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【研究成果】細胞シートを3次元に折れたたむ仕組み発見―接着素材の構築・解体が正確な生体組織の「折り紙」を実現―

概要

 坪井有寿 京都大学大学院生命科学研究科特定助教、近藤武史 京都大学大学院生命科学研究科特定講師 (研究当時、現:理化学研究所 生命機能科学研究センター チームリーダー)、藤本仰一 大阪大学大学院理学研究科准教授 (研究当時、現:広島大学大学院統合生命科学研究科教授)らの研究グループは、細胞シートを取り囲む接着性素材 (細胞外マトリックス)によって、「折り紙」のように細胞シートを3次元に折りたたむ仕組みを発見しました (図)。
 生き物が規則的な形を生み出す仕組みは、未解明の重要な問題です。先行研究では、組織を構成する個々の細胞が協調して変形や移動を行うことで、組織の形状が変わることが示されています。しかし、多細胞生物では、細胞は孤立して存在することはなく、常に周囲の構造物により囲まれた状態で組織の形づくりが進みます。したがって、形作りの仕組みを理解する上で、周囲の構造物による空間的な制約の影響を明らかにすることが重要ですが、この点に関する知見はまだ乏しい状態です。
私たちは、ショウジョウバエの規則的な翅組織の折れたたみに着目し、組織と周辺構造物であるクチクラをつなぎとめる細胞外マトリックス Dumpyから構成される繊維素材の“構築”と“解体”が、規則的な形作りの鍵となることを発見しました。本研究成果は、細胞外マトリックスを介した組織と周辺構造物のダイナミックな相互作用が、3次元の規則的な組織の形を自在に制御することを示しており、器官の発生・再生に関わる生命科学・工学・医学などの分野において重要な知見となることが期待されます。
 本成果は、現地時間2023年9月1日14時にAmerican Association for the Advancement of Science(AAAS)(米国科学振興協会)の国際学術誌「Science Advances」にオンライン掲載されました。

図:接着素材Dumpyにより細胞シートが規則的に折れたたまれる仕組み

背景

 地球上のあらゆる生き物には、特定の“形”があります。なぜ、生育環境や個体の違いを超えて必ず規則的な形が再現よく生み出されるのでしょうか?このシンプルな問いは、長年多くの発生生物学者を魅了してきました。発生過程において、組織は非細胞性素材である細胞外マトリックスや他の組織などの周辺構造物と物理的に接触した状態で形づくりを進めます。そのため、周辺構造物による空間的な制約の影響で、組織は成長すると必然的に座屈します。この座屈は、我々の身の回りでもよく見られます。例えば紙を横から少しずつ押し潰していくと、最初はほとんど変形しませんが、あるポイントを超えると急に折れ曲がります。しかし、このような座屈による変形は、物体の形状や構造、外部からの力のかかり方などが複雑に絡み合って進行するため、どの場所でどの方向に折れたたむかを正確に制御することは困難です。つまり、生き物の発生過程において、座屈によって規則的な器官形状を作り出すためには、座屈のパターンを制御する仕組みが必要だと考えられますが、その仕組みは不明な点が多く残されています。

研究手法・成果

 羽化前の昆虫の翅は、谷折や山折の入り組んだ形態をとることで、幼虫もしくは蛹の殻の中にコンパクトに折りたたまれ (図1)、羽化直後から一気に展開し、成虫で観察される大きな翅へと成熟します。この折れたたみは、翅となる上皮シートが袋状のクチクラの中で空間的に制約を受けながら拡大することで座屈して生じます。

一般的に、組織変形は、アクトミオシンを介した能動的な細胞変形により引き起こされることが広く認識されていますが、ミオシンの働きをなくしても翅組織の規則的な折れたたみ構造は維持されました。そこで別の制御因子を探索した結果、細胞外マトリックスタンパク質であるDumpyが規則的な折れたたみ構造の形成に重要な役割を果たしていること見出しました。Dumpyは細胞の外側で繊維化し、組織の特定の位置と外側のクチクラをつなぎとめることで、座屈のみでは定まらない折れたたみの位置と方向を正確に決め、規則的な折れたたみ構造を制御していました (図2 赤吹き出し)。

 さらに、座屈の位置と方向が決まったあとには、Dumpy繊維は積極的に解体されること、そしてこの解体を阻害すると翅のスムーズな折りたたみが妨げられることも見出しました。これは、Dumpy繊維構造の“構築”だけではなく、その“解体”も組織の折りたたみ制御に必須であることを示しています。興味深いことに、Dumpy繊維の解体は、常に翅の特定の領域から全体へと広がり、解体が始まる位置と縁に沿った折りたたみの位置が一致していました。そこで、遺伝学的な手法を用いてDumpy繊維が解体される場所やタイミングを変化させたところ、その変化に対応するように縁に沿った折れたたみの位置が変化しました。すなわち、解体の時空間的な制御も規則的な折れたたみ構造に不可欠であることが示唆されました (図2 青吹き出し)。

これらの結果は、時空間的に制御された細胞外マトリックスの“構築”と“解体”が、組織と周辺構造物のダイナミックな相互作用を生み出すことによって、2次元の組織が規則的な特定の3次元構造へと再現性よく折れたたまれる、という新たな形づくりのメカニズムを提唱するものです。

波及効果、今後の予定

 本研究で明らかにした、細胞外マトリックスを介した組織と周囲環境との相互作用による3次元形態の制御は、細胞内部の現象とは独立に、細胞の“表面的な”細胞外マトリックスの改変により達成可能であるため、進化を通じて多様な形の獲得に大きく寄与した可能性があります。また、細胞外マトリックスは生体に幅広く存在しますが、その構成や構造は組織や器官ごとに異なります。つまり、細胞外マトリックスを介した組織と周辺環境の相互作用ダイナミクスを明らかにすることで、様々な器官の形づくりのさらなる理解に貢献することが期待されます。生物の進化を通じて翅の発生プログラムに組み込まれた折りたたみ原理は、効率的な収納と確実な展開を保証する人工構造物の開発につながり、テントやアリーナの他、宇宙空間で使用されるソーラーセイルや大型アンテナなど、多様な収納・展開構造などの工学デザインへの応用が期待されます。

研究プロジェクトについて

 本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業の特別研究員奨励費 (19J00764、坪井有寿)、学術変革領域研究(A) (21H05779、坪井有寿)、 新学術領域研究(研究領域提案型) (17H06386、藤本仰一)、新学術領域研究(研究領域提案型)『学術研究支援基盤形成』 (16H06280)、日本ジェネティクス株式会社ジェネ・グラント (坪井有寿)、京阪神グローバル研究リーダー育成コンソーシアム (K-CONNEX) (近藤武史)、国立研究開発法人科学技術振興機構 (JST) の戦略的創造研究推進事業(JPMJCR2121、藤本仰一)の支援を受けて実施されました。

用語解説

細胞外マトリックス
細胞の外側に存在する非細胞性素材で、組織の裏打ちなど足場としての物理的な役割と、細胞外環境の情報を伝える生化学的な役割を担う。細胞外マトリックスは、基本的にすべての多細胞生物のあらゆる組織に存在し、生物種・組織ごとにその構成が異なる。

座屈
一定以上の負荷のかかった構造物が急にたわみ折れたたむ現象。

アクトミオシン
細胞骨格であるアクチン繊維とモータタンパク質ミオシンの集合体で、細胞内の力の駆動力として働く。この力によって、細胞自身が能動的に変形したり移動したりする。

Dumpy
繊維状の構造を形成する細胞外マトリックスタンパク質で、翅以外の器官 (脚や触覚など)にも広く発現している。昆虫やミジンコに保存されており、節足動物の組織形態制御とその進化に重要であることが示唆されている。

クチクラ
表皮細胞が分泌した細胞外マトリックスで、昆虫の体表面を覆うことで外骨格を形成する。

研究者のコメント

ショウジョウバエのみならず、蝉やトンボなど様々な昆虫において、羽化前の翅は小さく折れたたまれています。羽化後に翅が広がる様子を観察すると、大きな翅がこんなにも小さなスペースによく収納されていたなと驚かされます。私は研究室の同僚が趣味で羽化させていた蝉を観察したことから、この研究の構想を思いつきました。研究をスタートさせた当初は、新しい形づくりの仕組みが見つかるとは思いもよりませんでしたが、純粋な興味から始めたからこそ、想定外の発見につながるものなのだと感慨深く思っております。ぜひこの夏、とても神秘的な昆虫の羽化 (特に翅)を観察してください。(坪井有寿)

論文タイトルと著者

タイトル:Spatiotemporal remodeling of extracellular matrix orients epithelial sheet folding (細胞外マトリックスの時空間制御による上皮シートの折れたたみ機構)
著  者:Alice Tsuboi, Koichi Fujimoto, Takefumi Kondo (坪井有寿、藤本仰一、近藤武史)
掲 載 誌:Science Advances DOI:10.1126/sciadv.adh215

【お問い合わせ先】

 坪井 有寿(つぼい ありす)
 生命科学研究科 多細胞体構築学講座 細胞認識学分野・特定助教
 E-mail:tsuboi.arisu.5s*kyoto-u.ac.jp

 近藤 武史(こんどう たけふみ)
 理化学研究所 生命機能科学研究センター・チームリーダー
 TEL:078-306-3048
 E-mail:takefumi.kondo*riken.jp

<報道に関するお問い合わせ先>
 京都大学 渉外部広報課国際広報室
 TEL:075-753-5729 FAX:075-753-2094
 E-mail:comms*mail2.adm.kyoto-u.ac.jp

 理化学研究所 広報室 報道担当
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 広島大学 広報室
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 (注: *は半角@に置き換えてください)


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