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【研究成果】歯周病原性細菌が、肥満に関連した肝癌発症の新たなリスクとなることをマウス実験により解明

本研究成果のポイント

肥満を原因とする非アルコール性脂肪性肝炎(NASH: 注1)患者では、飲酒歴がないにもかかわらず、肝硬変や肝癌が発生することが知られています。非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)は、肥満者の増加に伴い社会的な問題となっており、国内に200万人もの患者がいると推定されています。

  • 本研究では、歯周炎(注2)病巣から体内に侵入した歯周病原性細菌が肝臓に到達し、肥満による脂肪肝組織において肝癌の前段階である腫瘍性肝結節(注3)の形成を促進することで、非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)関連肝癌(注4)の発生に関わることを動物実験で明らかにしました。
  • 今後、肝癌患者さんの手術材料を用い、ヒトの非アルコール性脂肪性肝炎関連肝癌と歯周病原性細菌との関連についても検討する予定です。

概要

 食文化の欧米化に伴う肥満率の増加が深刻な社会問題となっています。特に、肥満に伴う肝臓の病気の1つである非アルコール性脂肪性肝炎(non-alcoholic steatohepatitis; NASH)は、その10-20%が肝硬変やNASH関連肝癌に移行するため、病態の解明が重要です。近年、治療法の進歩により減少傾向にあるB型、C型肝炎ウイルス感染を契機としたウイルス発癌と比較し、肥満を発端として生じるNASH関連肝癌が急速に増加しています。我々はこれまでに、NASH増悪に歯周病原性細菌Porphyromonas gingivalis (P.g.)(注5)感染が関与することを報告しましたが、P.g.感染がNASH関連肝癌発癌過程に及ぼす影響に関しては明らかではありませんでした。
広島大学大学院医系科学研究科口腔顎顔面病理病態学研究室 坂本真一(現、明海大学助教)、宮内睦美教授、高田 隆名誉教授を中心とした研究チームは、高脂肪食(High fat diet; HFD)誘導NASH関連肝癌マウスモデルにP.g. を60週歯性感染させ、口腔から肝臓に感染したP.g.が、NASH関連肝癌の発癌過程である腫瘍性肝結節の形成を促進することを明らかにしました。さらに、P.g.感染が、非腫瘍形成部においてhepatic crown-like structures ; hCLS(注6)からのTNF-α(注 7)産生を促し、肝細胞の酸化的DNA傷害(注 8)を誘導することや、シャーレ上で培養したヒトの肝細胞株のインテグリンシグナル(注 9)を活性化して肝細胞の増殖能、抗アポトーシス能(注 10)、遊走(注11)能の上昇を引き起こすことを解明しました。今後、歯科的治療介入による歯周炎病巣におけるP.g.のコントロールや、肝臓で酸化的DNA傷害を引き起こすP.g.の除去を目的とした治療方法の確立が期待されます。

 本研究成果は、英国標準時間の2023年6月8日19時(日本時間:2023年6月9日3時)「Scientific Reports」オンライン版に掲載されました。

背景

 近年、慢性持続性の感染症である歯周炎がNASH、糖尿病、動脈硬化、早産、アルツハイマー病に加え、口腔癌、膵臓癌、大腸癌や食道癌といった癌にも関連することが報告され注目されていましたが、NASH関連肝癌形成に影響するかどうかは不明でした。

研究成果の内容

 NASH関連肝癌は、長引く慢性炎症によって肝細胞の破壊と再生を繰り返すうちに、DNAの修復にエラーが生じることで発生すると考えられています。我々は、P.g.歯性感染により肝臓に到達したP.g.が、NASH関連肝癌発癌に影響するのではと考え、高脂肪食(High fat diet; HFD)誘導NASH関連肝癌マウスモデルを用いて、P.g.感染がNASH関連肝癌の前段階である腫瘍性肝結節の形成を促進することを明らかにしました。
1.HFD誘導NASH関連肝癌マウスモデルにP.g.を歯性感染させると、非感染群と比較し、形成された腫瘍の面積が有意に大きくなることや、肝癌に向かって進行しやすい傾向が見られることを明らかにしました。
2.感染群の非腫瘍部の肝組織では、P.g.の感染やNASHの病態進行が認められたため、慢性炎症の持続が腫瘍形成に関与していると考え、TNF-α産生によりNASH進行に大きく関与するマクロファージ(Mφ)に着目しました。感染群では、脂肪変性に陥った肝細胞をMφが取り囲む構造物であり、NASH進行の指標として知られるhCLSsが有意に増加し、それらの多くがTNF-α陽性であることが明らかとなりました。TNF-αは活性酸素種を産生し、酸化的DNA傷害を引き起こすと言われています。感染群では、酸化的DNA傷害マーカーであり、それ自体もDNAの異常を引き起こすことが知られる8-OHdG発現が有意に上昇していることが明らかとなりました。
3. ヒトの肝細胞株を使ったシャーレ上の実験では、P.g.が肝細胞に感染することで、肝細胞の増殖能、抗アポトーシス能、遊走能を促進することや、その経路として細胞接着に関与するインテグリン(integrin)シグナルが活性化することが明らかとなりました。
これらの結果から、P.g.歯性感染により腫瘍性肝結節形成が促進されることや、その機序として、hCLSsからのTNF-α産生を介した酸化的DNA傷害、インテグリン(integrin)シグナルを介した肝細胞の増殖能、抗アポトーシス能、遊走能の上昇が関与している可能性が明らかとなりました。

【図】想定されるNASH関連肝癌発癌メカニズム
(当該論文の図を用いて作成 引用:https://www.nature.com/articles/s41598-023-36553-y)

今後の展開

 今回我々は、NASH関連肝癌マウスモデルにおいて、P.g.歯性感染によるNASH関連肝癌発癌過程である腫瘍性肝結節の形成が促進されることを明らかにし、そのメカニズムとして酸化的DNA傷害やインテグリン(integrin)シグナルの活性化が関与している可能性を明らかにしました。これらの実験結果から、我々は、ヒトでも同様に歯周病原性細菌であるP.g.の感染がNASH関連肝癌の発癌過程に関与しているのではないかと危惧しています。我々は既に、肝癌患者さんの手術材料を用い、NASHを基盤として発症する肝癌の発生、進展におけるP.g.感染の関与の検討を開始しています。
近年、歯周炎と様々な全身疾患との関連が解明され始めています。全身疾患の病態進行の予防のために、これまで以上に徹底した歯科的治療介入や口腔健康の維持が必要となります。今後、種々の全身疾患とP.g.感染との関係性についても研究を進め、全身の健康の維持のために口腔の健康管理が重要であることを広く発信して行きたいと考えています。

論文情報

  • 掲載雑誌:Scientific Reports
  • URL:https://www.nature.com/articles/s41598-023-36553-y
  • 論文題目: Porphyromonas gingivalis-odontogenic infection is the potential risk for progression of nonalcoholic steatohepatitis-related neoplastic nodule formation
  • 著者: Shinnichi Sakamoto1, 2, Atsuhiro Nagasaki1, 3, Madhu Shrestha1, 4, Tomoaki Shintani5, Atsushi Watanabe6, Hisako Furusho1, Kazuaki Chayama7, 8, 9, Takashi Takata1, 10* and Mutsumi Miyauchi1*  

   *Corresponding author(責任著者)

用語説明

(注1)非アルコール性脂肪性肝炎(non-alcoholic steatohepatitis; NASH)
アルコールや肝炎ウイルスの感染といった原因がなく、肝臓に脂肪沈着や炎症、線維化(炎症によって肝細胞が破壊された領域が徐々にコラーゲン線維で置き換えられ、正常の肝臓の働きが阻害される)といった変化を生じる病気です。

(注2)歯周炎
 歯周病原性細菌の感染によって引き起こされる歯周組織の炎症性疾患です。歯肉溝部に多くの細菌が停滞(歯垢)し、歯肉の辺縁が炎症を起こし,発赤や腫脹が現れる。進行すると歯根膜(歯と、歯が植っている歯槽骨とを繫ぐ靭帯)や歯槽骨が破壊され、最終的に歯が抜け落ちる疾患です。

(注3)腫瘍性肝結節
癌になる前段階の異常な細胞の集塊です。肝癌を含む多くの癌では、多段階発癌といって、複数の遺伝子(DNAの配列によって決定されるタンパク質の設計図)異常が蓄積されることにより生じると言われています。

(注4)非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)関連肝癌
NASHやそれが進行し肝臓が硬くなった状態である肝硬変における長期的な肝細胞の破壊と再生の繰り返しによって、DNAの修復にエラーが生じ、発生した肝癌です。

(注 5)Porphyromonas gingivalis (P.g.)
歯周炎の原因菌として有名な細菌であり、歯周病原性細菌と呼ばれています。この細菌は歯周病局所ばかりでなく動脈硬化症病変などからも見つかっており、動脈硬化、早産、糖尿病、関節リウマチなどの全身疾患に加え、口腔癌、膵臓癌、食道癌にも関与していると考えられています。

(注6)hepatic crown-like structures (hCLSs)
免疫を担う細胞の1つであり、細菌等の異物が体内に侵入した際に排除する役割を有するマクロファージが、脂肪変性に陥った肝細胞を取り囲む構造であり、NASH進行の指標となります。

(注7)TNF-α
炎症性サイトカインと呼ばれる生体の感染防御の役割を果たすタンパク質で、免疫を担う細胞を呼び寄せ、炎症を促進し、病原体を排除します。一方で、活性酸素種の産生を誘導するため、過剰なTNF-αは酸化的DNA傷害を引き起こすと言われています。

(注8)酸化的DNA傷害
活性酸素によって引き起こされるDNAの損傷です。

(注9)インテグリン(integrin)シグナル
細胞接着に関与するタンパク質です。FAK, AKT, ERKといったタンパク質へ情報を伝達することで細胞の機能を制御します。

(注 10)アポトーシス
細胞の特殊な死です。体にとって不要な細胞や有害な細胞は、アポトーシスを起こして自殺するようプログラムされています。例えば放射線により修復不可能な大きなDNAの損傷を生じた細胞は、アポトーシスを起こします。

(注11)遊走
細胞の移動を言います。主に免疫を担う細胞に見られる現象ですが、様々な細胞で遊走が見られます。
 

研究支援

  本研究の遂行にあたり、文部科学省・JSPS科研費と基盤研究の助成を受けました。

【お問い合わせ先】

広島大学大学院医系科学研究科
歯学講座 口腔顎顔面病理病態学研究室
教授: 宮内 睦美
Tel:082-257-5632
E-mail:mmiya*hiroshima-u.ac.jp

  (注: *は半角@に置き換えてください)


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