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【研究成果】社会的孤立による社会的認知機能の低下を改善させる薬を発見―他者を区別する神経メカニズムの解明にも期待―

研究成果のポイント

  • 解離性麻酔薬ケタミン※1の鏡像異性体※2の一つを低用量投与することにより、社会的な交流が欠如して育つと低下する、他者を区別する脳機能が回復することを発見
     
  • 今回、ケタミンの異なる鏡像異性体が脳全体の神経活動に及ぼす影響を仮説に依存しない方法で比較することにより、ケタミン鏡像異性体の新たな治療効果とその神経メカニズムの発見に繋がった
     
  • 社会的孤立が関連する社会的認知機能※3低下の治療法開発に期待

概要

 大阪大学大学院薬学研究科の大学院生の横山玲さん(博士後期課程)、橋本均教授、笠井淳司准教授、広島大学大学院医系科学研究科(歯)の吾郷由希夫教授らの研究グループは、ケタミンの鏡像異性体の一つである(R)-ケタミンを麻酔用量よりも低用量投与することにより、島皮質※4の機能回復を介して、社会的認知機能を改善させることを世界で初めて明らかにしました。
これまでケタミンの鏡像異性体の分子特性や薬効の違いは明らかになっていましたが、薬効の違いに関わる神経メカニズムについては解明されていませんでした。
 今回、同研究グループは、全脳の神経活性化パターンから、鏡像異性体のうち、(R)-ケタミンだけに顕著にみられる神経活動の変化を捉えることに成功しました。さらに人工的な神経活動操作を行うことにより、(R)-ケタミンが社会的認知機能を改善させることを解明しました。これにより、様々な精神疾患でみられる社会的認知機能の低下に対する新たな治療法の開発に繋がることが期待されます。
 本研究成果は、米国科学誌「Molecular Psychiatry」に、2月23日(金)午前10時(日本時間)に公開されました。

図1. 社会的に隔離して飼育されたマウスが示す社会的認知機能の低下は、(R)-ケタミンによる島皮質の活性化を介して改善された。

研究の背景

 幼少期から成人期における社会的孤立は、社会的相互作用の減少と関連しており、これが社会的認知機能の障がいに大きく影響することが知られています。社会的認知機能の維持には、島皮質や前頭前野などの脳領域が関与していることが知られていましたが、治療介入による社会認知障がいの回復にこれらの脳領域がどのように関与しているかは明確ではありませんでした。
 また、ケタミンは、(S)-ケタミンと(R)-ケタミンの鏡像異性体が等量混ざった混合物で、最近、迅速な抗うつ作用をもつことで注目されています。これまでの研究から、ケタミンの鏡像異性体間の分子特性の違いが明らかにされています。例えば、(S)-ケタミンは(R)-ケタミンよりもNMDA型グルタミン酸受容体の抑制能力が高いことなどが知られていました。しかしながら、これらの鏡像異性体による分子特性の違いに基づく薬効の神経メカニズムは不明でした。

研究の内容

 研究グループでは、幼若期から社会的に隔離された環境で育てられたネズミを用いて、ケタミン鏡像異性体を投与した脳全体の神経細胞の活性化パターンを機械学習によって解析しました。その結果、(R)-ケタミンを投与した脳において、島皮質という脳領域の活性化が特に顕著であることを見出しました。
 また、ファイバーフォトメトリー※5を用いて神経活動を経時的に測定しました。その結果、通常の集団で育ったネズミでは、他のネズミとの遭遇時に島皮質の神経細胞が活発に活動するのに対して、社会的に隔離されて育ったネズミではこの活性化が弱まっていることが観察されました。しかし、隔離飼育されたネズミに(R)-ケタミンを投与すると、集団で育ったネズミと同様に島皮質の活性化が強くなることを発見しました。この作用は(S)-ケタミンではみられませんでした。さらに、社会的認知機能を評価する実験では、(R)-ケタミンを投与したネズミが他のネズミをよりよく記憶できることを見出し、この作用は、島皮質の神経細胞の活動を化学遺伝学的手法により抑制すると消失しました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

 本研究成果により、社会的に孤立して生じる社会認知機能の低下に対して(R)-ケタミンが有効であり、その改善作用に島皮質の活性化が関わることが明らかになりました。社会的認知機能の低下は、うつ病など様々な精神疾患でみられる症状の一つであることから、今回の研究成果に基づいて、新たな治療法の開発に繋がることが期待されます。

特記事項

 記事項本研究成果は、2024年2月23日(金)午前10時(日本時間)に米国科学誌「Molecular Psychiatry」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“(R)-ketamine restores anterior insular cortex activity and cognitive deficits in social isolation-reared mice”
著者名:Rei Yokoyama†, Yukio Ago†, Hisato Igarashi, Momoko Higuchi, Masato Tanuma, Yuto Shimazaki, Takafumi Kawai, Kaoru Seiriki, Misuzu Hayashida, Shun Yamaguchi, Hirokazu Tanaka, Takanobu Nakazawa, Yasushi Okamura, Kenji Hashimoto, Atsushi Kasai*, and Hitoshi Hashimoto*
†共筆頭著者, *共責任著者
DOI:https://doi.org/10.1038/s41380-024-02419-6

なお本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED) JP20dm0107122 (HH), JP22ama121052 (HH), JP22ama121054 (HH), JP21dm0207117 (HH), JP21wm0525005 (KS), JP21wm0425017 (AK)、日本学術振興会JP20H00492 (HH), JP21K19335 (HH), JP23K00395 (HH), JP20H03391 (AK), JP22K19378 (AK), JP23H02640 (AK), JP20H03392 (YA), JP21K19714 (YA), JP22J13259 (RY), JP22KJ2161 (RY)、文部科学省JP22H05080 (AK),JP18H05416 (HH)、科学技術振興機構(JST)JPMJFR2061 (AK)、武田科学振興財団(AK,TN,HH)、および旭硝子財団(AK,TN)の支援を受けて行われました。 

SDGs目標

用語説明

※1     ケタミン 
解離性麻酔薬。日本ではケタラールとして使用されている。ケタミンはS体とR体が等量ずつ混合されている。S体であるエスケタミンは、既存治療薬が反応しない治療抵抗性うつ病患者の治療薬として米国や英国にて承認されている。
※2     鏡像異性体 
右手と左手の関係のように、同じ分子組成であっても、三次元の立体配置が鏡像対称性をもつ物体のこと。
※3     社会的認知機能
他人の顔や声などの特徴などにより個人を識別し、出会った人の記憶を保持する能力であり、再会時の人物認識において極めて重要な機能。この機能は、社会的な交流の初期段階において、特に重要であり、社会性動物が記憶された社会的経験に基づき適切な行動をとり、コミュニティを形成するのに必要な機能。これは、ヒトに限らず社会性動物であるネズミにおいても、社会的な相互作用と関係構築の基礎となる基本的な脳機能。
※4 島皮質
大脳皮質の一つの領域で、外側溝の奥に位置する。特に島皮質の前部は、帯状回や扁桃体など大脳辺縁系と強い神経接続をもち、感情や情動の制御に重要な役割を果たしているとされる。また最近の研究では、内受容感覚の情報を統合する機能にも注目されている。

※5 ファイバーフォトメトリー
In vivo蛍光検出法の一つ。蛍光プローブ(例えばGCaMPなど)を使用して神経細胞内のカルシウム濃度の変化を蛍光信号に変換し、生体内での神経活動を実時間で記録し追跡する方法。

【笠井准教授のコメント】
ようやくコロナ禍が過ぎましたが、COVID-19パンデミックは、世界中でうつ病の発症率を大幅に増加させました。その背景には社会的孤立の影響によるものも多いと考えられています。特に子供の社会的孤立は、個々の精神的成熟に悪影響を及ぼす可能性があり、社会的孤立が解消されても精神症状は続く可能性があります。今回の研究をきっかけに、社会的孤立が精神保健に与える悪影響が注目され、それを軽減する解決策を見つけることに繋がることを願っています。
【お問い合わせ先】

<本件に関する問い合わせ先>
大阪大学 大学院薬学研究科 教授 橋本 均(はしもと ひとし)
TEL:06-6879-8180    FAX: 06-6879-8184
E-mail:  hasimoto*phs.osaka-u.ac.jp

大阪大学 大学院薬学研究科 准教授 笠井 淳司(かさい あつし)
TEL:06-6879-8183    FAX: 06-6879-8183
E-mail:  kasai*phs.osaka-u.ac.jp

広島大学 大学院医系科学研究科(歯) 教授 吾郷 由希夫(あごう ゆきお)
TEL:082-257-5640
E-mail: yukioago*hiroshima-u.ac.jp

<広報に関する問い合わせ先>
大阪大学大学院薬学研究科庶務係
E-mail: yakugaku-syomu*office.osaka-u.ac.jp

広島大学 広報室
TEL:082-424-4383   FAX:082-424-6040
Email: koho*office.hiroshima-u.ac.jp

 (注: *は半角@に置き換えてください)


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