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【研究成果】歯周病の病原菌が心房細動(不整脈)に関与-歯周炎治療が心房細動や心房線維化の予防につながる!-

本研究成果のポイント

  • 主要な歯周病原細菌のPorphyromonas gingivalis(P.g)が歯周炎病巣から毛細血管へ侵入し血液循環を経由して左心房に感染することで左心房の線維化や心房細動発症に関与することを発見しました。
  • 心房細動患者では歯周炎の重症度に相関してP.gが左心房へ感染し、P.gの感染量が左心房線維化と関連することも判明しました。
  • 歯周炎治療が、心房線維化の進展や心房細動の予防となる可能性があり、心房細動の新しい治療法の開発につながることが期待されます。

概要

医系科学研究科循環器内科学、口腔顎顔面病理病態学、細菌学、外科学などからなる広島大学の医科歯科連携研究チームは、歯周炎病巣からの歯周病原細菌感染を模倣した独自の動物モデルを用いた研究で、主要な歯周病原細菌のP.gが歯周炎病巣から毛細血管へ侵入し、全身循環を経由して心臓の左心房へ感染することを明らかしました。歯周炎病巣から左心房に至る感染経路はP.g特異的抗体を用いた免疫組織化学染色で可視化しました。さらに、P.gの左心房への感染が左心房線維化の進展や心房細動発症に関与することを初めて明らかにしました。また、心臓手術時に治療のため切除された左心耳試料を用いた解析で、心房細動患者さんでは、歯周炎の重症度と左心房に感染するP.g菌数が正に相関し、P.g感染数が多い左心房では線維化が進行していることを明らかにしました。
歯周炎治療によりP.gの侵入門戸を遮断することで心房線維化の進展や心房細動の発症を予防できる可能性が示唆されるとともに、将来的にはP.gを標的とした心房細動の新しい治療につながることが期待されます。

 本研究成果は、令和7年3月18日(米国東部時間)、米国心臓病学会公式科学誌「Circulation」(オンライン版)に掲載されました。

論文情報

  • 掲載雑誌:Circulation
  • 著者:Shunsuke Miyauchi,1,2 Miki Kawada-Matsuo,3 Hisako Furusho,4 Hiromi Nishi,5 Ayako Nakajima,4 Pham Trong Phat,4 Fumie Shiba,6 Masae Kitagawa,4 Kazuhisa Ouhara,7 Noboru Oda,1 Takehito Tokuyama,1 Yousaku Okubo,1 Sho Okamura,1 Taiichi Takasaki, MD,8 Shinya Takahashi,8 Toru Hiyama,2 Hiroyuki Kawaguchi,5 Hitoshi Komatsuzawa,3 Mutsumi Miyauchi,4,6* Yukiko Nakano1
    1:広島大学 大学院医系科学研究科 循環器内科学
    2:広島大学 保健管理センター
    3:広島大学 大学院医系科学研究科 細菌学
    4:広島大学 大学院医系科学研究科 口腔顎顔面病理病態学
    5:広島大学病院 口腔総合診療科
    6:広島大学 大学院医系科学研究科 口腔炎症制御学
    7:広島大学 大学院医系科学研究科 歯周病態学
    8:広島大学 大学院医系科学研究科 外科学

* Corresponding author(責任著者)

  • 論文題目:Atrial Translocation of Porphyromonas gingivalis Exacerbates Atrial Fibrosis and Atrial Fibrillation
  • DOI:10.1161/CIRCULATIONAHA.124.071310

背景

 心房細動は最も頻度の高い不整脈で、心不全や脳梗塞、認知症の原因となり、健康寿命を大きく損なう可能性があります。心房細動には加齢や遺伝的な要因も関与しますが、肥満、高血圧、糖尿病、飲酒などの修正可能な危険因子を同定し、多職種が連携して是正することが重要です。歯周炎と心房細動の関連が着目されていますが、両者を繋ぐ機序は未解明で、現在のガイドラインでは歯周炎は心房細動の危険因子に位置づけられていません。研究チームは病原性の高い歯周病原細菌の一つであり、非アルコール性脂肪肝やアルツハイマー病など他の全身疾患との関連が明らかになっているPorphyromonas gingivalis (P.g)に着目し、P.gの心房への血行性感染と心房線維化、心房細動との関連を調べることにしました。

研究成果の内容

  • 動物実験
     歯周炎病巣からの歯周病原細菌感染を模倣した独自の動物モデル(図1-a)を用いて、LAMP法(注1)でマウス左心房組織中のP.g DNAを検出することでP.gが心房に到達することを証明しました。また、P.g特異的抗体を用いた免疫組織化学染色法(注2)で、歯周炎病巣の毛細血管から侵入したP.gが全身循環を経由して左心房心筋に至る感染経路を可視化しました(図1-b,c,d,e,f)。
     P.g感染マウスでは対照マウスと比較して心房組織の線維化が進行しており(図2-a, b)、心房連続刺激で高頻度に心房細動が誘発されました(図2-c)。また、感染群では左心房組織中のgalectin-3、transforming growth factor-beta1などの線維化に関わる遺伝子の発現が上昇していました。よって、左心房に到達し、感染したP.gが左心房局所で心房筋細胞に作用してこれらの分子を活性化することで線維化の進展、心房細動の発症に関与する機序が考えられます。
  • 臨床研究
     心房細動患者さんの心臓手術時に治療のため切除された左心耳(注3)試料を用いて、左心房組織に感染するP.g菌数をqPCR法(注4)で定量化し、臨床的な歯周炎の重症度との関連を解析しました。左心房に感染するP.g菌数は歯周炎の重症度を示す歯周ポケット上皮面積(Periodontal Epithelial Surface Area: PESA)および、出血を伴う歯周炎症表面積(Periodontal Inflamed Surface Area: PISA)と正に相関し、中でも歯周炎の活動性を示すPISAとより強く相関していました(図3-a,b)。よって歯周炎組織ではポケット上皮潰瘍部から侵入したP.gが、炎症で拡張した毛細血管から血液循環に侵入し、左心房に到達、感染することが示唆されます。さらに、左心房のP.g菌数は線維化の重症度と相関しており(図3-c)、心房細動患者さんでもP.gが左心房線維化に影響していました。

【図1】(論文中の図より作成)

【図2】(論文中の図より作成)

【図3】(論文中の図より作成)

臨床的意義と今後の展開

 今回の研究成果は歯周炎が心房細動の是正可能な危険因子であることを示す重要なエビデンスとなります。歯周炎の予防、治療により歯周組織や全身の炎症を抑えるだけではなく、P.gの侵入門戸を遮断することで左心房線維化の進展を抑制し、心房細動の発症や持続化を予防できる可能性があります。第一にはセルフ口腔ケアや、定期的な歯科受診による歯周炎治療が重要と考えますが、今後はP.g自体やその産物を標的とした特異的な治療が、心房細動の新規治療となる可能性も考えられます。
本研究は医科、歯科から複数の講座が参加する医科歯科連携チームで遂行しました。広島大学では今後も診療、研究ともに医科歯科連携を積極的に推進します。また、広島県脳卒中・心臓病等総合支援センター(中野由紀子センター長)(注5)では広島県内で医科と歯科が連携して心房細動を含む心疾患、脳卒中を診療する体制を構築し、これまでの研究成果を社会に還元することを目指しています。

用語解説

(注1) LAMP法:一定の温度で遺伝子を迅速に増幅する技術で、主に感染症の診断や病原体の検出に用いられる。
(注2) 免疫組織化学染色法:特異的な抗体を用いて特定のタンパク質や抗原を組織切片内で可視化する病理学的手法。
(注3) 左心耳:左心房に連続する袋状の構造物で、左心耳できる血栓が心房細動患者さんの脳梗塞の原因となる。心臓手術時に脳梗塞予防のために切除(閉鎖)される。
(注4) qPCR法:蛍光色素を用いてDNAやRNAの量をリアルタイムで測定する技術で、遺伝  子発現解析や病原体の定量検出に用いられる。
(注5) 広島大学病院脳卒中・心臓病等総合支援センター:広島県の委託事業として広島大学病院  に設置。脳卒中、循環器病患者さんの支援や、疾患の予防・早期発見に関する啓発活動を多職種が連携して包括的に行う。
 

研究支援

本研究の遂行にあたり、「文部科学省・JSPS 科研費」の助成を受けました。

【お問い合わせ先】

 広島大学保健管理センター
 助教: 宮内 俊介
 Tel:082-257-5540
 E-mail:smiyauchi*hiroshima-u.ac.jp
 (*は半角@に置き換えてください)
 


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