【研究成果】ゲノム編集による内在性レトロウイルス排除 ―より安全なワクチン製造を目指して―

概要

 京都大学医生物学研究所 宮沢孝幸 准教授、広島大学ゲノム編集イノベーションセンター 下出紗弓 助教、山本卓 教授、広島大学大学院統合生命科学研究科 佐久間哲史 准教授らの共同研究グループは、より安全なワクチン製造のために、動物が生まれながらにもっているレトロウイルス(内在性レトロウイルス〔endogenous retrovirus, ERV〕〔注1〕)が産生されないワクチン製造用株化細胞の樹立に成功しました。
 ネコの腎臓由来株化細胞であるCRFK細胞は、動物用生ワクチン(注2)の製造に広く使用されていますが、感染性のERVが産生され、ワクチン製造で問題になっていました。今回我々は、国産ゲノム編集ツールであるPlatinum TALEN(注3)を用いてネコで問題になっているERVのノックアウト(注4)に成功しました。本研究により樹立したノックアウト細胞はERV由来感染性粒子の混入がないワクチン製造に使用できることが期待されます。
 本研究成果は、2022年4月27日18時(日本時間)に国際学術誌「Scientific Reports」に掲載されました。

                      図:本研究の概要図
(上段)従来の生ワクチン製造方法。CRFK細胞を使用した生ワクチン製造では、ERV由来感染性粒子が生ワクチンに混入することがあり、接種された動物はERVに感染する危険性がありました。
(下段)本研究成果。ゲノム編集によりCRFK細胞のERVを排除し、ERV由来感染性粒子の混入がないワクチン製造が可能となりました。
 

発表内容

【1.背景】

 内在性レトロウイルス(endogenous retrovirus, ERV)は、宿主ゲノムに含まれているレトロウイルス様の配列です。ERVは通常、不活性化状態にありますが、ときに活性化し感染性粒子を産生することがあります。
 ネコ腎臓由来株化細胞であるCRFK細胞は動物用生ワクチンの製造に使われています。しかし、CRFK細胞は培養上清中にRD-114ウイルスと呼ばれるERV由来の感染性粒子を放出しており、CRFK細胞を使用して製造した生ワクチンの一部にはRD-114ウイルス粒子が混入しています。RD-114ウイルスの病原性については現時点では不明ですが、より安全なワクチン製造のためには、RD-114ウイルスを放出しないCRFK細胞の樹立が望まれていました。

【2.研究手法・成果】
 RD-114ウイルスは、RDRS A2、RDRS C1と呼ばれる2つのERV配列が細胞内で組換え反応(注5)を起こし産生されることがわかっています。RD-114ウイルスを放出しないCRFK細胞を作製するため、国産ゲノム編集ツールであるPlatinum TALENによりRDRS A2とRDRS C1を同時にノックアウトしました。樹立したノックアウト細胞はRD-114ウイルスを産生していませんでした(図1)。ノックアウト細胞のワクチン製造への有用性を評価するため、ネコ用3種混合生ワクチンの種ウイルス(注6)として使用される猫ウイルス性鼻気管炎ウイルス、猫カリシウイルス、猫汎白血球減少症ウイルスの増殖性を調べました。その結果、ノックアウト細胞でも各種ウイルスをふやすことができることがわかりました(図2)。また、ノックアウト細胞で増殖させた各種ウイルス液に感染性のRD-114ウイルスやRDRS配列をもったウイルス粒子の混入は認められませんでした(図3)。
本研究により樹立したノックアウト細胞は、より安全なワクチン製造に応用されることが期待されます。

【3.波及効果、今後の予定】
 ゲノム編集技術によるERVの制御技術は、異種移植(注7)などの医療分野にも応用できます。哺乳類ゲノムの約10%を占めるとされるERVですが、多くの機能はわかっていません。今後、本技術を応用することでERVの機能解析も可能になることが期待されます。
 

【4.研究プロジェクトについて】
 このプロジェクトは以下の助成を受けて実施されました。
 ・独立行政法人 日本学術振興会 科学研究費助成事業 若手研究
 「レトロトランスポゾンによる家畜化関連遺伝子の発現制御機構の解明」(20K15692)
 ・独立行政法人 日本学術振興会 科学研究費助成事業 若手研究(B)
 「内在性レトロウイルスによる生物多様性の創出機構の解明」(16K21129)
 ・独立行政法人 日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(B)
 「共生レトロウイルスの抗腫瘍ポテンシャルの解明と有効活用」(20H03150)
 ・独立行政法人 日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(C)
 「ウイルス感染が生物進化に与えた影響を紐解く」(22K06043)

用語解説

(注1)内在性レトロウイルス(endogenous retrovirus, ERV):宿主ゲノムに含まれるレトロウイルス様配列。過去に宿主の生殖細胞ゲノムに入り込んだレトロウイルスの痕跡と考えられており、ヒトゲノムの約8%、マウスゲノムの約10%を占める。
(注2)生ワクチン:生きた病原体(ウイルスや細菌)の病原性(毒性)を弱めたもの。これを接種することによってその病気にかかった場合と同じように免 疫がつくことが期待される。
(注3)Platinum TALEN:TALEN(transcription activator-like effector nuclease)は植物の病原細菌であるXanthomonas(キサントモナス)がもつDNA結合タンパク質(TALE)に、制限酵素の一種であるFok-Iヌクレアーゼドメインを融合させた人工ヌクレアーゼの一種。国産ゲノム編集ツールであるPlatinum TALENは従来のTALENのTALE部分を改変した高活性型TALEN。
(注4)ノックアウト:特定の遺伝子等を欠損させること。
(注5)組換え反応:レトロウイルスはウイルス粒子を形成する際に2本のウイルスゲノムを包み込むが、ゲノム間のよく似た部位でお互いを交換することがあり組換え反応と呼ばれる。組換え反応により、2本のゲノム情報が混ざり合った新たなゲノムがつくられる。
(注6)種ウイルス:ワクチンを製造する際の元となるウイルス。
(注7)異種移植:ある種の個体から別の種の個体へ、生きた細胞、組織、または臓器を、移植すること。

<研究者のコメント>

  • 私たちは2007年に動物用生ワクチンに感染性のRD-114ウイルスが混入していることを発見しました。ようやく解決策を見つけることができほっとしています。国産ゲノム編集ツールであるPlatinum TALENでノックアウトに成功したことは、国内の知的財産保全の観点においても極めて大きい意義があると思います。その他のワクチン製造用細胞にもこの技術が応用され、より安全なワクチン製造につながることを祈っております。(宮沢)
  • 大学生当時、動物用生ワクチンに感染性のERV粒子が混入しているというお話を伺ってとても驚いたのを覚えています。この論文発表まで長く時間がかかってしまいましたが、近年のゲノム編集技術の発展やたくさんの出会いにより成し遂げられたものと思っています。この技術は医療や獣医療に寄与することも多いかと思いますが、さらなるERV研究にも役立てたいと思います。(下出)
     

<論文タイトルと著者>

  • タイトル:Establishment of CRFK cells for vaccine production by inactivating endogenous retrovirus with TALEN technology(TALEN技術を用いた内在性レトロウイルスの不活化によるワクチン製造用CRFK細胞の樹立)
  • 著  者:Sayumi Shimode, Tetsushi Sakuma, Takashi Yamamoto, Takayuki Miyazawa*
    *Corresponding author(責任著者)
  • 掲 載 誌:Scientific Reports DOI:10.1038/s41598-022-10497-1
【お問い合わせ先】

【研究に関すること】
宮沢 孝幸(みやざわ たかゆき)
京都大学医生物学研究所・准教授
TEL:075-751-4814
E-mail:takavet*infront.kyoto-u.ac.jp 

【取材・報道に関すること】
京都大学 総務部広報課国際広報室
TEL:075-753-5729 FAX:075-753-2094
E-mail:comms*mail2.adm.kyoto-u.ac.jp

広島大学 広報室
TEL: 082-424-3701
E-mail: koho*office.hiroshima-u.ac.jp

(注: *は半角@に置き換えてください)


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