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【研究成果】細胞の謎解き!オルガネラ膜接触部位が液胞の数を変える鍵となる!~脂質による液胞分裂メカニズムが明らかに~

本研究成果のポイント

  • 液胞(※1)は、細胞の中にある大切なオルガネラ(※2)で、人間のリソソーム(※3)に似ている。液胞は細胞内の物質の分解や貯蔵に重要であり、その数や大きさは、融合と分裂のバランスによって維持されている。
  •  細胞内の小胞体と細胞膜、または小胞体とゴルジ体の間の膜接触部位(MCS)(※4)を作るトリカルビンタンパク質(※5)が、酵母の液胞の分裂を抑制していることが明らかになった。トリカルビンを欠いた細胞における液胞分裂の原因は、細胞内に蓄積したフィトスフィンゴシン(PHS)(※6)であることもわかった。
  • フィトスフィンゴシン(PHS)による液胞の分裂には、小胞体と液胞の間のMCS(膜接触部位)が必要であることが判明。また、高い浸透圧のストレスが液胞を分裂させる際にも、小胞体と液胞の間のMCSが関与していることも分かった。今回発見したMCSを介した液胞分裂制御機構は、様々なストレスに応答して液胞が分裂する基本的な仕組みであると考えられる。

概要

 広島大学大学院統合生命科学研究科の花岡和樹氏(博士課程前期2年)、Philipp Schlarmann(博士課程後期2年)、池田敦子助教、藤井創太郎助教、船戸耕一准教授の研究グループは、細胞内のオルガネラ同士のコミュニケーションを担うMCS(膜接触部位)が、液胞の分裂を制御していることを明らかにしました。

 この研究では、特に液胞というオルガネラに焦点を当てて調べました。液胞は、細胞内の物質を分解したり、貯蔵したりする役割を担っています。そして、スフィンゴ脂質(※7)のひとつであるフィトスフィンゴシン(PHS)がMCSを介して液胞の分裂を調節していることがわかりました。

 また、これまで知られていた浸透圧ストレスによる液胞の分裂にもMCSが関わっていることがわかりました。つまり、ストレスに対応するためにMCSが重要な役割を果たしていることが見出されました。

 今回の研究成果は、私たちと同じ真核生物である酵母において、「MCSを介した脂質代謝が液胞の分裂に関与していること」を初めて証明したもので、人間の細胞でも同様の仕組みが存在している可能性が考えられます。

 本研究は、国際科学雑誌『eLife』オンライン版にReviewed Preprintとして、7月27日(日本時間)に公開されました。

掲載論文

  • 掲載雑誌名:eLife
  • 論文名:Membrane contact sites regulate vacuolar fission via sphingolipid metabolism
  • 著者名:Kazuki Hanaoka, Kensuke Nishikawa, Atsuko Ikeda, Philipp Schlarmann, Sayumi Yamashita, Aya Nakaji, Sotaro Fujii, and Kouichi Funato*
    (共同筆頭著者)(*責任著者)
  • DOI:https://doi.org/10.7554/eLife.89938.1

背景

 ヒト、植物、酵母など真核生物の細胞には、様々な細胞内小器官(オルガネラ)があります。オルガネラはひとつひとつ独立した存在ではなく、膜接触部位(MCS)を介して大規模なネットワークを構築しています。MCSは細胞内のあらゆるオルガネラ間に見られる構造であり、その役割は細胞内シグナル伝達(※8)やオートファジー(※9)、脂質輸送や代謝、細胞膜やオルガネラの動態、細胞ストレス応答など、多様な生命現象に関与しています。

 酵母や植物の液胞は哺乳類のリソソームに相当するオルガネラであり、多くの共通した機能を有しています。液胞は脂質やタンパク質に対する分解能力と貯蔵能力を持ち、pHやイオンの恒常性維持、浸透圧ショックや栄養環境への対応など、細胞の恒常性維持に不可欠なオルガネラです。細胞内外の環境に適応するため、液胞は数や大きさを変化させることができ、その形態は液胞の分裂と融合のバランスによって維持されています。

 これまでの研究で、液胞の分裂と融合はイノシトールリン脂質やステロールなどの膜脂質の組成変化と連動していることが知られていました。しかし、「MCSを介したスフィンゴ脂質代謝」が液胞の形態を制御しているかどうかは不明でした。

研究成果の内容

 今回、当該研究グループは、酵母トリカルビンタンパク質(Tcb1, Tcb2, Tcb3)が欠失すると液胞が分裂することを見つけました。トリカルビンは、小胞体と細胞膜間、および小胞体とゴルジ体間のMCSを形成する繋留因子であることが、これまでに明らかにされてきました。しかし、トリカルビンの液胞における役割は不明でした。そこで当該研究グループは、トリカルビンを介したMCSが液胞の形態を制御する仕組みを明らかにすることを目指しました。

 トリカルビンは小胞体-ゴルジ体間のセラミドの非小胞輸送に関与することを、以前に当該研究グループが明らかにしました(iScience, 2020)。そこでセラミドの前駆体であるPHSの量を調べたところ、トリカルビンが欠失した細胞では、PHSが蓄積していることが分かり、これに着目しました。解析の結果、❶野生型の細胞にPHSを細胞外から添加すると液胞の分裂が起きること、❷PHSを細胞外へ排出するRsb1タンパク質を過剰発現すると、トリカルビン欠失細胞の液胞分裂が抑えられることが分かりました。このことから、PHSの蓄積が液胞分裂の原因であることが突き止められました。

 次に、蓄積したPHSがどのようにして液胞分裂を引き起こすのかを調べるために、PHSの液胞への移動の場として機能する可能性がある小胞体と液胞のMCS(核-液胞接合部;NVJ(※10))の関与についての解析を行いました。NVJの主要な繋留因子を欠失させると、PHSを投与した細胞およびトリカルビン欠失細胞の液胞分裂は抑えられました。このことから、液胞の分裂の引き金には、NVJを介してPHSが液胞に運ばれることが必要であると考えられます。以上のことから、液胞形態がMCSを介したスフィンゴ脂質代謝によって制御されていることが示唆されました。

 加えて、PHSによる液胞分裂の他に、これまでによく知られている浸透圧ショックに対する急性反応としての液胞分裂においても、NVJを欠損させると液胞分裂が抑制されるという興味深い結果が得られ、浸透圧ストレスによる液胞分裂にもNVJが重要な役割を果たしていることを発見しました。以上のことから、NVJは液胞の形態に関わる共通の機能を担っていることが示唆されました。

今後の展開

 細胞生物学におけるMCSへの関心は、ここ約10年間で劇的に高まってきました。MCSの多様性や繋留因子の発見に始まり、今日では、その機能の解明、そしてヒトの疾患におけるMCSの潜在的役割の解明へと焦点が移っています。また、脂質代謝の乱れは、糖尿病などの疾患を含む様々な生命現象と密接に関わっていますいます。トリカルビンタンパク質やMCSはヒト細胞にも高度に保存されていることから、今回得られた酵母での知見は、MCSや脂質が関わる疾患のメカニズムの理解に役立つことが考えられます。

参考資料

 図1.蛍光顕微鏡を用いた酵母の液胞形態の解析
 液胞形態におけるトリカルビンの役割を調べるため、酵母の液胞膜を選択的に染色する蛍光プローブFM4-64を用いて、細胞あたりの液胞の数を解析しました。その結果、トリカルビン欠失株(tcb1Δ2Δ3Δ株)は野生型(WT株)と比較して、液胞が1つの細胞の割合が減少し、2つ以上の液胞を持つ細胞の割合が増加するという表現型を示しました。

 図2.MCSを介したスフィンゴ脂質代謝による液胞分裂の制御機構
 トリカルビン(Tcb1,2,3)は小胞体-細胞膜間および小胞体-ゴルジ体間のMCSを形成することにより、セラミド(Cer)とPHSの輸送に関与する(左図、青矢印)。小胞体-ゴルジ体間のMCSを介してゴルジ体に運ばれたセラミドはゴルジ体内腔でイノシトールリン酸が付加され、イノシトールリン酸セラミド(IPC)に変換される(iScience, 2020)。トリカルビンが欠失した細胞では、セラミドの輸送とPHSの細胞外への排出が阻害され、細胞内にPHSが蓄積し、NVJ依存的に液胞分裂(断片化)を誘導する(右図、赤矢印)。

用語説明

※1 液胞
 液体や溶質を含むオルガネラで代謝産物や不要物質の貯蔵、分解を行う。酵母や植物の液胞は、ヒトのリソソームに相当するオルガネラである。

※2 オルガネラ
 細胞内の特定の機能を担う生体膜で区画化された構造体であり、核や小胞体、ゴルジ体、液胞などが含まれる。

※3 リソソーム
 リソソームは、その内部に多くの酸性加水分解酵素を含み、物質の分解・消化を行うオルガネラである。

※4 膜接触部位(MCS)
 2つの異なるオルガネラ同士が物理的に近接している部位であり、オルガネラ間での物質輸送やシグナル伝達を行う。

※5 トリカルビンタンパク質
 Tcb1、Tcb2、Tcb3タンパク質から構成され、小胞体と細胞膜間および小胞体とゴルジ体間のMCSを形成する繋留因子である

※6 フィトスフィンゴシン(PHS)
 セリンとパルミトイルCoAの縮合反応によって形成されるスフィンゴイド塩基のひとつで、セラミドの前駆体である。

※7 スフィンゴ脂質
 スフィンゴイド塩基を骨格に持つ脂質の総称。

※8 細胞内シグナル伝達
 細胞外の分子による情報を受容体との結合を介して受け取り、その情報を細胞内に伝える仕組みをいう。

※9 オートファジー
 細胞質中の不要な物質やオルガネラを自己分解し、これにより得られた分子を再利用する仕組みをいう。

※10 核-液胞接合部;NVJ
 核と液胞間のMCSであり、Nvjタンパク質とMdm1が繋留因子である。

【お問い合わせ先】

<研究に関すること>
 広島大学大学院統合生命科学研究科 食品生命科学プログラム
 准教授 船戸 耕一
 Tel:082-424-7923
 E-mail:kfunato*hiroshima-u.ac.jp

<報道に関すること>
 広島大学 広報室
 E-mail:koho*office.hiroshima-u.ac.jp

 (注: *は半角@に置き換えてください)


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