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体に害を及ぼすような高温を感じとり、逃避する行動応答は、環境の温度変化に対応するために欠かせません。動物は進化の過程で高温の感じ方を変化させ、多様な温度環境に適応していますが、どのように進化の過程で高温の感じ方と逃避行動を変化させてきたのか、その仕組みの詳細は分かっていませんでした。
今回、自然科学研究機構 生理学研究所/生命創成探究センターの齋藤茂助教、富永真琴教授、広島大学 両生類研究センターの井川武助教、岩手医科大学 医歯薬総合研究所ゲノム・オミックス解析センターの小巻翔平副センター長、および鳥取大学農学部の太田利男教授の研究グループは、両生類種のオタマジャクシの高温逃避行動が進化の過程で生息環境に合わせて大きく変化してきたこと、また、その変化に高温センサー分子が関わることを明らかにしました。本研究結果は、Molecular Biology and Evolution誌(2022年8月22日web先行掲載)に掲載されます。
近年、温暖化による気候変動により、熱波のような極端な気象が増えています。極端な高温や低温は細胞、組織に大きなダメージを与え、時に生死にかかわることから、危険な温度を感じ、逃避する行動応答は動物が生き抜くうえで欠かせないものです。一方で、動物は進化の過程で多様な温度条件の環境に適応してきました。異なる温度環境に適応した動物種の間では高温の感じ方が異なることはこれまで知られていましたが、進化の過程でどのように温度の感じ方が変化してきたのか、また進化的変化を生み出す分子メカニズムは分かっていませんでした。
まず、研究グループは、日本在来で、様々な地域に生息する5種の両生類種(カエル)のオタマジャクシを用い(図1)、それぞれの種のオタマジャクシが嫌いな温度(忌避温度)を調べました。その結果、氷が張るような早春に産卵するニホンアカガエルにおいて忌避温度が最も低く、天然の温泉が流れる沢でも成育できるほどの高温耐性を持つリュウキュウカジカガエルにおいて、忌避温度が最も高いことが分かりました(図2)。
これまでの多くの研究では、忌避温度のほかにも、オタマジャクシが正常な姿勢を保ちながら遊泳することができる最高温度(臨界最高温度)も高温耐性の指標として調べられています。そこで、忌避温度と臨界最高温度を各種で比較した結果、忌避温度の種間の違いは約15℃もあるのに対して、臨界最高温度の違いは約6℃ほどであり、忌避温度は臨界最高温度より進化の過程で大きく変化してきたことが分かりました(図2)。これらの結果から、逃避行動は柔軟に変化する要素であり、生息地の環境に適応する過程で重要な役割を担ってきたと考えられます。
この種ごとに異なる忌避温度は、進化の過程で長い時間をかけて変化したと考えられますが、個体が経験する温度の違いによっても、忌避温度は変化するのでしょうか?まず、オタマジャクシが実際に経験する温度を調べるため、生息地において継時的温度測定を行った結果、水温は昼夜で大きく変動しながら、春から夏にかけて徐々に上昇しました。しかし、同じ地域に生息する異なる種の間では産卵の時期や生息環境が異なることにより、オタマジャクシが経験する温度が異なることが分かりました。
そこで、同一種のオタマジャクシを異なる温度で飼育し、経験による忌避温度の変化を計測しました。その結果、リュウキュウカジカガエルのオタマジャクシの忌避温度は26℃飼育で約36℃でしたが、35℃飼育では43℃と約7℃も上昇しました(図3)。この結果から、個体の経験によっても忌避温度が変化することが明らかになりました。実際、時に40℃程度まで上昇する浅い水たまりに生息するリュウキュウカジカガエルは、たとえ周辺に温度が低い場所がある場合でも、多数のオタマジャクシが38℃ほどの高温の場所で観察されました(図4)。リュウキュウカジカガエルのように高温に曝されることが多い種では、忌避温度を環境条件に応じて調節し、高温条件では暑い場所も避けないようになると考えられます。
さらに研究グループは、このような高温からの忌避行動の分子メカニズムを明らかにするため、高温を感じ取る際に重要なTRPA1(トリップ・エイワン)というセンサー分子が、忌避温度の違う種間で機能的に違いがあるのかどうか、調べました。その結果、TRPA1の温度刺激に対する反応は、忌避温度が最も低いニホンアカガエルで最も大きかった一方で、忌避温度がもっとも高いリュウキュウカジカガエルのTRPA1は高温の刺激に対してほとんど反応しませんでした。高温に鋭敏に応答し、低めの温度で忌避行動を示す種ほど、TRPA1の温度応答性が高く維持されており、著しい高温耐性を持つリュウキュウカジカガエルではTRPA1の温度応答性がほぼ失われていることが分かりました(図5)。これらの結果より、高温逃避行動にTRPA1が関わっていることが示されました。
今回の研究により、生息環境によって、オタマジャクシの嫌いな温度が異なること、またその違いにはTRPA1が深く関わっている可能性が高いことが明らかになりました。本研究の成果は、野外で観察される生態的特性の種間の違いについて行動レベル、更には温度センサー分子レベルにわたり包括的に解明したものであり、動物の環境適応機構の理解につながると考えられます。
注1)臨界最高温度:環境の温度を徐々に上昇させていった時に、動物が正常な姿勢で行動できなくなる温度。オタマジャクシの場合は、遊泳中にふらつく、または仰向けになった時点の温度。急性の高温耐性の指標として様々な動物で調べられている。
注2)TRPA1:Transient Receptor Potential Ankyrin 1の略称。TRPA1は感覚神経の細胞膜に発現し、温度センサー分子として機能するイオンチャネル。複数の脊椎動物種において高温刺激によって活性化されると開口し、神経細胞内に陽イオンを流入させ、感覚神経を発火させる役割を持つ。
本研究は文部科学省科学研究費補助金の補助を受けて行われました。
1.異なる種の両生類の逃避行動は生息地の温度環境に応じて大きく変化してきた。
2.高温からの逃避行動は、同一種であっても個体が経験してきた外界の温度に応じて変化する。
3.高温センサー分子の機能変化が逃避行動の種間の違いを生み出した。
(図1:日本在来のカエルの繁殖期と産卵する水場の多様性)
本研究に用いた5種のカエルは繁殖時期が早春から盛夏まで異なり、また、産卵する水場も多様です。開けた環境の水たまりでは日射により水温が変動し、特に夏期には水温が高くなることもあります。リュウキュウカジカガエルは南西諸島に分布しますが、他の4種は本州、四国、九州に広く分布し、同じ域で見つかることも多くあります。
(図2:オタマジャクシの忌避温度は5種のカエルの間で大きく異なっていた)
オタマジャクシが嫌いな温度(忌避温度)を決定するための実験装置を新たに開発しました(左上)。左右の部屋を異なる温度に維持し、オタマジャクシを自由に遊泳させ、左側、中央、右側に滞在した時間を8分間計測します。左図の例は、左側を約29℃、右側を約40℃に設定し、動画解析により各場所にいた時間を計測したものです(左下)オタマジャクシが滞在した時間を色で示しています(赤に近い色の場所ほど長く滞在した)。29℃の部屋に比べて40℃の部屋に滞在した時間が短くなっています。左右の部屋を様々な温度に設定し、行動を観察することでオタマジャクシが避ける温度を5種のカエルで決定しました。忌避温度は28℃(ニホンアカガエル)から43℃(リュウキュウカジカガエル)まで5種の間で大きく異なっていました。忌避温度の種間の違いは臨界最高温度のそれよりも2.6倍ほど大きいものでした(右)。
(図3:リュウキュウカジカガエルのオタマジャクシは飼育温度によって嫌いな温度が大きく変化する)
リュウキュウカジカガエルのオタマジャクシを35℃で1日飼育した後に、逃避行動を観察すると、40℃の部屋をほとんど避けなくなりました。図はオタマジャクシが滞在した時間を色で示しています(赤に近い色の場所ほど長く滞在した)。35℃で飼育したオタマジャクシは40℃の部屋に滞在した時間が26℃飼育のものより明らかに長くなっています。
(図4:リュウキュウカジカガエルのオタマジャクシは生息地で激しい温度変化に曝される)
鹿児島県のトカラ列島・口之島でリュウキュウカジカガエルの野外調査を行いました。リュウキュウカジカガエルが生息する浅い水たまりに温度ロガーを設置し、継時的に温度測定を行いました(左図の矢印)。水たまり水温は日射により上昇し、昼夜で20℃以上温度が変動することがあり、最高で約40℃に達することもありました(右下)。水温が上昇している時に観察すると、山側から流れ込む水の温度が低いため、水たまりに急激な温度勾配が生じ、水温が低い場所もありましたが(中央、サーマル画像)、38℃ほどの水温が高い場所にも多数のオタマジャクシが確認されました(右上、オタマジャクシの位置を星印で示した)。
(図5:忌避温度の低い種ほどTRPA1の高温応答反応が大きい)
TRPA1は感覚神経で温度センサー分子としてはたらくイオンチャネルです。温度刺激によってTRPA1が開くとイオンが神経内に流入し、感覚神経を活性化させます(左)。両生類のTRPA1は熱刺激で活性化します。高温刺激に対するTRPA1の反応の大きさを3種のカエルで比較すると、忌避温度が低い種ほど強く反応することが分かりました(右)。アカ:ニホンアカガエル、カジカ:カジカガエル、リュウ:リュウキュウカジカガエル
近年、温暖化によって極端に熱くなる日が増えています。分布域が重なる動物種の間でも生態的な特性や生息環境の違いにより忌避温度に大きな差があることから、温暖化によって受ける影響が異なると予測されます。本研究により、多くの動物種が共存するためには変化に富む多様な環境が維持されることが重要であることが改めて示されました。本研究の成果は温暖化が動物に与える影響の予測や、種の保全を考慮する際に有益な情報となると考えられます。
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掲載日 : 2022年08月31日
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