【研究成果】ウニが光により腸の入口と出口の開閉を制御するメカニズムを発見

 ウニ幼生において、腸の入口である幽門と出口である肛門が、光に応答して開口する現象を発見しました。これらはそれぞれ異なる光波長に反応することも明らかになりました。幽門と肛門の精密な制御が、食物を適切に消化管内に留め、効率的な消化吸収を可能にする進化の鍵となっていると予想されます。

 人間を含む左右相称動物の多くは、口から肛門まで貫通する消化管を持ち、食べたものを消化・吸収し、不要なものを排泄します。このような貫通型の消化管は、左右相称動物の進化で獲得された新しい特徴であり、これが機能するためには、入口(口)と出口(肛門)を適切に制御する仕組みが必要です。本研究では、シンプルな消化管を持つウニの幼生をモデルに、この制御メカニズムの解明を目指しました。
 その結果、ウニ幼生において、腸の入口である幽門と出口である肛門が、光に応答して開口する現象を発見しました。さらに、これらはそれぞれ異なる光波長に反応し、同時に開くことが極めて稀であることも明らかになりました。幽門が開くときは肛門が閉じ、肛門が開くときは幽門が閉じることで、食べたものを適切に消化管内に留め、効率的な消化吸収を可能にする仕組みが進化してきたと考えられます。特に、消化管が光によって制御されるという新たなメカニズムの発見は、外的環境の変化を利用した効率的な栄養吸収が、動物の繁栄に大きく寄与してきたことを示唆しています。
 今後、消化管の入口と出口の開閉が脳や神経系により制御されるメカニズムを解明することにより、消化吸収が進化の過程でどのように脳の発達や神経系の進化と関係してきたかについて、新たな視点を提供します。
 

研究代表者

広島大学大学院統合生命科学研究科
 山本 卓 教授
筑波大学生命環境系
 谷口 俊介 准教授
京都大学大学院理学研究科
 山下 高廣 講師

 

研究の背景

 ヒトを含め、左右相称動物注1)の多くは、口から肛門まで貫通する消化管を備えていますが、クラゲやイソギンチャクなどの刺胞動物は、一つの開口部しか持たない袋状の消化管を有しています。刺胞動物と左右相称動物の共通祖先は、袋状の消化管を持っていたと考えられており、貫通した消化管は、左右相称動物の進化の過程で新たに獲得された特徴と推測されています。このような消化管には、口と肛門の開閉を適切に制御する仕組みが不可欠ですが、その具体的なメカニズムは解明されていません。
 本研究グループはこれまでに、食道、胃、腸というヒトと同じような3区画に分かれ、かつ単純な消化管を持つウニの幼生について、腸の入口(幽門注2))が光に応答して開口する「光→脳内セロトニン注3)→一酸化窒素注4)→幽門開口」という神経経路が存在することを明らかにしています。そこで今回、ウニ幼生の腸の出口(肛門)の開閉についても、光による制御メカニズムが存在するのか、解析を行いました。
 

研究内容と成果

 今回、バフンウニ(Hemicentrotus pulcherrimus)幼生に光を照射した際、偶然観察された「光応答による排泄」現象をきっかけに、光照射約2分後に腸の出口である肛門が開口するという現象を新たに発見しました(図1)。この現象についてさらに調べたところ、腸の出口である肛門は、以前に報告した幽門の光応答の経路とは異なり、ウニ幼生の脳近傍および腕先端に存在する光受容タンパク質Opsin2が、光を受容すると、神経伝達物質であるドーパミンおよびアセチルコリンの働きを抑制し、それによって開口するというメカニズムが明らかになりました。さらに、幽門と肛門はどちらも光に応答して開口するものの、これらが同時に開口することは極めて稀であることが分かりました。つまり、幽門と肛門の開閉は独立して行われているわけではなく、相互に抑制し合っていることが示唆されました。解析の結果、幽門を開口させるために必要な脳内のセロトニン神経が肛門の開口を抑制する働きを持つ一方、肛門を閉じる働きをしているドーパミンが幽門の開口を誘導しており、肛門の開閉の経路が相互作用する脳腸相関注5)があることが明らかになりました(図2)。
 また、Opsinの吸収波長による反応の違いについて観察したところ、幽門ではOpsin3.2が青色光に応答し、肛門ではOpsin2が青色光からより長波長の光に応答しました(図2)。すなわち、短波長の光により幽門が開き、長波長の光により肛門が開くという、光波長に依存した制御メカニズムが見いだされました。
 これらの結果から、左右相称動物が貫通型の消化管を進化的に獲得する際に、光を介した制御メカニズムが重要な役割を果たしていた可能性が提唱されました(図3)。幽門と肛門の開閉を適切に制御することは、消化管を通じて食物を効率的に保持し、必要な時に排泄するための基本的な仕組みです。門で制御された貫通型の消化管を持つことで、採餌から排泄まで内容物を一方向に運搬できるようになり、イソギンチャクやクラゲ型の閉じた消化管と比べて、消化吸収の効率が大幅に向上したと考えられます。この効率的な栄養吸収は、動物の繁栄に貢献したと考えられ、さらには門の開閉を正確に制御するために、脳や神経系がより発達した可能性もあります。
 

今後の展開

 今回の研究により、光刺激が消化管の機能を制御することが明らかになりました。棘皮動物は我々ヒトを含む脊索動物と進化的に姉妹群をなすため、脊索動物でも光と消化管活動に関する同様の経路が発見されると考えられます。今後、このようなメカニズムが、他の動物種や環境条件下でどのように機能するのかを調べ、すべての動物に共通な仕組みとしての、光が消化管を動かす制御機構の解析を進め、動物の適応戦略や進化的な成功の鍵を解明していきます。

図1 (上段)ウニ幼生を側面から見た模式図。食道、胃、腸と消化管が3区画に分かれている。腸の入口と出口にそれぞれ幽門と肛門が存在する。(下段)肛門(矢尻)が閉じている状態で光を当てると30秒から2分後に開口する。肛門の開口により腸の内容物が排泄されるため腸が収縮する。

図2 光応答としての幽門・肛門開口経路。青色光は脳の横に存在する光受容タンパク質オプシン3.2と脳セロトニン神経を介して幽門開口を誘導する。一方、青色光+長波長の光はオプシン2を介して、肛門を恒常的に閉じているドーパミン神経とアセチルコリン神経の働きを抑制し、肛門開口を誘導する。

図3 本研究から予想される消化管の進化過程の系統樹。ヒトを含む左右相称動物の多くは、口を入口、肛門を出口とする貫通型の消化管を持つ。一方、刺胞動物は口と肛門の区別がなく一つの出入口のみを持つ袋状の閉じた消化管を備えている。刺胞動物と左右相称動物の共通祖先も同様に閉じた消化管を持っていたとされており、左右相称動物の祖先が貫通型の消化管を獲得した際、口から入った栄養素が消化されずに通り抜けてしまうことを避けるため、同時に門の適切な管理機構も進化したと考えられる。

用語解説

注1)    左右相称動物
 体の前後軸に対し左右を見た場合に外見上対象に見える動物のグループ。普段目にする生き物の多くはこのグループに含まれる。
注2)    幽門
 胃の出口。括約筋の収縮弛緩によって開口し、胃の内容物を腸へ流す制御をする場所。
注3)    セロトニン
 神経伝達物質の一つ。ヒトの脳にも存在しており、精神安定など、さまざまな機能を果たしている。ウニでは、脳を構成する神経の中で最も早く形成される。
注4)    一酸化窒素(NO)
 体内で産生される一酸化窒素は、多くの動物種において、血管拡張など平滑筋の制御を行う。
注5)    脳腸相関
 独立した組織で脳と腸が、お互いにシグナルを送り、密接に影響を及ぼし合うこと。例えば、精神状態の変化により消化機能に変化が起きたり、反対に、腸内細菌の組成や活性の変化が精神状態の変化をもたらしたりする。
 

研究資金

 本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 さきがけ「多細胞システムにおける細胞間相互作用とそのダイナミクス」研究領域(JPMJPR194C;2019-2022年度)、科学技術振興機構(JST) 研究成果展開事業が助成するA-STEP(JPMJTR204E; 2019-2024年度)、日本学術振興会が助成する科学研究費基盤研究(B)(23K23933; 2022-2025年度)、日本医療研究開発機構(AMED) 革新的先端研究開発支援事業 CREST「マルチセンシングネットワークの統合的理解と制御機構の解明による革新的医療技術開発」研究領域(22gm1510007; 2022-2027年度)、東レ科学振興会が助成する東レ科学技術研究助成(2018-2020年度)、武田科学振興財団が助成するライフサイエンス研究奨励(2015年度)と光科学技術研究振興財団が助成する研究助成(2022-2023年度)による助成によって実施されました。

掲載論文

【題 名】    Light-modulated neural control of sphincter regulation in the evolution of through-gut 
    (光と神経で制御される消化管の門からその進化を考える)
【著者名】    Junko Yaguchi, Kazumi Sakai, Atsushi Horiuchi, Takashi Yamamoto, Takahiro Yamashita, *Shunsuke Yaguchi (*責任著者)
【掲載誌】    Nature Communications 
【掲載日】    2024年10月18日
【DOI】    10.1038/s41467-024-53203-7

【お問い合わせ先】

広島大学 広報室
TEL: 082-424-4383
E-mail: koho@office.hiroshima-u.ac.jp

 (注: *は半角@に置き換えてください。)


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