【研究成果】雄ヤドカリを“雌化”する? 寄生性フジツボ「フクロムシ」による宿主ヤドカリの形態的雌化を実証

概要

 神奈川大学理学部 大平 剛教授と総合理学研究所 梶本麻未客員研究員、東北大学の岩﨑藍子助教、広島大学の豊田賢治助教らの研究グループは、寄生性のフジツボ「フクロムシ類」が引き起こす“雄ヤドカリの体が雌のように変化する現象(形態的雌化)”に着目し、形態的雌化の程度は、寄生するフクロムシの種や宿主であるホンヤドカリ類の種類によって異なることを明らかにしました。本研究は、フクロムシとヤドカリの組み合わせによって「宿主改変の強さ」が異なることを明らかにした初めての研究であり、寄生生物の進化的戦略や、宿主との相互作用を理解する上で重要な知見となります。今回の研究成果により、脳や神経系における分子メカニズムの解明や、より多くのフクロムシ種との比較研究により、寄生による宿主操作の全容が明らかになることが期待されます。
 本研究成果は、2025年6月6日付けで、科学誌「Zoological Letters」に掲載されました。
 

本研究成果のポイント

  • フクロムシに寄生されたホンヤドカリ類の雄では、本来は雌にしか見られない第2腹肢の出現が確認された。特に、フサフクロムシに寄生された個体で出現頻度が高かった。
  • フクロムシに寄生されたホンヤドカリ類の雄では、ハサミ脚の小型化(雌化傾向)が確認された。特に、フサフクロムシに寄生されたホンヤドカリでは、ケアシホンヤドカリよりも雌化が進んでいた。
  • 寄生性のフジツボ「フクロムシ類」が引き起こす形態的雌化の程度は、寄生するフクロムシの種や宿主であるホンヤドカリ類の種類によって異なることが明らかになった。

背景

 フクロムシ類は、ヤドカリやカニ、エビなどの甲殻類を宿主として寄生し、宿主体内に根を張って繁殖能力を奪いながら、自らの繁殖を行う「寄生的去勢者」として知られています(図1)。さらに、単に生殖機能を奪うだけでなく、雄の宿主に特徴的な形態(雌よりも大きい体やハサミ脚)の発達を妨げ、体の形を雌のように変化させます(形態的雌化)。
 ただし、これまでの研究では、フクロムシが誘導する雄宿主で観察される「形態的雌化」は飼育観察によって報告されてきたものの、異なるフクロムシ種が異なるヤドカリ種に与える影響の違いについての定量的な比較研究は行われていませんでした。
 

図1:フクロムシ類に寄生されたホンヤドカリ類

研究成果の内容

 本研究では、北海道小樽市朝里町で採集したケアシホンヤドカリと、千葉県南房総市千倉町で採集したホンヤドカリ、ならびにそれぞれのヤドカリに寄生するフサフクロムシとナガフクロムシという2種類のフクロムシに着目しました。これらのヤドカリの中から、フクロムシに寄生されていない未寄生ヤドカリと寄生された寄生ヤドカリについて、本来は雌でのみ発達する卵保護を行う器官である第2腹肢(図2)をもつ雄ヤドカリの数を比較しました。さらに、未寄生ヤドカリと寄生ヤドカリの右側のハサミ脚のサイズも比較し(図2)、フクロムシの寄生によって雄ヤドカリが「どのくらい雌らしくなったのか」を定量的に評価しました。

 

図2:本研究で用いた雄ヤドカリの形態的雌化の指標(Kajimoto et al., 2025の図を改変)

 その結果、ケアシホンヤドカリとホンヤドカリのどちらの種においても、フクロムシに寄生された雄の一部に第2腹肢が認められました。特に、フサフクロムシに寄生された雄ヤドカリで、第2腹肢をもつ雄ヤドカリが多く見られました(図3:結果1)。
 また、ケアシホンヤドカリでは、フサフクロムシに寄生された雄ヤドカリのみ、ハサミ脚のサイズが未寄生の雄に比べて小さくなっており、雌により近い大きさを示しました。一方、ホンヤドカリでは、フサフクロムシ/ナガフクロムシのいずれに寄生された場合でも、ハサミ脚のサイズが小さくなっており、雌により近い大きさを示しました(図3:結果1)。
さらに、ハサミ脚のサイズに焦点を当てると、フサフクロムシに寄生された雄ヤドカリのうち、ホンヤドカリの方がケアシホンヤドカリよりも、未寄生ヤドカリと比べてハサミ脚がより小さくなっており、雌化がより進行していたこともわかりました。ナガフクロムシに寄生された場合ではこの傾向はみられませんでした(図3:結果2)。
 本研究は、フクロムシに寄生された雄のホンヤドカリ類において、体の一部が雌のように変化することを定量的に明らかにした初めての研究です。そして、雄のヤドカリが“どのフクロムシに寄生されるか”によって、雌化の進行度が異なることを示しました。一方で、同じ種類のフクロムシが“どの種類のヤドカリに寄生するか”によっても、雌化への進行度が異なることを明らかにしました。
 

図3:本研究成果の概要

今後の展開

 本研究は、フクロムシとヤドカリの組み合わせによって「宿主改変の強さ」が異なることを明らかにした初めての定量的比較研究です。これは、寄生生物の進化的戦略や、宿主との相互作用を理解する上で重要な知見です。
 今後は、脳や神経系における分子メカニズムの解明や、より多くのフクロムシ種との比較研究により、寄生による宿主操作の全容が明らかになることが期待されます。

論文情報

題名:Morphological feminization in hermit crabs (family Paguridae) induced by rhizocephalan barnacles
著者名:Asami Kajimoto, Aiko Iwasaki, Tsuyoshi Ohira, Kenji Toyota
掲載誌:Zoological Letters
掲載URL:https://doi.org/10.1186/s40851-025-00252-5

謝辞

 本研究は、公益財団法人日本科学協会の笹川科学研究助成(2022–4015)、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)フェローシップ(JPMJFS2127)、公益財団法人水産無脊椎動物研究所の研究助成(KO2024-04)、および日本学術振興会 科学研究費助成事業(24K09616、25H02425)によって支援されています。

【お問い合わせ先】

【研究に関すること】
神奈川大学理学部 教授 大平 剛(おおひら つよし)
TEL:045-481-5661 E-mail:ohirat-bio@kanagawa-u.ac.jp

総合理学研究所 客員研究員 梶本 麻未(かじもと あさみ)
TEL:045-481-5661 E-mail:pt122365sl@jindai.jp

広島大学大学院統合生命科学研究科 助教 豊田 賢治(とよた けんじ)
TEL:082-424-7894 E-mail:toyotak@hiroshima-u.ac.jp

【報道に関すること】
神奈川大学企画政策部 広報課
E-mail: kohou-info@kanagawa-u.ac.jp TEL: 045-481-5661

広島大学 広報室
Email:koho@office.hiroshima-u.ac.jp TEL:082-424-6762


up