博士課程の研究内容について
■福島さんの研究内容について教えてください。
私の研究テーマはEpstein-Barrウイルス (EBV) というウイルスのゲノム (遺伝情報) の解析です。EBVは世界中のほとんどの人に感染済みのウイルスで、一生体に残り続けます。このウイルスは基本的には症状を引き起こしませんが、一部の人ではがんなどの疾患を引き起こすことがあります。私はそこに注目し、AIを活用しながら世界中の様々な疾患由来の膨大なEBVのゲノム情報を解析し、どんなEBVがどんな疾患を引き起こすのかを予測するモデルの構築を目指しています。解析の元となるデータは国際的なデータベースに登録されているものを利用します。データ量が膨大なので解析にはコンピューターが必須ですが、私はそこにAIの活用も結び付けられるのではないかと考え、AIの知識を学び取って研究に導入しています。
この解析によって、ゲノムの特徴 (塩基配列の多型) と、発症する疾患や患者の地域情報に明確な相関があることを見出しました。現在は、本当にこの解析結果が実際の患者さんの検体でも再現できるのかの検証や、そのゲノムの特徴がどのように疾患発症に繋がるのかというメカニズムの解明に取り組んでいます。将来的には、この研究をEBV関連疾患の予防や早期発見に繋げたいと考えています。
■このテーマを選んだ背景を教えてください。
私がこの研究テーマに辿り着いた最初のきっかけは、学部2年時の免疫学の講義です。様々な分野の基礎医学の講義を受けている中で、免疫学の、特に抗体に関する勉強をした際にその面白さと奥深さに心が躍りました。抗体を作るための遺伝子は人間に元々コードされているのですが、あえて変異を加えることで実質的に無限のバリエーションを持つことができるのです。そのような機構が体の中にあるというのが驚きで、それをきっかけに免疫学研究室を訪れ説明を受けたところ、偶然にもこのEBVのゲノム解析というテーマと出会いました。当初興味を持っていた「抗体」とは違う分野でしたが、実験室での実験だけでなく、コンピュータを駆使して膨大なデータを活用し、生命現象の謎に迫るスタイルのかっこよさに強く惹かれ、このテーマでの研究を決心しました。私は直感を信じて飛び込む性格であり、「自分の知的好奇心が動くかどうか」という感覚を大事にしています。
■研究の面白さ、苦労について教えてください。
研究活動は地味な作業が続きます。タスクに追われ、PCの画面と向かい合ってキーを叩く日々で、目に見える結果や成果が生まれるまでは精神的に辛い部分もあります。プログラムのエラー修正だけで1日を使い果たす日などはザラにあり、進捗が得られない時期が続くとやはり苦しく感じることもあります。
だからこそ、解決した瞬間が最高の楽しみです。ラボメンバーとの会話、論文の流し読み、趣味で息抜きをしている時など、ふとしたタイミングで良いアイデアを思い付くことがあり、それをきっかけに一気に問題が解決した場合は、何にも代え難い最高の快感を感じます。計算のアルゴリズムや解析のワークフロー、データの美しい魅せ方、他の研究との意外な繋がりなど、頭を悩ませていたパズルが綺麗にハマった瞬間に、研究をしていて本当に良かったと思えます。
また、現在楽しく研究が進められているのは、研究室のメンバーとの相性も良かったからだと感じています。加えてこのテーマでの研究を進めるにつれて、疾患の予見など社会的な意義を強く実感するようになり、モチベーションの礎ともなっています。
博士課程での生活について
■毎日のスケジュールについて教えてください。
私のスケジュールはタスクベースです。基本的に朝の9時〜10時頃に研究室に向かい、その日に決めたタスクを終わらせ次第帰っています。やっている作業も様々で、解析や発表準備、執筆といった研究そのものの他、研究会の運営業務なども行っており、忙しさはタイミング次第です。そのためタスクが早めに終わって17時〜18時頃に帰ることもあれば、0時近くまで粘る時もあります。調子がいい時は、タスクが終わっても日付が変わって2時や3時まで没頭してしまうこともありますし、逆に行き詰まった時には無理に粘らず早めに切り上げてリフレッシュすることもあります。
私の研究はPC作業がメインなので、他の人と実験機器の時間を擦り合わせたりする必要もなく、自分の進捗と調子に応じて柔軟にスケジュールを組むことができます。論文執筆など場所を選ばない作業は、研究室ではなく図書館や自宅などで行うこともあります。
■研究スタイルはどんな感じですか?
基本的に一人で黙々と進めます。イヤホンをしてBGMを流しながら進めていることが多いです。私の研究は大規模なデータを扱っている関係上、プログラム構築などの過程が見えづらく、まずは一人でデータとじっくり向き合う必要があります。
しかし、ある程度形になったら、様々な人の意見をもらいます。進捗発表や教員とのミーティングで成果物を見せ、意見やインスピレーションをもらい、さらにそれを反映させブラッシュアップしていきます。進捗発表はラボメンバー全員に対するものが年に2回から3回、教員との個別ミーティングが2か月に1回です。その他、学会発表前には頻繁に教員や研究室のメンバーに相談しています。データを扱っていると、生命科学と向き合っている感覚を忘れがちです。例えば、画面上の結果が単なる文字の羅列や記号に見えてしまい、実際の生命現象としてのリアリティを見失ってしまいがちです。そのような時に、実験室で実験をしているメンバーからの考察を聞くとハッとすることも多いです。一人で没頭する時間をベースとしながらも、他者との交流は不可欠だと思います。
■研究に行き詰った時やモチベーションが下がったと感じる時、どのように解消していますか?
モチベーションが高い時は、むしろ時間をかけてトライアンドエラーを繰り返して解決を目指します。生成AIと壁打ちをしたり、メンバーと議論をしたり、先行研究を調べたり、ありとあらゆる手段を尽くします。
しかし、それでも解決できない、どうしてもやる気が出ないこともあります。そういう時は煮詰めすぎず、早めに切り上げるよう心がけています。上手くいっていないと大抵研究のことが頭から離れないものですが、遠くの温泉までドライブしたり、プールに泳ぎに行ったり、美味しいご飯を食べに行ったりして、あえて無理矢理にでも切り離そうとします。もっとも大きな気分転換は旅行です。研究絡みで海外に行ったことがなく、今年はそれに挑戦してみたいと思っているところです。
■研究室の雰囲気はどんな感じですか?
私たちの研究室には博士課程5名、修士課程4名、学部生6名が在籍しています。留学生や社会人学生も含まれている他、大学院進学で広島大学に来たメンバーも多く、それぞれ多様なバックグラウンドを持っています。
各自がそれぞれ好みのスタイルで、のびのびと研究に向き合っている雰囲気で、夜中まで活発に議論するメンバーもいれば、黙々と作業に打ち込み早めに帰るメンバー、授業や実習が終わって研究をしにくる学部生メンバーもいます。また、学生にはそれぞれ指導教員がついており、それによっても研究スタイルに若干の違いがあるようにも感じています。
■研究室選びにアドバイスはありますか?
私は純粋に自分の知的好奇心を最優先に選びましたが、研究生活は長い道のりであり、無理なく続けられる環境か見極めることが重要だったかもしれないと今は思います。指導教員との相性や、研究室全体の雰囲気が自分に合っているか、意識すると良いかもしれません。私が現在楽しく研究を進められているのは、これらの肌感覚が合っていたからだと思います。これはホームページや論文だけでは推し量れない部分も大きいので、実際に自分の足で行ってみて感じ取ると良いかもしれないです。
MD-PhDコースへの進学について
■MD-PhDコースに進学すると決めたきっかけはなんですか?
私は大学受験のタイミングで、既に研究を意識してMD-PhDコースへの進学を決めていました。その最初のきっかけは、中学生の頃に読んだSF小説です。科学が発展すればこんな世界が実現できるかもしれないとワクワクし、将来は生命科学関連の研究 (当時の主な興味は神経科学領域ですが) を行ってみたいと思うようになりました。小さい頃から自由研究などが楽しく、高校時代は物理部に所属して物理オリンピックに取り組んだり、つまようじでタワーを作り耐震性能を競うコンテストに出場したりと、何かを探究することは好きでした。こうした背景から、医師免許取得に加え、早い段階で研究に没頭できるこのMD-PhDコースへの進学を志しました。実際に研究を開始し、漠然とした憧れだった最先端の研究活動の一端を担っているような感覚も芽生え、今ではこのコースを選択して良かったと思っています。
■進学について、不安はありましたか?
研究そのものへの不安より、同級生と卒業タイミングが変わってしまうことが不安要素でした。先に医師として働き始める同級生たちを見て、自分だけ取り残されている感覚になるのではという不安です。しかしいざ進学してみると、彼らは彼らの、自分には自分のやるべきことがあって、それぞれのフィールドでお互いに頑張り活躍していこうと思うようになりました。所属している水泳部の後輩たちとも親しくしているので、学年が変わることに対する孤独感はなく、むしろ入学年度の違う学年の人たちと同級生になる特殊な状況を、面白がって受け入れてくれる環境に感謝しています。
長い学生期間となるため、必然的に学費や生活費等、金銭面への懸念もありましたが、本プロジェクトのような博士課程支援制度のおかげでその不安も大きく軽減され、安心して研究に打ち込めています。家族も私の決断を前向きに応援してくれています。
■今後のキャリアについてはどのようにお考えですか?
MD-PhDコースでの博士課程期間の修了後は医学部に復学し、医師免許の取得を目指します。初期研修医として臨床の基礎を固め、その後の専門分野として、現時点では血液内科などの遺伝子レベルの解析が診断や治療に直結するような領域を志望しています。私が現在取り組んでいるゲノム解析や情報学的なスキルが、臨床にそのまま活かせるのではないかというのが理由です。
将来的には臨床医として患者さんの診療にあたり、現場ならではの感覚や知見を蓄え、そこで直面した課題を基礎研究に持ち帰り解決を図るような、臨床と基礎の橋渡しを体現していきたいと考えています。具体的には、大学や研究機関を拠点としつつ、新しい治療薬や治療法の開発・臨床試験の最先端に関わり、研究成果を実際の医療として社会に還元していく役割です。
もちろん今後の臨床実習や初期研修、または人間関係によって新たな興味に出会うかもしれません。その場合も、知的好奇心に素直に、また現在培っているデータサイエンスやAIの知識・技術を原動力に、医学や生命科学の発展に貢献したいと考えています。もとよりMD-PhDコースという特殊なキャリアを歩んでいますし、このような不確実な未来も含めて前向きに楽しんでいこうと思います。
フェローシップ制度について
■フェローシップ制度に採択されるまでの準備について教えてください。
私は次世代フェローと次世代AIフェローの双方に応募したため、基本的な申請書の作成に加え、次世代AIフェロー応募用の動画作成にも全力を注ぎました。
準備としてまず行ったのは、AIに関する知識の深掘りです。当時は独学レベルでまだまだ理解が甘く、この応募をきっかけに改めて深く勉強し直しました。その知識を使いつつ、自身の研究計画を練り上げ、指導の先生や研究室の先輩方に何度も添削をしてもらいながら文章を書き上げました。特にAIを活用した研究を専門的に行うサポートを受けることのできる次世代AIフェローは、採択枠も少なく、また自身の知識不足もハードルとなり、研究計画も含めてかなりの時間をかけて準備しました。
また、当時は学部4年生だったこともあり、アピールできる実績に乏しいことが課題でした。そのため、その年は自分の研究と親和性の高い学会を調べ、積極的に参加するようにしました。当初は実績を増やすのを目的としていましたが、やはり学会に参加して多くの研究者と意見交換をし、最先端の研究に触れることは非常に刺激的でした。結果として、それらで得たインスピレーションが申請書や動画作成の質を高めるのに活きたように思います。
■フェローシップ制度へのコメントがあればお願いします。
多くの人に採択の可能性があり、金銭的なサポートに留まらず、研究活動の場や有益な情報を提供してくれるので、在学中の学生にとっては非常に有難い制度だと思います。私自身、同級生より長い学生生活となっていますが、少なくとも今は家族へ大きな負担をかけることなく、心置きなく研究に専念できています。この制度が多くの博士課程進学者の研究を支え、未来に繋がっていくことを願っています。
■スキルアップイベント企画について教えてください。
私は今、HU-Tomorrowという広島大学ベースの研究コミュニティのオーガナイザーとして定期的な会の企画運営を行っています。霞・東広島両キャンパスの臨床系・基礎系の学生、教員やURAなどの方々が参加し、分野横断的な交流を発展させる目的で2023年に立ち上がったものですが、その中で大規模イベント (HU-Tomorrow Annual Meeting) を開催する企画が持ち上がりました。しかしそれには、予算や広報等運営上の課題、特にキャンパス間の物理的な距離や、参加者の獲得が大きなハードルでした。そこでSPRINGのスキルアップイベント企画を活用し、これらの課題を解決しようと考えました。具体的にはいただいた予算を足掛かりにキャンパス間を繋ぐ無料送迎バスを手配し、ランチョン形式での食事を用意して参加への動機づけを行いました。これにより、普段の会では不可能なレベルで環境を整え、53名の参加とともに学術的にも質の高いアカデミックな交流の場を創出することができました。特にポスター発表に先立って開催したFlash Talkという1分間の短い研究紹介が好評で、短時間で深い議論を埋めるシステムであったと感じています。開催後のアンケートでも満足度は非常に高く、学生のうちにこのようなコミュニティをまとめ、大規模な会を運営する大変さを知る経験ができたのは、研究活動だけでは得られない大きな財産となったと思います。
■HU-Tomorrowの取組について教えてください。
HU-Tomorrowは「我含皆師」のモットーの下、普段はオンライン・オンサイトを使い分けつつ、小・中規模の勉強会などを継続して行っています。この取り組みに参加して良かったこととして、自分の研究内容を分野外の人にわかりやすく伝える能力が養われたことが挙げられます。自分の研究は計算機解析がメインであるため、実験を主として行っている人に説明する際には、実施した工程や解釈の厳密さや正確さよりもイメージしやすさを重要視すべきであるなど、状況に合わせたコミュニケーションの重要性を実感しています。
■博士課程に進学する人を増やそう、という社会的な流れがありますが、どう感じますか?
昨今の日本の博士課程進学者数の減少を見ると、この流れは間違いなく必要であると思います。近年の日本人ノーベル賞受賞は非常に喜ばしいことですが、そのほとんどは過去の研究成果です。現状のままだと日本はどんどん世界に置いていかれていくのではないかと危機感を感じています。
一方で、単に博士課程進学者の数を増やせばいいというわけでもないと思います。私は医学科という就職活動においては少し特殊な環境にいますが、他学部の友人を見ると、修士課程の早い段階から就職活動に追われ、肝心の研究に没頭できないまま修了せざるを得ない現状があるように感じます。本来、研究能力を磨き、研究の意義や面白さを感じていくべき時期に、優秀な人材が就職活動のシステムに組み込まれて研究から離れてしまうのは、学生にとっても社会にとっても大きな損失となるのではないでしょうか。
次世代フェローのような在学中の博士課程への支援は非常に有り難く、金銭面だけでなく研究面のサポート充実もあって、私たちは研究に専念しやすくなっています。ですが根本的な解決のためには、その先にある社会に出た時の待遇や博士人材の評価そのものが変わっていく必要があると考えます。優秀な学生が、将来の不安なく、むしろ将来への希望を持って博士課程に進学し、研究の道を選択できるようになる。このような構造改革が進んでいくことを切に願っています。
後輩へのメッセージ
■もし学部生の自分にアドバイスができるとしたら、どんなことを言いますか?
研究の基礎となる知識を蓄えることは確かに重要です。しかし、それ以上に人間関係を大事にしてほしいと助言します。研究は、時に孤独でストレスフルです。そういう時にメンタル面を支えてくれるのは人との関わりでした。積極的に悩みを相談するような関係というわけではなくとも、気兼ねなくご飯や遊びに誘える友人がいるだけで大きく違います。専門知識は進学後に必死になれば身に付けることもできますが、このような友人は後から急いで作ろうとしても一朝一夕では難しいです。
■博士課程への進学を希望する方へ、メッセージをお願いします。
繰り返しにはなりますが、私自身は知的好奇心に正直な選択をした結果、ここに辿り着きました。そしてこの選択を後悔していません。キャリアや環境、様々な不安があるかと思いますが、面白そうだと思えるならばこの世界に飛び込む価値は十分にあると思います。幸い、現在は本プロジェクトのような進学後のサポートは手厚くなっており、研究に没頭できる環境は整いつつあります。
博士課程では後輩の指導の一端を担ったり、研究成果を本格的に世間に公表したり、責任の伴う場面も増えてきます。しかし、この責任の重さは、強い達成感へと繋がるはずです。私もまだまだ未熟ではありますが、学問や社会の発展に寄与する実感を得る中で、徐々に知を楽しめるようになってきました。皆さんにも是非この楽しみを感じてもらい、一緒に学問の最前線を少しでも広げられたらと思います。
同時に、良い研究は健康な心身から生まれます。博士課程に進学するから研究一筋であるべきと気負いすぎる必要は全くなく、趣味や人間関係も大切にすることが重要だと思います。皆さんが自分らしく健康に、研究生活を楽しめることを心から願っています。

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