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【研究成果】尿中抗ヘリコバクター・ピロリ抗体の有無とがん死亡の関連~大幸コホート研究(名古屋市)による追跡結果~

本研究成果のポイント

  • 自験例を含む先行研究から、HP 陽性の進行胃がんでは HP 陰性の進行胃がんと比較して生命予後がよいことが知られています。しかしながら、胃がん以外では HP 感染と死亡率の関連は明確になっていませんでした。 
  • 名古屋市の住民を対象として行った健常人コホート研究(大幸研究)に参加した約 5,000 人の尿中抗 HP 抗体を測定し、8 年間の追跡期間中のがん罹患率と全死亡率との関連を検討しました。尿中 HP 抗体陽性(以下 HP 陽性)であれば、過去に HP に感染していたことが示唆されます。 
  • 誕生年が最近であるほど HP 感染率が低いことが知られています。誕生年と HP 感染率によるバイアスを低減するために、頻度マッチングという手法を用いて HP 陽性群と陰性群間で男女ごとに誕生年の分布をそろえて解析を進めました。 
  • がん罹患率を HP 陽性群と HP 陰性群で比較すると HP 陽性群で有意に高値であることがわかりました。一方、コホート研究参加者の全死亡率を HP 陽性群と HP 陰性群で比較すると有意な差はありませんでした。 
  • 以上の結果から、HP 感染があるとがんに罹り易い状態であることが示唆されたと言える一方、罹患率から HP 陽性者の死亡率が HP 陰性者と比較して高いことも考えられるが実際には HP 陽性者と HP 陰性者で死亡率は差がなかったことから、HP 感染が何等かの生存に有利な影響を及ぼしている可能性が示唆されました。

 

概要

【背景】
 HPは胃炎、胃潰瘍を引き起こすことが知られているほか、胃がんの発生原因としても重要な細菌の一種である。その一方で、台湾、イタリア、韓国、米国、ドイツなどからHP陽性群の進行胃がん治療後の予後が良いという報告がなされていた。胃がん治療は国や地域によっても異なるため、HP感染の有無でどの国の治療効果をみても同様の結果が得られていることは注目に値する。日本人患者を対象とした我々の先行研究においても、HP陽性群で進行胃がんの予後が良いことが示されている。さらに免疫学的な指標であるPD-L1タンパクが陰性の場合に限り、HP陽性群の予後が統計学的有意差をもって良いことがわかっていた。これらの生命予後は胃切除を行われた患者、すなわちHPを体内に持たない患者さんのものである(HPは胃内でのみ生育可能)。したがって、HPが体内に存在しない状態でもHP陽性胃がん患者ではHP感染を契機に免疫応答など全身的な反応の関与があったのではと想定される。もしHP感染によりがん治療に有利な状況が生まれているなら、HP陽性群とHP陰性群で罹患率に差があっても死亡率では差が少なくなるはずである。このような前提のもと、尿中抗HP抗体のデータを有する大規模コホートとして、名古屋市で行われた大幸研究のデータをもとに尿中抗HP抗体、がん罹患率および死亡率について比較・解析を行った。

【方法】
 Japan Multi-Institutional Collaborative Cohort (J-MICC)研究を構成するコホートの一つである大幸研究において、前向きに登録された名古屋市在住の登録時年齢35-69歳、5,165名のうち研究に同意を得られた4,982人を対象として本研究を行った。尿中抗HP抗体の測定は免疫クロマトグラフィーキット(RAPIRAN, 大塚製薬)を用いた。主要評価項目は、(種類を問わず)がん罹患率、および(死因を問わず)死亡率とした。HP感染率は誕生年による差があると知られている。解析に対する交絡因子の影響を最小限にする必要があるため、対象集団に対する誕生年と性別による頻度マッチングを行った。また、過去にがんの既往があった場合は対象集団から除外した。

【結果】
 誕生年を5年ごと(1938年から1944年は7年間、1970年から1975年は6年間)に区切り男女別にHP陽性率を算出すると、男女とも誕生年が早いほどHP陽性率が高かった。もっともHP陽性率が高いのは誕生年1938年から1944年の男性でおよそ60%、もっともHP陽性率が低いのは誕生年1970年から1975年の女性で20%に満たなかった(図1)。

 誕生年と性別によりマッチングされた3,376人(HP陽性1,688人、HP陰性1,688人)を対象として解析を進めた。初めに登録された全種類のがんを対象に全観察期間を通しての罹患率と死亡率について解析を行った。HP陽性群では1,688人中105人 (8.94人/1000人年)が何らかのがんに罹患していたが、HP陰性群では1,688人中67人 (5.62人/1000人年)と統計学的有意差をもってHP陽性群でがん罹患率が高かった。次にHP感染によるリスク上昇が知られている胃がんとそれ以外のがんについて比較したところ、胃がんでもそれ以外のがんでもHP陽性群で罹患率が高かった。死亡率については、HP陽性群とHP陰性群で有意な差は認められなかった。
 次にカプランマイヤー推定によりHP陽性群と陰性群のがんの非罹患率および全生存率を推定した。がん罹患率に関しては、胃がんでHP陽性群がHP陰性群に比べて非罹患率が低い、即ち罹患率が高かったが、この傾向はすべてのがん、および非胃がんを対象としたいずれの場合も同様であった(図2)。
 

 一方、すべてのがんを対象とした生存率に関しては、HP陽性群とHP陰性群を比較して統計学的に有意な差は認められなかった(図3)。

 がん罹患のリスクを高めることが知られている他の要因も考慮してHP感染がどの程度のリスクを有するかを検討したところ、HP陰性群に対するHP陽性群のハザード比は1.59であり、喫煙歴ありの1.97より低く、飲酒習慣ありの1.24より高かった。

【結論】
 HP感染があると、胃がんのみならずがん全般に罹り易い状態であることが示唆された。その一方で、HP感染ががんに対する治療効果や免疫能などを増強し、罹患率から推定される死亡率と比較して、その低減に寄与している可能性が示唆された。

【まとめ】
 日本国内ではほとんどのがん患者は何らかの治療を受けていることが推定されるため、がんによる死亡は概ね進行がんや再発がんによるものと言える。HPは胃がんの原因の一つとして考えられているが、その関与は胃の正常細胞ががん細胞に変化する早期胃がんが成立する過程である。進行胃がんでしばしば見られる転移先臓器では胃内のような酸性環境はなく、HPが生育できないため進行がんの段階ではHPの関与はほとんどないものと考えられる。したがって、がん罹患率におけるHP陽性者と陰性者の差から想定されるものと比較して、HP陽性者では、がんによる死亡率が低いというデータから、HPによる治療効果や免疫能の増強効果など、全身的影響がある可能性も考えられた。ただし、HP感染ががんの予後に有利に働くとすれば、そのメカニズムも含めさらに検討が必要である。

【研究グループ】
西塚 哲 岩手医科大学医歯薬総合研究所医療開発研究部門(責任著者)
中杤 昌弘 名古屋大学大学院医学系研究科総合保健学専攻実社会情報健康医療学
小泉 優香 岩手医科大学医歯薬総合研究所医療開発研究部門
菱田 朝陽 名古屋大学大学院医学系研究科予防医学講座
岡田 理恵子 名古屋大学大学院医学系研究科予防医学講座
川合 紗世 愛知医科大学公衆衛生学講座
須藤 洋一 岩手医科大学いわて東北メディカル・メガバンク機構
肥田 圭介 岩手医科大学医学部医療安全学講座
清水 厚志 岩手医科大学いわて東北メディカル・メガバンク機構/岩手医科大学医歯薬総合研究所生体情報解析部門
内藤 真理子 広島大学大学院医系科学研究科口腔保健疫学研究室
若井 建志 名古屋大学大学院医学系研究科予防医学講座

【お問い合わせ先】

■研究の内容について
西塚 哲 岩手医科大学医歯薬総合研究所医療開発研究部門
〒028-3694 岩手県紫波郡矢巾町医大通1-1-1
メールアドレス:snishizu*iwate-med.ac.jp

■広報に関すること
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名古屋大学 医学部・医学系研究科 総務課総務係
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広島大学 広報室
メールアドレス:koho*office.hiroshima-u.ac.jp

 (注: *は半角@に置き換えてください)


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