【研究成果】空気の質を細胞で調べる新手法を開発 ―快適な車室内空間創出へ応用―

本研究成果のポイント

  • 空気中の物質を効率的に水に取り込む装置(インピンジャー)を用いて、屋内や車室のような狭小空間の空気質を評価する方法(バイオアッセイ)を開発しました。
  • インピンジャーで集めた空気中の物質を免疫細胞(マクロファージ)に処置し、炎症の度合いを調べることで空気質の特性を明らかにしました。
  • 使用期間の長い車の車室では炎症を起こしやすい空気質であることが分かり、今後は本バイオアッセイを改良して住居や医療・福祉施設などの空気環境を高感度に評価し、快適で安全な空間づくりに役立てることを目指します。

概要

 広島大学大学院統合生命科学研究科 石原康宏教授らの研究グループは、空気中の化学物質を効率的に水中に回収するインピンジャー(※1)と体の免疫を担うマクロファージ(※2)の培養細胞を用い、屋内狭小空間の空気質を評価する方法(バイオアッセイ)を開発しました。この手法では、まず、インピンジャーを用いて空気中の物質を水中に取り込みます。次に、その水を培養液としてマクロファージに与え、細胞の反応を調べます。さらに、マクロファージの遺伝子発現を定量PCR(※3)で測定して、空気質にどのような物質が含まれていたか推定します。広島大学とマツダ株式会社技術研究所 國府田由紀主幹研究員らの共同研究チームはこの手法を用いて車室内の空気質を測定し、使用期間が長い車ほど車室内空気質が炎症性となることを示しました。
 本研究は、2025年9月4日にWiley出版による国際学術誌「Indoor Air」に掲載されました。また、インピンジャーと培養細胞を組み合わせたバイオアッセイについて、特許を出願しています。論文掲載に際して、広島大学から論文掲載料の助成を受けました。

〈論文発表〉
論文タイトル:Evaluation of vehicle interior air quality by impinger collection and subsequent bioassay using cultured macrophages
著者:Yuki Koda, Mie Hirahara, Keiko Matsui, Miwako Oro, Masashi Fujihara, Nami Ishihara, Tatsuto Nakane, Yasuhiro Ishihara.
掲載雑誌:Indoor Air Volume 2025, Article ID 2864983.
DOI: https://doi.org/10.1155/ina/2864983

〈特許出願〉
出願番号:特願2024-193491
石原 康宏、藤原 雅志. インピンジャー及び空気質評価方法
出願人:広島大学

背景

 空気中にはPM2.5などの粒子状物質やオゾン、二酸化炭素、二酸化硫黄など、様々な物質が含まれており、これらの種類や量と健康は密接に関連します。日本では、工場や自動車の排出ガス規制が進み、屋外環境におけるPM2.5や化学物質の濃度は全般的に下がってきています。一方、屋外でなく、住宅の部屋や乗り物の内部など屋内環境の空気質もしばしば問題となります。屋内や車内で喫煙すると、PM2.5濃度は大きく上昇し、臭気や微生物も空気質に影響します。屋外と比べて屋内は狭所空間であることが多いため、空気中にどのような物質が含まれているか調べることが難しく、従って、屋内空気質の健康影響を推測する手法も限られていました。狭所では、サンプラーを用いてフィルターに空気質を集めたとしても、化学物質量が測定限界以下であることが多く、数値が得られません。そこで、研究チームは免疫細胞の異物検出能が高いことに着目し、「空気質を蒸留水中に集めて培養したマクロファージに処置し、マクロファージの応答から空気質を評価する手法」を発想しました。

研究成果の内容

 広島大学の研究グループは、効率よく空気質を蒸留水中に集めるインピンジャーの開発に取り掛かりました。インピンジャーのノズルをスプレーノズルとして微細な泡が多くできるように工夫し、また、跳ね返りや飛び散りを防止するために反り返るような形として、水の蒸発や散逸を最小限にしました。新たに作製したインピンジャーは、既存のミゼットインピンジャーと比較して、空気質採取時における水の減少量が少なく、また、都市大気粉塵をネブライズした空間より効率的に空気質を回収できることが分かりました。
 広島大学とマツダ株式会社の共同研究チームは、使用期間が異なる車を2種類準備し(2010年製、総走行距離87,000kmおよび2020年製、総走行距離6,600km)、これらの車室内で空気質を回収し、マクロファージに処置したところ、使用期間が長い車の車室内空気質により、マクロファージにおいて炎症性サイトカイン(※4)である腫瘍壊死因子α(TNFα)の発現が増大しました。従って、空気質に炎症誘発性物質が含まれていることが分かります。さらに、2名が乗車して同様の実験を行ったところ、ヒトの乗車によりTNFα発現量が増大しました。従って、乗員も空気質に影響していることが分かりました。
 

今後の展開

 本研究で開発した方法(バイオアッセイ)(※5)を用いると、車室内空間や住居の一室など狭小空間の空気質の特性を知ることができます。車室内の空気質を測定し、その空気質を改善するソリューションを開発すれば、快適な車室内空間を創り出すことが可能になります。病院や老人福祉施設など、清澄な空気環境が必要な空間の新しいモニタリング手法にもなり得ます。ヒトは、一日の大半を屋内で過ごすことから、屋内環境の評価は大切です。このバイオアッセイをさらに改良し、屋内空間をより検出感度高く評価できるアッセイ系の構築を目指します。

用語解説

※1 インピンジャー
 ガラス製で円筒形のビンであり、試料気体を導入するノズルが底面近くまで伸びている。内部に液体を入れてポンプを用いて吸引することにより、試料気体が液体中にバブリングされる。

※2 マクロファージ
 免疫細胞の1つであり、細菌などを食べて消化することにより異物を除去する。この過程でTNFαなどのサイトカインを産生する。

※3 定量PCR
 ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を用いて、特定のDNAやRNAがサンプル中にどれだけ存在するかを定量的に測定する技術です。コロナウイルスのPCR検査にも使われました。

※4 炎症性サイトカイン
 免疫細胞から放出され、炎症反応を引き起こすタンパク質です。

※5 バイオアッセイ
 細胞など生物由来のサンプルを用いて生物学的な応答を測定する手法を指します。本研究では、異物に対する反応性が高いマクロファージを用い、狭所空間の化学物質影響評価を実施しました。

【お問い合わせ先】

大学院統合生命科学研究科 生体機能化学研究室 教授 石原 康宏
Tel:082-424-6529
E-mail:ishiyasu@hiroshima-u.ac.jp


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