広島大学 保健管理センター 宮内 俊介 助教
Tel:082-424-5540
E-mail:smiyauchi*hiroshima-u.ac.jp
(注: *は半角@に置き換えてください)
広島大学保健管理センター 宮内俊介助教、広島大学大学院医系科学研究科歯周病態学 應原一久助教、同循環器内科学 中野由紀子教授を中心とした医科歯科連携チームは、心房細動に対するカテーテルアブレーション治療を受ける患者さんを対象とした研究で、歯周炎の定量化指標である歯周炎症面積(periodontal inflamed surface area:PISA)(注1)が術後の心房細動再発に関連することを明かにしました。さらに、PISAの高い(=重度の歯周炎がある)患者さんでは、術後3カ月以内に標準的な歯周炎治療を行うことで心房細動再発が抑制される可能性が明らかになりました。
心房細動は日本国内に約100万人の患者さんがいるとされます。心房細動に罹患すると脳梗塞、心不全、認知症の発症リスクが上昇し、健康寿命が著しく損なわれます。心房細動診療では、患者さん毎に高血圧、糖尿病、肥満、飲酒などの「修正可能な危険因子」(注2)を同定し、多職種が連携して是正することが重要です。今回の研究結果は、歯周炎も心房細動の修正可能な危険因子の一つとなりうることを示しています。歯周炎は歯科を受診することで予防や治療が可能です。研究の中でも、術後3カ月以内に2回の標準的な歯周炎治療を受けることでPISA値が大きく改善し、心房細動の再発抑制に関連することが示されました。
本研究は非ランダム化比較試験として実施しましたが、今後、歯周炎の治療が心房細動の予防、治療成績の改善に繋がることを解明し、心房細動診療における医科歯科連携を推進するための基盤となるものと考えます。
本研究成果は、令和6年4月10日(米国東部時間)、米国心臓病学会公式科学誌「Journal of the American Heart Association(JAHA)」(オンライン版)に掲載されました。
1:広島大学 大学院医系科学研究科 循環器内科学
2:広島大学 保健管理センター
3:広島大学 大学院医系科学研究科 歯周病態学
4:広島大学病院 口腔検査センター
5:広島大学 大学院医系科学研究科 口腔顎顔面病理病態学
* Corresponding author(責任著者)
心房細動は最も頻度の高い不整脈で、心不全や脳梗塞、認知症の原因となり、健康寿命を大きく損なう可能性があります。心房細動には加齢や遺伝的な要因も関与しますが、肥満、高血圧、糖尿病、飲酒などの修正可能な危険因子を同定し、多職種が連携して是正することが重要です。歯周炎は世界で最も有病率の高い感染症であり、全身性の炎症を惹起し、動脈硬化、糖尿病、リウマチ、脂肪肝などの全身疾患に影響することが知られています。しかしながら、現在歯周炎は心房細動の危険因子とは位置づけられていません。歯周炎は歯科を受診することで予防や是正が可能です。歯周炎治療により心房細動の治療成績が向上することが明らかになれば、心房細動患者さんを診療する多職種チームに歯科医師・歯科衛生士が加わることで、健康寿命の増進に繋がる可能性があります。
今回我々は、心房細動に対してカテーテルアブレーション治療を受ける患者さんを対象とし、歯周炎および、歯周炎治療が術後の心房細動再発に及ぼす影響を検討しました。
広島大学病院で心房細動に対する初回カテーテルアブレーション治療を受ける患者さん288人を対象とし術前に歯周専門医が歯周組織検査を実施しました。今回は歯周炎の定量化指標となる歯周炎症面積(periodontal inflamed surface area: PISA)に着目して、全例でPISAを計測しました。治療適応のある患者さんには歯周炎治療を推奨し、希望者には術後3カ月以内(ブランキング期間)に2回の標準的歯周炎治療を実施し、治療後にPISAを再検査しました。術後の心房細動再発は12誘導心電図に加えて、24時間ホルター心電図や長時間記録可能な携帯心電計を用いて外来でフォローアップしました。
解析の結果、術後に心房細動が再発した患者さんでは術前のPISAが高値であり、受診者動作特性(Receiver Operating Characteristic: ROC)解析で心房細動再発を予測するPISAの最適カットオフ値は615 mm2でした(図1)。このカットオフ値を用いると、生存期間分析(カプランマイヤー法)でPISA高値(=重度の歯周炎がある)群は高い心房細動再発率を示しました(図2)。多変量Cox回帰分析(注3)でも、PISAは他の心房細動再発に関わる因子と独立して心房細動再発に関連していました。288人中97人が術後3カ月以内の歯周炎治療をうけ、治療によりPISAが大きく改善しました(図3)。術前のPISA高値群では、歯周炎治療を受けた患者さんは治療を受けなかった患者さんと比較して、心房細動再発率が低い(多変量Cox回帰分析でハザード比0.39)という結果が得られました(図4)。
パーセンテージで表すと、歯周炎治療を受けた患者さんの心房細動再発率は16.5%であるのに対し、治療を受けなかった患者さんは28.3%でした。また、PISA高値群では、歯周炎治療を受けた患者さんの心房細動再発率は20.0%、受けなかった患者さんは48.4%となりました。本結果は歯周炎が心房細動の修正可能な危険因子であり、歯周炎治療により心房細動治療成績が向上する可能性があることを示唆しています。
【図】(論文中の図を改変)
本研究は、治療希望の患者さんに対して歯周炎治療を行う、非ランダム化比較試験として実施しており、将来的にはさらに高いレベルのエビデンスを得るための研究が必要です。また、歯周炎が心房細動に関与する機序の解明も必要です。今回の研究結果は、歯周炎管理が心房細動診療において重要であることを示す最初のエビデンスとなります。将来的に、歯周炎が心房細動の危険因子であることを示すエビデンスを蓄積し、歯科医師、歯科衛生士が心房細動診療チームに参画することで歯周炎を是正する必要性、心房細動診療における医科歯科連携の重要性についてさらに発信していきたいと考えています。
本研究では歯周炎と心房細動の関連に着目しましたが、歯周炎は動脈硬化性疾患や脳卒中、糖尿病等に関連することも明らかになっています。広島大学では、広島大学病院脳卒中・心臓病等総合支援センター(注4)を中心に、心房細動をはじめとする循環器病、脳卒中診療における医科歯科連携を推進していきます。
(注1) 歯周炎症表面積(periodontal inflamed surface area: PISA)
歯周ポケットの深さを測る際に、出血のある歯周ポケット上皮面積(炎症部位の面積)の総和を示し、歯周炎の活動性を定量的に評価できる臨床指標となる。近年では糖尿病や血液中の炎症マーカーとの関連が報告されている。
(注2) 心房細動の修正可能な危険因子
心房細動の危険因子の中で、年齢や遺伝的要因などの是正できない因子に対して、生活習慣の改善や治療により是正可能な因子のこと。最新の日本循環器病学会・日本不整脈心電学会合同ガイドラインでは高血圧、糖尿病、肥満、睡眠呼吸障害、尿酸、喫煙、アルコールが挙げられており、現時点で歯周炎は含まれていない。
(注3) 多変量Cox回帰分析
生存期間分析の手法の一つで、イベント(本研究では心房細動再発)が発生するまでの期間を複数の説明変数に基づいて解析するもの。
(注4) 広島大学病院脳卒中・心臓病等総合支援センター
国のモデル事業として令和5年度に開設し、令和6年度からは広島県の事業として継続する。脳卒中、循環器病患者さんの支援や、疾患の予防・早期発見に関する啓発活動を多職種が連携して包括的に行う。
本研究の遂行にあたり、「文部科学省・JSPS 科研費」および、「ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社・J&J Medical Research Grant」の助成を受けました。
広島大学 保健管理センター 宮内 俊介 助教
Tel:082-424-5540
E-mail:smiyauchi*hiroshima-u.ac.jp
(注: *は半角@に置き換えてください)
掲載日 : 2024年04月11日
Copyright © 2003- 広島大学