大学院先進理工系科学研究科 橋本 聡さん

博士課程の研究内容について

■橋本さんの研究内容について教えてください。
「タンパク質がどのように形を変えるのか」を解明することです。タンパク質は物質を運んだりする機能によって生命活動に欠かせない働きをすると同時に、パーキンソン病の原因とされるなど、人間にとって良くない働きをすることもあります。その形は、例えるとビーズが連なった長い鎖のような構造をしており、その立体構造と機能は密接に関係しています。すなわち、形が変わると働きも変わるということです。私の所属する研究グループでは、この構造と機能の関係を明らかにすることを目指しており、特に私は「構造の変化」に注力しています。
これまでの研究では、放射光という強力な手法を活用し、この構造変化を追跡する新しい観測方法を開発しました。タンパク質の立体構造を観測するには、数オングストロームという非常に小さな単位で解析する必要がありますが、試行錯誤を重ねることで、従来の手法では難しかった観測を可能にする装置を構築し、成果論文として発表することができました。現在はこの装置をさらに高度化し、生命機能の理解に応用することを目指しています。
 

■このテーマを選んだ背景を教えてください。
研究を行っているHiSOR(放射光科学研究所)との出会いが大きなきっかけです。学部1年の講義で見学した際、「こんな大きな装置が広島大学にあるのか」と驚きました。さらに学部2年時の授業で現在の指導教員と出会い、生物物理学というそれまで聞いたことのなかった学問領域を知りました。物理学と生物学が交わるという概念に大きな衝撃を受け、未知な分野に対する興味が湧いたことで、ここで研究を行いたいと強く思うようになりました。
具体的に今の研究テーマを選んだ理由は、研究グループ配属後に提示された取り組むべきテーマの中で「装置開発」と「時間分解」という言葉に強く惹かれたことです。幼い頃からものづくりが好きだったことに加え、自分が構築したシステムで未知の現象を明らかにする挑戦に魅力を感じました。また、「時間」という概念に惹かれたのは、私自身が長年速さを競うスポーツに打ち込んできたことも関係していると思います。


■研究の面白さ、苦労について教えてください。
研究活動では常に宿題を抱えているような感覚が続きます。いつ終わるかわからないし、現在の取り組みが成功するかもわかりません。それでも、「続けた先に何かがある」と信じて向き合う日々は、辛さと同時に楽しさも感じます。いつの間にか、この生活が自分の中で自然なものになってしまいました。寝る前に解析の誤りに気づくかと思えば、起きてすぐに何かをひらめくこともあります。研究活動が生活に溶け込んでいる感覚です。もちろん、進展が見えずに苦しむこともあります。1か月以上同じことを続けても役に立つデータが取れないなど、成果が見えないことも多々あります。しかし時間が経ち、努力が形となった瞬間の喜びは何度経験しても格別です。この達成感が研究を続ける原動力になっています。
 

博士課程での生活について

■毎日のスケジュールについて教えてください。
コアタイムが設定されていないため、自分のペースで活動しています。私は毎朝9~10時に研究室に来て、21時頃まで研究を続けることが多いです。ただ、四六時中集中できるわけではなく、時にはぼーっとしたり、誰かと話をしたり、買い物に出かけたりもします。「あぁもう夕方か」というのが口癖になるほど、時間があっという間に過ぎていきます。
研究内容は日々異なり、実験や解析、論文作成、学会準備、グループセミナーの準備など多岐にわたります。HiSORの光源は運転スケジュールが決まっていて、好きな時に使えるわけではないので、実験をする場合はそれを考慮して段取りを組む必要があります。それもあり、最近では何をやったかを忘れないように、細かく記録する習慣をつけようと考えています。


■研究スタイルはどんな感じですか?
基本的に1人で黙々と取り組むことが多いです。現在の研究テーマは私と指導教員との共同で進めているものであり、必然的に自分自身で課題を整理して一つずつクリアしていく必要があります。そのため、問題点を分析し、計画を立てながら進めることを心がけています。
ただし、知識や経験が足りずに行き詰まることもあります。そのような時には、自分で調べるだけでなく、指導教員やグループの先輩に相談して、一緒に解決策を考えてもらうことも大切にしています。また最近では後輩が増えてきて、サポートする機会も増えました。こうした人との協力が自分自身の知識の整理や新しい視点の発見に繋がり、研究の幅が広がる良いきっかけになっています。一人で集中しながらも、周囲との協力を大切にするのが私の研究スタイルです。


■研究に行き詰った時やモチベーションが下がったと感じるとき、どのように解消していますか?
その状況に応じて「とことん考え抜く」か「一旦距離を置く」かを選んでいます。以前は自分の悩みを誰にも相談せずに抱え込むことが多かったのですが、研究室では隣の席に座る先輩に日常的に話を聞いてもらっていて、抱え込むこと自体が少なくなったように思います。研究活動は一人ではできないので、時には周囲の仲間に支えてもらうことも必要だと感じています。
また、研究だけに集中してしまうと心が疲れてしまうため、別の軸を持つことを心がけています。私の場合はトライアスロン部の活動がそれにあたり、博士課程で活動の比重は軽くなりましたが、朝に1時間ほどトレーニングをして研究室に向かったり、週末をトレーニングに充てることでリフレッシュし、新たな気持ちで研究に臨む準備をしています。研究と部活動の両方が順調にいっているときには、自然とモチベーションも向上します。
それでもどうにもならない時には、しっかり食べて、寝て、時間が解決してくれるのを待つこともあります。


■研究室の雰囲気はどんな感じですか?
私の所属する放射光物性・物理研究室には、博士課程3年が4名(留学生2名)、2年が1名、1年が1名、修士2年が8名、1年が5名、学部4年が7名所属しています。さらにその中で6グループに細分化され、各グループに3~6名ほどの学生が所属します。私の所属する生体物質科学グループには現在7名の学生が所属しています。
人数が多い分、それぞれの性格も様々で、賑やかな人もいれば、静かに研究に打ち込む人もいます。放射光を利用できるという特別な研究環境があるため、研究室に配属されてからさらに研究熱心になったという人も多いかもしれません。これほどの規模の装置が大学にあるということ自体が貴重なので、実験の際は緊張と期待で胸が高鳴ります。


■研究室選びにアドバイスはありますか?
研究室を選ぶ基準は人それぞれですが、いくつかのポイントを挙げるとすれば、まず興味のある研究分野が明確な場合は、その分野で活躍している先生を基準に選ぶのが良いと思います。講義で興味を持った先生の研究室で学びたいという動機も自然な流れです。また、研究室の雰囲気との相性も非常に大切です。研究室訪問を通じて、学生の様子や研究環境を直接感じてみるのは効果的です。私自身、何度か訪問の対応をしましたが、訪問者の多くが「研究生活の実態を知りたい」と感じている印象を受けました。訪問はその不安を解消し、研究室の雰囲気をつかむ良い機会になります。
一方で、私が個人的にお勧めしない基準は「楽かどうか」で選ぶことです。学部4年生で研究室に配属された後、修士までで3年間、博士まで進むと6年間という長い時間を少しでも実りあるものにするためには、やりがいや成長を感じられる環境を選ぶことが重要です。研究には必ず壁にぶつかる瞬間がありますが、それを乗り越える過程が成長に繋がります。研究室選びは未来の自分を育てる第一歩ですので、じっくり考えてほしいです。
 

博士課程への進学について

■博士課程に進学すると決めたきっかけはなんですか?
博士という進路を初めて意識したのは、学部3年のチューター面談がきっかけでした。当時、高校教員を目指していた私に、「博士号を持って教壇に立つ先生もいる」とアドバイスをもらったことで、自分の専門分野を深く理解し、生徒たちに伝えることの魅力に気付きました。その後、希望していた研究室・研究グループに配属され、そこで出会った博士課程の先輩方から感じる研究への情熱が、進学を考える大きな理由となりました。また、自分が携わっていた研究に可能性を感じていて、卒業してそれを他の誰かに任せるのではなく、そのまま自分自身で突き詰めたいと思ったのも後押しになっています。
他にもリサーチフェロー制度による経済的な支援が進学を現実的な選択肢にしてくれたこと、そして何より両親が私の意思を理解し、応援してくれたことが、最終的に進学を決断する決め手となりました。


■進学について、不安はありましたか?
博士課程後期というステージで、どのような生活を送るのか、どのような未来が待っているのか、研究者になるとは具体的にどういうことなのか、全くイメージが湧きませんでした。私が初めて博士学生に出会ったのは研究グループの先輩で、今でもアカデミックで活躍しているとても優秀な方です。その姿に憧れを持つ一方で、自分に同じ道を歩むだけの力があるのか不安が募りました。特に博士課程は成績優秀な人々の集まりの中で過ごすため、周囲との差に苦しむのではないかという恐怖がありました。私は研究自体は好きですが、勉強が得意な方ではありません。博士課程で研究が深化する中で、周りと比較して自信を失うのではないかという思いが頭を離れませんでした。しかし、進学して感じたのは「研究に対する熱量」があるかどうかが重要だということで、この気付きが自分を支える一つの柱となっています。
また、途中でやり遂げられずに博士課程を離脱してしまうのではないか、あるいは3年間で成果をまとめきれないのではないかという不安もありました。この点については指導教員に率直に相談し、「毎日研究室に来て研究を続ける習慣が修士の時点でできているなら心配する必要はない」と言っていただくことで軽減されました。
これらの不安は全て「挑戦する価値のある課題」と捉えることで、今では「自分を強くする要素」に変わりつつあります。博士課程を通じて、自分の課題に向き合い、それを乗り越えた先には大きな成長が待っていると信じています。


■今後のキャリアについてはどのようにお考えですか?
将来のキャリアについては非常に悩みました。まず、長年の目標であった「教員になる」という志をどうするかという点については、もうしばらく研究者として挑戦したいという思いが強く、一度研究現場を離れると戻りづらいという現状もあり、研究の道を優先するという結論を出しました。
次に、大学で研究を続けるか、それとも企業での研究に挑戦するかという選択についてですが、現在の研究環境は非常に恵まれており、特にHiSORの高度化という話も耳にしますし、さらに面白い研究に取り組める確信があります。しかし、博士課程修了という節目を迎える今こそ、次のステージに挑戦するタイミングだとも感じています。現在の私の研究テーマは基礎的な要素が強く、その社会的な応用が実現するのは遠い未来になるかもしれません。そのため、より社会に近い研究に興味を持つようになりました。考え抜いた末、今はメーカーでの研究職に挑戦する意向を持っています。企業での研究は、スピード感や組織として取り組むスタイルがアカデミックとは大きく異なり、さらに研究を通じて社会貢献と利益の追求を行うという部分で私にとって新しい経験となるでしょう。
ただし、教育に携わるという夢が消えたわけではありません。いつになるかは分かりませんが、将来的には地元に戻り、後進の育成に関わることができればと考えています。それまでは、研究者として多くの経験を積み上げ、それを自分の言葉で伝えられるようになることを目指しています。人があまり選ばない博士課程に挑戦したからこそ得られた経験を活かし、唯一無二の道を切り開いていきたいと考えています。
 

フェローシップ制度について

■フェローシップ制度に採択されるまでの準備について教えてください。
準備したのは、「自分の研究の意義を理解し、それを言葉にすること」、「自分がどのような研究者になりたいかを明確にすること」でした。研究関連の申請書を書くのは初めての経験で、何度も書き直しては自分の言葉で表現できる形を探しました。研究の新規性や社会的意義を簡潔かつ魅力的に伝えることを意識し、先輩や指導教員に何度もアドバイスをいただきながら推敲を重ねました。研究や生活に必要な資金を獲得する難しさを実感する中で、申請書の推敲は自分自身と深く向き合う時間でもありました。この過程を通じて、自分の研究や将来像をより明確にすることができたと思います。


■未来博士3分間コンペティション2024の出場について教えてください。
「伝えること」は私が長年大切にしているテーマの一つであり、プレゼンテーション力を競う大会という点で大きな魅力を感じていて、YouTubeで過去の発表動画を見ては、自分ならどのように研究を伝えるかを想像していました。2024年の夏から秋にかけてはちょうど学会参加の予定がなく、広島大学の“放射光施設”という素晴らしい研究環境を広く知ってもらいたいという思いもあって出場を決めました。
出場するからにはファイナリストとしてステージで発表し、賞を獲ってYouTubeに映像を残すことを目標とし、エントリーする前からスライド案は考えていました。発表順が1番目ということも考慮し、「自分が場の流れを作る」という意気込みで、教育実習や模擬授業で培ったスキルを活かしながら、スライドの内容、話し方、ステージ上での振る舞いなど、審査基準を意識して全体をデザインしました。これらを評価していただけたことは非常に嬉しく、大きな自信にもなりました。
同時に、控室やパネルトークで他の出場者と交流し、互いの経験や苦労を共有できたことも貴重な体験でした。異なる環境で研究している方々と話すことで、自分もさらに頑張ろうと思える瞬間が何度もあり、研究者としても人間としても成長できる機会だったと感じています。


■フェローシップ制度へのコメントがあればお願いします。
この制度があったおかげで、私の博士課程への道が開けました。支援をいただいていることに深く感謝しています。同時に、期待に応えたいという強い気持ちを持ちながら日々研究に取り組んでいます。フェローシップ制度で育った私たちが、将来、研究や社会の発展に貢献する姿を見せることができるよう、これからも挑戦を続けていきます。この制度が未来を支える優れた研究者を生み出し続けることを願っています。


■博士課程に進学する人を増やそう、という社会的な流れがありますが、どう感じますか?
博士学生を増やすのは日本の科学力・研究力を発展させ続けるためにも必要不可欠です。「2040年に博士の数を3倍にする」ことを実現するのであれば、博士課程の厳しさを正直に示しつつ、それ以上に魅力的であるイメージを作っていくしかありません。博士課程は厳しいステージではありますが、得られるもの、その先に繋がるものが多くあります。研究を進めるための課題遂行力、問題解決力、批判的思考力はもちろんですし、他者と話す力、伝える力、協力する力、組織に寄与する力、後進を育成する力、これら全部を含めた「人間力」が必要とされ、育まれます。そして社会が博士学生に求めるのは、研究力と人間力だと思います。就職に目を向けた時、博士人材の採用が現代社会の課題として残りつつも、受け入れるための準備は進んでいるように思います。
ただし、博士の質も大切にするのであれば、博士課程に在籍する学生にとって、アカデミックという現場での研究が面白いものであり、そして情熱を注げるものであり続けてほしいとも思います。社会への貢献や利益の追究は大切な志ですが、研究するやりがいや意義を知ることが何よりもまず必要だというのが私の意見です。
 

後輩へのメッセージ

■もし学部生の自分にアドバイスができるとしたら、どんなことを言いますか?
「あの時もっと理解しておけばよかった」と思うことはたくさんあります。例えば、線形代数や微分積分をはじめ、熱力学、電磁気学、統計力学など、基礎科目の重要性を改めて感じています。これらの知識が研究にどう役立つのかを、当時もっと深く考えていれば、今の研究がもう少しスムーズだったかもしれません。
それでも、部活動に全力を注いでいた当時の自分に後悔はありません。もし学部時代の自分にアドバイスを送るとしたら、「その時その時の目の前のことに全力で向かい続けてほしい」と伝えます。結果がどうであれ、それが次の道へと繋がるからです。基礎を学ぶ時間を大切にしつつ、目の前のことを熱意を持ってやり遂げることが、後の自分を支える力になると信じてほしいと思います。


■博士課程への進学を希望する方へ、メッセージをお願いします。
「博士課程に目を向ける」という行動そのものが、博士課程への進学に向けた最初の重要な一歩です。まだまだ少数派の選択肢である博士課程に進むことは、多くの覚悟を必要とします。しかし、その選択をした勇気は、将来きっと自分の誇りとなり、人生の大きな財産になるはずです。私自身、まだ道半ばではありますが、その確信を持っています。
もちろん、博士課程では厳しいことや辛いことも少なくありません。好んで困難を求める人はいないと思いますが、振り返ったときに「経験を積んだ」と胸を張れるものの多くは、一生懸命に取り組み、苦労を重ねた結果だと感じます。課題を乗り越える喜びを得る時もあれば、挫折に直面することもあります。それでも、その挑戦をすること自体がすでに大きな価値を持っており、未来を豊かにする糧になると信じています。
そして最後にもう一つ、ぜひ伝えたいことがあります。それは、「あなたは一人ではない」ということです。もし困難に直面したとしても、助けてくれる人は必ずいます。指導教員や先輩、仲間たちが支えとなり、一緒に進むことができます。そのことを、どうか忘れないでください。
 


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