長距離の神経ネットワークは脳表面の最短経路に配線される―数学を駆使してヒト胎児の脳の形から予測―

研究成果のポイント

  • 脳内を複雑に情報伝達する長距離の神経ネットワークについて、その配線の仕組みを数学とデータ解析から提案
  • ヒトの脳において、長距離の情報伝達ネットワークが何を頼りにして配線されるかは解明されていなかった。今回、数学を駆使して、脳の表面を通る最短経路に沿って長距離の神経ネットワークが配線されることを予測
  • ヒトの胎児での長距離の神経線維の発達を探る手掛かりになることが期待される
  • さらに、神経が脳内でどのように長距離に配線され、知能を実現するのかという問いにも挑戦する糸口になることが期待される

 

概要

 大阪大学大学院基礎工学研究科の堀部和也特任助教(常勤)(研究当時:理学研究科大学院生)、東京大学大学院教育学研究科の多賀厳太郎教授、広島大学大学院統合生命科学研究科の藤本仰一教授(大阪大学大学院理学研究科招へい教授)らの共同研究グループは、「脳内を長距離に配線する神経ネットワークは胎児期の脳表面を通る最短経路に沿って発達する」という理論を提案しました。

図1でこぼこな曲面と脳の表面上の最短経路(白線)

平面では異なる2点をまっすぐ結ぶ線が最短経路となりますが、でこぼこな曲面では最短経路がどこを通るかは曲面の形によって決まります。脳の表面もでこぼこのある曲面と考えることができ、最短経路を数学から求めることができます。

 脳内の神経細胞は、細長い線維を伸ばして互いに繋がるネットワークを作っていますが、その配線は一見すると極めて複雑です。主な神経ネットワーク※1は、特定の位置から、決まった方向を通って離れた特定の位置へ、脳全体にわたり長距離に配線することで情報を伝達し、論理的思考、注意や言語など多様で高度な知能を生み出しています。長距離の神経ネットワークは胎児期に活発に形成されることは明らかになってきましたが、ネットワークの配線規則、すなわち、「神経は何を手がかりにして長距離に配線されるのか?」は未だほとんど不明なままでした。

 今回、本研究グループは、長距離の神経ネットワークが形成される胎児期に注目し、脳表面にある溝などでこぼこのある曲面の上を通るあらゆる最短経路を計算しました(図1)。その結果、最短経路はある脳の特定の位置で特定の方向へよく通過し、長距離の神経ネットワークが形成される位置や方向と対応することを明らかにしました。この結果から「長距離の神経ネットワークが脳表面の最短経路に沿って配線される」という、脳の形(幾何学)に基づく神経ネットワークの長距離の配線規則が示唆されました。脳表面の形は神経ネットワークに比べて計測しやすいことから、今まで神経ネットワークが未成熟なため、計測が困難であったヒトの胎児での長距離の神経線維の発達を探る手がかりになることが期待されます。さらには、チンパンジーといった霊長類の脳表面データを解析することで、言語などヒト特有の知能を実現する神経線維の長距離ネットワークが進化を通じてどのように獲得されたかを明らかにすることが期待されます。

 本研究は、2023年7月24日(月)午前9時(日本時間)に科学雑誌『Cerebral Cortex』オンライン版に掲載されました。

研究の背景

 長距離の神経ネットワークは、脳の特定の位置から決まった場所と方向を通過して、特定の位置へと繋ぐことで様々な情報伝達を行い、高度な脳機能を実現しています。これら長距離神経ネットワークは、論理的思考や言語などに重要であり、ヒトだけに太く強固な接続があります。長距離の神経ネットワークは、脳表層(皮質)近くの組織に、胎児のごく初期から作り始められますが、何を手がかりとして遠く離れた位置同士を配線するかはほとんど不明なままでした。

研究の手法と成果

 道路交通網や電力輸送網やインターネットなど、長距離のネットワークを作る場合には、配線する場所の地形に応じて、配線の材料(ケーブルやアスファルトなど)にかかる費用(コスト)を抑えた、つまり距離が短い経路に配線されます。
 そこで、本研究グループは、「神経ネットワークも脳表面の最短経路に沿って配線する」という仮説を立てました。最短経路が脳表面のどの場所や方向を通るかを明らかにすべく、胎児期の脳の形の公開データを使って、表面のあらゆる場所から離れた場所へ至る最短経路を網羅的に計算しました。

図2脳表面での最短経路の通過頻度

(左)最短経路をよく通過する部位(ホットスポット、赤色)と通過しにくい部位(青色)。ホットスポットの周辺(黄色)は次に通過しやすい。(右)ホットスポットを通る最短経路(白線)の束。

 その結果、脳表面で最短経路がよく通過する部位(ホットスポット)と通過しにくい部位を複数発見しました(図2左)。さらに、これらの部位は解剖学でよく知られた部位と対応しました。例えば、あるホットスポットは、神経ネットワークにおいて太い配線がある部位(ウィルニッケ野とブローカ野)にそれぞれ現れました。これら複数のホットスポットを通過する最短経路の束を観察したところ、脳の発達で最初に現れる溝を”つの字状”に囲むような経路を通過していました(図2右)。
 面白いことに、この最短経路の位置や方向は、弓状束と呼ばれる長距離の神経ネットワーク(連合線維)に対応することが明らかになりました。加えて、他のホットスポットを通る最短経路の束は、別の長距離神経ネットワーク(帯状束など)の位置や場所と対応していました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

 本研究成果により、脳の表面の形から長距離の神経線維ネットワークが配線する位置や方向を予測できることが示唆されました。この予測は、脳表面の最短経路と神経線維の配線データとを定量的に比較することで、さらなる検証が期待されます。長距離の神経線維の配線がうまく行われないことによる機能障害が臨床的に知られていますが、未成熟な線維の計測が難しく、早期発見が困難でした。神経線維に比べ脳の表面の形は観察しやすく、形から神経線維のネットワーク配線を推定することで、機能障害の早期発見に繋がることが期待されます。さらには、生物や人工物に限らず、長距離に作られるネットワークの地形に応じた普遍的な配線規則を解き明かす可能性を示しています。

特記事項

 本研究成果は、2023年7月24日(月)午前9時(日本時間)に英国科学誌「Cerebral Cortex」(オンライン)に掲載されました。

  • タイトル:“Geodesic theory of long association fibers arrangement in the human fetal cortex”
  • 著者名:Kazuya Horibe, Gentaro Taga, Koichi Fujimoto
  • DOI:https://doi.org/10.1093/cercor/bhad243

 なお、文部科学省科学研究費補助金 (26220004, 19KK0247, 23H05425) および日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)(JP21gm1310012) および国立研究開発法人 科学技術振興機構 (JST) CRESTの助成を受けました。

用語説明

※1 神経ネットワーク
私たちの脳は、多数の神経細胞(ニューロン)によって構成されています。これらのニューロンは、他の多くのニューロンと接続されており、それぞれが情報を受け取り、処理し、送信する神経ネットワークをつくります。神経ネットワークの情報の送受信は、私達の知能を実現しています。

堀部特任助教(常勤)のコメント

 私たちの脳はどのようにかたちが作られ、機能を獲得するのか?という素朴な疑問から研究を始めました。本研究の成果から、長距離の神経ネットワークは脳の表面を通る最短経路に沿って配線されることを予測することができました。最短経路に基づく配線規則は生物、人工物の普遍的なネットワークの形成に当てはまる可能性があります。

SDGs目標

【お問い合わせ先】

<本件に関する問い合わせ先>

 大阪大学 大学院基礎工学研究科 特任助教(常勤)  

 堀部 和也(ほりべ かずや)

 TEL:06-6850-6360    FAX: 06-6850-6360

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