プラーク(歯垢)の除去であり定期的なブラッシングが歯周炎を予防する最も効果的な手段となります。しかし、身体障がい者や寝たきりの人は満足なブラッシングができず、重度の歯周炎になりやすい傾向があります。そこで、歯周炎に伴う歯槽骨の破壊を防ぐために、ブラッシングに加え、誰でも毎日簡単に行える補助的な口腔ケア方法の開発が望まれています。
スギナ(Equisetum arvense)は北半球に広く分布するシダ植物で、古代ギリシャやローマで傷の治療に使用されて以来、様々な薬理作用を有することが報告されています。スギナエキスはin vitroで骨形成を促進することが報告されていますが、その作用メカニズムは十分に解明されておらず、歯周炎に起因する歯槽骨の破壊に対するスギナエキスの効果は全く不明です。
そこで、我々は、スギナエキスが歯周炎に伴う歯槽骨の破壊を抑制できるのではないかと考え、実際にスギナエキスが歯周炎ラットモデルの歯槽骨破壊を抑制することを発見し、スギナエキスが骨破壊を抑制するメカニズム(図)を明らかにしました。

1.歯周炎ラットモデルの歯肉溝(歯周ポケット)にスギナエキスを滴下すると、歯槽骨上に形成される過剰な破骨細胞が有意に抑制されることを発見しました。また、スギナエキスが存在することで、破骨細胞を増やして骨破壊の活性を増強する働きをするRANKLの過剰産生を抑制する一方、破骨細胞を減らして、骨破壊の活性を低下させる働きをするOPGの産生低下を防ぐことを明らかにしました。
2.培養細胞を用いたin vitro試験での作用機序解析により、スギナエキスはNF-κB(注9)のリン酸化を抑制し、TNF-α(注10)およびRANKLの産生を抑制する一方で,Wnt/β-catenin(注11)およびSemaphorin 3A/Neuropilin-1経路(注12)を活性化することでOPGの産生を上昇させ、RANKL/OPG 比のバランスを保つ可能性が示されました。

 これらの結果により、歯周炎による歯槽骨の破壊をスギナエキスが抑制することを発見し、スギナエキスが骨破壊を抑制するメカニズムを解明しました。

【図】スギナエキスによる骨破壊抑制作用のメカニズム
A: 歯周炎/B: 歯周炎にスギナエキスを投与

今後の展開

 今回我々は、スギナエキスが骨破壊を抑制することを発見し、そのメカニズムを明らかにしました。今後、スギナエキスを応用した歯周炎の予防薬や治療薬の開発を目指し、さらなる研究を続け、得られた知見を国内外に発信していきます。既に、我々はスギナエキス中の活性成分の探索を進めており、近日中にも新たな報告ができると考えています。

掲載論文

  • 掲載雑誌:International Journal of Dentistry
  • URL:https://www.hindawi.com/journals/ijd/2022/7398924/
  • 論文題目:Equisetum arvense inhibits alveolar bone destruction in a rat model with lipopolysaccharide (LPS)-induced periodontitis
  • 著者:Fumie Shiba(責任著者), Hisako Furusho, Takashi Takata, Rika Shimizu, Mutsumi Miyauchi(責任著者)
  • doi:10.1155/2022/739892

 

用語解説

(注1)歯周炎
 プラーク中の歯周病原細菌の感染によって引き起こされる歯周組織の炎症性疾患です。歯肉溝部に多くの細菌が停滞し歯肉の辺縁が炎症を起こし、発赤や腫脹が現れ、進行すると歯と歯槽骨をつないでいる歯根膜や歯槽骨が破壊され、最終的に歯が抜け落ちるとされます。

(注2)歯周病原細菌
 歯周炎の原因菌となる細菌です。最も有名なPorphyromonas gingivalisは、歯周病局所ばかりでなく動脈硬化症病変などからも見つかっており、早産、糖尿病、関節リウマチ、アルツハイマーなどの全身疾患にも関与していると考えられています。

(注3)LPS
 Lipopolysaccharideの略称で、グラム陰性菌の細胞壁表層にある脂質と多糖の複合体のことで病原因子の1つです。LPSは動物に対して毒素活性をもち、内毒素と呼ばれています。

(注4)破骨細胞
 石灰化した骨の吸収を司る唯一の細胞で、破骨細胞前駆細胞がRANKL刺激を受容することで活性化し、複数の細胞が融合することで形成される多核巨細胞です。酸やタンパク質分解酵素を分泌することで骨基質を溶解して吸収する活性を持ちます。

(注5)口腔炎症制御学共同研究講座
 2022年4月1日新設された広島大学とアース製薬(株)との共同研究講座。広島大学における歯学分野初となる共同研究講座になります。産学が連携し、口腔炎症性疾患に関する基礎研究と、その予防法・治療法の開発に向けた応用研究の加速を目指しています。

(注6)RANKL
 Receptor activator of nuclear factor-kappa B ligand の略称で、膜貫通タンパク質です。骨芽細胞系譜の細胞に高発現しています。破骨細胞に発現する RANK に結合し破骨細胞の分化成熟を刺激する因子です。

(注7)OPG
 Osteoprotegerinの略称で、分泌型糖タンパク質でRANKLのデコイ(おとり)受容体で、RANKLとRANKの結合を阻害し、破骨細胞の分化を抑制する因子です。

(注8)炎症性サイトカイン
 炎症反応の重要な調節因子で、細胞から分泌される低分子のタンパク質の総称です。炎症性サイトカインは、侵入した病原体などに応答して産生され、免疫細胞を刺激、動員、および増殖させます。

(注9)NF-κB
 Nuclear factor-kappa Bの略称で、転写因子として働くタンパク質複合体です。LPSやRANKL、TNF-αなどによって活性化され核内に移行し、DNA上のκBモチーフと呼ばれる配列に結合し、目的遺伝子の転写活性化を行います。NF-κBの活性調節異常が炎症やアレルギー、がんを含む幾多の疾患に関与すると考えられています。

(注10)TNF-α
 Tumor necrosis factor-αの略称で、代表的な炎症性サイトカインの一種です。破骨細胞形成因子である RANKL の活性化を促進し、OPG の産生を抑制します。

(注11)Wnt/β-catenin経路
 古典的Wnt経路ともいわれます。Wntがない状態ではβ-cateninは速やかに分解を受けますが、Wntが受容体複合体に結合し活性化されると、β-cateninは安定化し細胞質内に蓄積され、蓄積されたβ-cateninが核内へ移行し、OPGなどの標的因子の転写が活性化されます。

(注12)Semaphorin 3A/Neuropilin-1経路
 Semaphorin 3Aは分泌型のタンパク質で、Neuropilin-1を介して細胞内に情報を伝達します。これまでに、Semaphorin 3AがNeuropilin-1を介し、β-cateninの分解抑制と、核移行を促進することが報告されています。
 

【お問い合わせ先】

広島大学大学院医系科学研究科
口腔炎症制御学共同研究講座
共同研究講座助教: 芝 典江
Tel:082-257-5632
E-mail:fshiba*hiroshima-u.ac.jp

 (注: *は半角@に置き換えてください)


up