博士課程の研究内容について
■石原さんの研究内容について教えてください。
「ダンサーおよび審美系アスリートの障害予防」を大きな研究テーマに掲げており、主には足部障害とウィメンズヘルスの2つを柱として取り組んでいます。
足部障害については、バレエダンサーや審美系スポーツアスリートに多く発生するリスフラン関節の損傷、外反母趾変形が主な研究課題です。こちらの研究では、動作解析とエコーを用いた関節動態の評価を使用しており、競技に特有な動作の問題点と合わせて障害発生メカニズムの解明と理学療法的介入や予防策を講じる上での知見を獲得できるよう励んでいます。
具体的には実際に人間の体にマーカーを付け、三次元の動き、加速度、床に伝わる力などを数値として捉え、解析のデータとして活用します。エコーについても小型の機器を関節に装着し、実際の動きを記録します。被験者は同じ研究室の仲間に協力してもらうこともありますが、自らあちらこちらのバレエ教室にアプローチして集めています。広島大学の恵まれた環境のおかげで、大学病院の整形外科の先生や学外の研究者の方など、様々な立場の方々からご指導をいただきながら研究を進めることができています。
ウィメンズヘルス分野の研究活動としては、ダンサーやアスリートの尿失禁症状や睡眠の質の低下に加えて、近年スポーツ医学領域で注目が集まっているREDs(Relative Energy Deficiency in Sports/スポーツによる相対的利用可能エネルギー不足)を扱っています。厳格な身体的審美性や高いパフォーマンス要求が課される競技特性から、利用可能エネルギー不足に陥りやすい対象集団ではありますが、国内での研究は未だ僅かな状況でした。まずは学外とのつながりを構築し、基盤データを得るための調査から開始しています。この傾向が強まるのはプロとして活躍している、あるいはプロを目指している集団なので、バレエ団の監督や競技連盟などにコンタクトをとって、調査対象の拡大に努めています。
上記2つの研究それぞれについての発表は、ダンス医科学分野における代表的国際学会International Association for Dance Medicine & Scienceの2023年大会と2025年大会でStudent Research Awardを受賞したほか、2025年の日本スポーツ理学療法学会にて最優秀ポスター賞を受賞することができました。研究者が少ない分野ではありますが、こうして一つずつ知見を獲得し、周囲に知っていただけることが私にとっての励みとなり、本分野の発展と現場での実践につながっていくと信じています。
■このテーマを選んだ背景を教えてください。
バレエダンサーに多い外反母趾は、何か一つのきっかけで受傷するものではなく、長年の誤った身体の使い方の積み重ねが影響するものであるため、予防が可能なのではないかと考えていました。誤ったテクニックとの関連については近年指摘が増えていたものの、関節角度や力学的指標のみを扱う研究では明確なエビデンスに欠けている状況でした。しかし、この研究の発案時に関わっていた医師の先生との共同研究からヒントをいただいたことで、動作中の関節動態を評価する手法を取り入れることができ、研究を進める目処が立ちました。
一方、ダンサーのREDsに関する研究については、多くのダンサーや現場の指導者の方々との会話から、国内ではダンサーに対する健康管理の教育が普及しておらず、サポートする側と対象者との間の壁が厚い現状に気づいたことがきっかけでした。特にREDsに関しては、他スポーツでは研究や介入が増えているにも関わらず、ダンサー、特に日本国内では使用できる基盤データがありませんでした。研究によりデータを増やしていくこと、そして研究で多くのダンサーと関わること自体が知識の普及につながり、相談できる相手がいることを周知する良い機会になるのではと考えて活動を始めました。
■研究の面白さ、苦労について教えてください。
バレエはスポーツというよりは芸術としての評価のされ方をするので、パフォーマンスの良し悪しについて他分野の方に理解してもらうのが難しいと感じることはあります。また、すぐそばに類似した研究を行っている人がいないため、複数人でチームを組める研究に比べると、情報収集や環境整備、実際の測定や解析にかかる時間の点で苦労は多いかもしれません。しかし、自分の研究として計画、実行から報告までを行う責任を持つ意識は常に大切なことだと思います。加えて、ダンス医科学だけではなく、その他のバイオメカニクス研究やスポーツ医学分野の研究への参加や、学外に自ら出向いての協力要請など、研究を進めるために行動する力は徐々に身に付きつつあるのではないかと思います。
楽しいと感じるのは、得られた結果が元になって次のリサーチクエスチョンにつながった瞬間です。自分の研究を実施したことで次のステップが生まれ、さらに小さな成果が誰かを助けるきっかけになる瞬間を目の当たりにする時が一番嬉しいです。私の研究は対象者があってこそ可能なものであり、還元する相手がいてこそ意味があると考えています。よって、学術と現場を繋ぐことが非常に大切であり、多くの方との関係を築く中で得られる、それぞれの立場ならではの気づきや意見がさらなる研究の源となっています。
博士課程での生活について
■毎日のスケジュールについて教えてください。
コアタイムがあるので8時45分頃に研究室に来ます。週に1日は非常勤理学療法士としての仕事があり、その他に週1回、研究室全員が集まるゼミに参加します。それ以外は基本的に大学内にて、測定やデータ解析、執筆やチームでの会議など行い、大抵は20時から21時、遅くても23時までには帰宅するようにしています。時期によってはより多くの作業が必要なことや、急遽期日のあるタスクが重なる時もあるので、帰宅後に執筆や資料作成などの作業をすることもあります。複数の研究プロジェクトを同時進行しており、またヒトを対象とする測定がほとんどなので、日中は測定や会議などに時間を使っており、夜に一気に集中して個人的な作業や執筆を進めることが多いです。
学会は国内だけでなく海外にも参加します。当然英語ですが、完璧な文法で話せないことよりも黙っていることが一番良くないので、とにかく喋ることを心がけています。大学進学前にもバレエのコンクールなどで海外に行っていたので、その際の経験が活きています。
■研究スタイルはどんな感じですか?
ブーストがかかる時間帯や時期があるタイプなので、どちらかというと自分のコンディションに合わせてマイペースに励む方です。ただ、複数のプロジェクトを同時進行させているので逆のケースもありますし、子どもの頃から少しざわざわした環境で作業する方が好きなので、一人きりで静かな空間を作ることはしません。
研究室の中でもダンスに関わる研究をやっているのは私一人で、どれだけ外から情報を得てきて自分の研究に落とし込めるかが重要です。したがって学外ともしっかりした関係を構築し、誰にとってもメリットがある協力体制を整備するということには気を配っています。
■研究に行き詰った時やモチベーションが下がったと感じる時、どのように解消していますか?
研究を進めている過程で壁に直面し行き詰まりを感じるケースでは、途中まで進めてきた自分の研究データや構築していた研究デザインを一旦頭から除き、課題の背景や既存の知見を俯瞰して整理し直すと、焦りなど無駄な感情に邪魔されることなく思考を深めていくことができます。それでも行き詰まる時には、誰かに話をしてみます。
長期間タスクに追われ、論文のリジェクトなど好ましくない結果ばかりが立て続けに出てしまう時は精神的に消耗することもあります。こういった時には、今抱えているタスクをジャンルごとに全て紙に書き出し、クリアしていくごとに線を引くなど、視覚的にわかりやすくすることで気持ちを持ち直しています。
将来に対する不安などで磨耗した時は、作業効率も落ちていることが多いので、人と話をして気持ちを奮い立たせるか、完全に研究から離れた休日を作り、リフレッシュする時間を設けて解消しています。
■研究室の雰囲気はどんな感じですか?
2025年度は、D3が私を含めて2名、D2が5名、D1が1名、M2が5名、M1が9名の計20名の大学院生が所属していて、学内外を見ても人数が多い研究室だと思います。私がM1の時も同級生が9名いたので、各々研究内容は違えど、業績を出すことについて高め合いながらやってこられたと思います。
■研究室選びにアドバイスはありますか?
まずは、自分の目標とする研究内容や将来ビジョンに正直に向き合って、できるだけその道がかなう環境を選択すべきだと思います。自分の軸があれば、ある程度の困難には立ち向かえるはずです。しかし、大学院の在籍期間は、個人差はあると思いますが多少の精神的不安感も抱えながら、多くの人と関わることになります。特に指導教員や研究室の人と接する時間は圧倒的に長いです。また、人間同士なので、どうしても合う合わないが生じることがあります。そのため、できるだけ複数の人から話を聞き、可能であれば実際に会議に参加させてもらうなどすると雰囲気が伝わると思います。加えて、自分が思い描く研究をすぐには実行できないとしても、いつか実現するために必要なステップを院生の間に重ねていくことが大切だと思っています。将来取り組みたい研究を実現するために習得すべき知識、研究手法など様々なパズルのピースを集めていくことができる環境であるかどうかも良い判断基準になるのではないでしょうか。
博士課程への進学について
■博士課程に進学すると決めたきっかけはなんですか?
大学院進学は大学に入った時から決めていましたが、M1の1年間を過ごした中で、さらなる研究を継続することの必要性を感じていました。博士課程前期の2年間では足りない、まだ続きを進めたいという思いがある反面、人生設計に自信がなくとても迷いました。そこで、所属している研究室の先輩や教員だけでなく、他の研究室の教員や学外の方にも何度も相談をして、自分の正直な気持ちに向き合いました。その中で、M1の段階で「将来博士の学位が必要な時が来るかもしれない」と思う人は、実際にその道を歩む可能性が高い、という意見を聞きました。また、当時はCOVID-19のパンデミック直後で、今後大学院に戻りたいと思うタイミングがあっても、その希望をかなえる環境が整わない可能性は大いにあったため、可能なうちに行動すべきという結論に至り進学を決めました。
■進学について、不安はありましたか?
おそらく多くの人が挙げると思われる、人生設計の見通しがつかず、学位取得後も明確な道があるわけではない、という点は不安でしたし、進学後も常に頭をよぎります。さらに、「このまま外の環境や社会を知らないままで良いのか」「もっと臨床経験を積んでから研究に落とし込むべきではないか」という考えもありました。
家族は理解を示してくれましたし、周囲の友人も応援してくれる人が多数でしたが、やはり女性ということもあり、不安定な学生を続けることに疑問を持つ人も少なくありません。進学後も、故意ではないにしてもこのような反応を浴びることが続きますので、少し辛くなってしまうのも事実です。
■今後のキャリアについてはどのようにお考えですか?
まず今年度で博士課程後期を修了し、春からは本学の育成助教に着任します。博士課程後期に進学して以降は少し視野が広がったおかげで、社会の需要や自分の専門領域が抱える課題がより見えるようになり、自身の正直な気持ちなども混ざり合って迷い続ける3年間でしたが、D3の春頃に進む道を決めました。今後は研究活動を自分の基盤としつつ、理学療法士として現場とのつながりも重視していくつもりです。ダンス医科学分野は他の研究分野よりもエビデンスが少ないと言われることが少なくありません。加えて、学術研究と現場の壁がまだ厚いことも課題です。そこで現場で必要なことを研究に落とし込み、橋渡しの役目を担うことが目標です。ダンサーや指導者、保護者やサポートに携わる医療従事者等、関わるすべての人への情報提供や教育を通じて、より良い環境づくりを目指していきます。
フェローシップ制度について
■フェローシップ制度に採択されるまでの準備について教えてください。
博士課程前期1年の時には存在を知っていました。複数の先輩が採択されていて、研究をする上で助かっているというのは聞いていたので、博士課程後期に進むのであれば学費の面から必須だと思っていました。
申請にあたっては、取り組みたい研究の社会的意義を整理し直しました。研究が遂行できた場合どう社会に還元できるのか、この研究活動を私がするべき理由は何か、書類のみで伝えられるように作成に力を入れました。
また、博士課程後期での3年間に励みたい内容での申請になるので、そこに対する強い思いの原動力や、博士課程前期の間に責任を持って研究を遂行する覚悟も自分の中に作っておくことも重要だと思います。
■フェローシップ制度へのコメントがあればお願いします。
博士課程後期に進学することへのハードルの一つは、間違いなく経済面の不安ではないでしょうか。成果を生むためにも、その成果を世界に発信するためにも多くの場面で資金が必要になります。この制度の存在によって進学が選択肢に入るようになりますし、進学後はこの制度にサポートしていただき積極的な挑戦ができたと思います。また、私はフェロー対象の「世界に羽ばたけ研究活動支援プログラム」にも採択いただき、ドイツの研究施設での研修も実現できました。本制度のサポートを受けている分、成果を出し続けることに対する良いプレッシャーにもなっていると思います。
■世界に羽ばたけ海外研究活動支援プログラムへの応募のきっかけ、得られた成果について教えてください。
ドイツでの研修について受入機関と調整をしている間、留学にかかる費用を考え、留学に使用できる研究助成金を探していました。そのような時に、ちょうど大学からの知らせで本プログラムの募集があることを知り、応募しました。
ドイツのBG Unfallklinik Murnauにおいて、アキレス腱断裂患者および健常者を対象に、エコーと三次元動作解析装置を組み合わせた測定を実施しました。受入機関の研究者とはこれまでにも共同研究を進めてきましたが、今回は本共同研究プロジェクトにおける初めての現地測定となりました。
測定では、アキレス腱を断裂した患者さんと健康な方を対象に、歩行中の動きや筋肉・腱の働きを詳しく調べました。その結果、手術から1年以上が経過し痛みはなくなっていても、足の筋力には左右差が残り、腱が硬くなって歩行中の伸びが小さくなることが分かりました。また、体の深い部分の筋肉の動きにも違いがみられ、回復の過程には個人差があることが示されました。
今回の渡航で習得した測定・解析手法は、今後の学内研究を進めるうえで重要な基盤となります。また、理学療法学とバイオメカニクスを組み合わせた研究の重要性を、改めて実感することができました。帰国後も共同研究プロジェクトを継続しており、研究成果を蓄積し、世界へ発信できることを楽しみにしています。
■未来の博士フェスへの参加について教えてください。
参加して良かったと感じるのは、自分と同じように博士課程後期で励んでいる全国の学生が会す場でエネルギーをもらえたことでした。研究分野は全く違う者同士ですが、互いの専門について積極的に話ができるのは博士課程後期の学生だからこそですし、辛いことはあってもやはり楽しみながら研究をしている学生は大変エネルギッシュで、孤独感を打ち消す励みになりました。また、実際に博士の学位取得後に様々な職業に就いた先輩方のパネルディスカッションも大変印象に残っています。博士の学位というものが社会からどう求められるのか、どんな能力の証明になるのか、認識を改める機会になりました。専門分野だけでなく学位を取るまでに通ってきた過程自体にも社会が求める価値を含んでいるのかもしれないと感じ、少し心がすっきりしました。
■エディテージ・グラント2024の受賞について教えてください。
2024年以前から英文校正のためにエディテージのサービスを利用していて、偶然募集を見つけました。研究活動にかかる費用確保のために、毎年外部資金(研究助成金)を探していますが、多くの助成金申請は研究計画を提出し、これまでの業績なども評価されます。しかしエディテージ・グラントは若手研究者を対象としている点、過去の業績は加味しない点、細かい規定なしのエッセイ形式の書類であった点が特徴的でした。個人的にエッセイ形式の方が自分の個性もアピールできると思いましたし、賞金の使用期限や使用用途に制限がなく、最終的な大賞受賞に至らなかった場合でも校正サービスのクーポンなどの特典がもらえる可能性があるという点も挑戦してみようと思った理由です。
研究室内で複数人に添削をしていただきましたが、エッセイ形式という独特な形式の書類であったため周囲に経験者もおらず、最後までこれで良いのかと思いながらの申請で、正直なところ受賞は全く期待していませんでした。面接選考では、審査員の先生方から他分野の専門家ならではの視点で質問や指摘をいただきました。私の研究は比較的ニッチなものだと思うのですが、そういった研究でも続けて良いと背中を押していただいたように感じます。
■博士課程に進学する人を増やそう、という社会的な流れがありますが、どう感じますか?
博士課程後期進学者への支援が進むことは、諦めなくて良い人が増えるので大変良いことだと思います。日本としての研究力向上には進学者の増加は必要な過程であり、その結果により学位取得者の活躍の場が広がる可能性もあると考えます。
ただ、実際に進学した者としては、進学自体のハードルが下がることが必ずしも良いとは思いません。進学前にある程度想定していても、いざ経験してみないとわからない辛さもあるので、軸がないと苦労するのは本人です。進学して必ず成果を出すという覚悟、自分や周囲の人への誠意や責任を持って挑むという気持ちの部分も必要不可欠です。学位を取得するという結果だけが全てではないですし、過程のなかで別の道を見出すのも重要なことですが、進学前の覚悟が軽くなり途中で諦める人が増えるのでは、という不安はあります。
後輩へのメッセージ
■もし学部生の自分にアドバイスができるとしたら、どんなことを言いますか?
周りをよく見て、どんな世界が広がっているのか、自分はどのような立場で社会の役に立てるのかを考え、しっかり迷うように助言します。学年や年齢が上がるにつれて、見える景色や感じられるものは増えていくので、その分迷いはつきものです。今振り返ると、本気で迷うことによって自ら活動を広げ、学内外の方々とのご縁に繋がってきました。学部生のうちは何でもできる可能性を持っているので、迷いを抱えて自分と本気で向き合うと良いと思います。
■博士課程への進学を希望する方へ、メッセージをお願いします。
博士課程後期では専門性が高まり、博士課程前期と比べて進学者も少なくなるため、関わる人や分野がどうしても限られやすくなります。そのため、意識的に研究室外、学外、他分野、他職種など、様々な「外の世界」と関わりを持っておくことをお勧めします。私自身、精神的に消耗したり孤独を感じたりした時期もありましたが、それでも持ち堪えることができたのは、研究分野や立場を超えて支えてくれた周囲の人々の存在があったからです。まずは心身の健康を大切にすること。そして周りの人と刺激し合い、高め合うことで、人としての成長と研究の発展の両方を目指していけると信じています。
また、研究は社会の課題を解決するための営みで、「誰のために何を」が一番の目的であるべきです。外の世界からの刺激を敏感に受け取り、得た情報を研究に繋げ知見を得て、最終的には社会に届けるところまでを意識しながら、ぜひ自分なりの博士課程を楽しんでください。

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