多様性と調和の時代に、女性のロールモデルの提示は必要でしょうか。新たな世代の皆さんの活躍を待っています。

田中 純子 理事・副学長(霞地区・教員人事・広報担当)

研究者の皆さんへ

 私は、今でこそロールモデルなどと言われる立場となりましたが、正直なところ、それには少し気恥ずかしさと居心地の悪さを感じています。初めから明確な将来の像があったわけではなく、私はただ夢を追い興味のあることを続けてきただけと思っているからです。

 昔から、科学に対しては底知れない面白みと憧れを感じていました。特に自然科学の中でも人に近い分野で、専門を生かして研究をしたいと漠然と思っていたのです。また一方で、国際機関と協働するなど国外での仕事にも興味がありました。

 今の仕事はこうした関心に応えてくれるもので、多様な科学の統合分野である医学、特に疫学研究はとても刺激的で興味深い世界です。疫学の道を選ぶことができ、また、その道が自分の前にあったのは非常に幸運でした。自分の興味がどこにあるのかを早くに意識し、できる限りその興味に沿う進路を選ぶことができれば、楽しんで続けることができる道に出会うことができるのではないかと思います。そのためにも、アンテナを高く持ち、自分の興味がどこにあるのか、逆にないのはどこか、早期に見つけることが大事だと思います。

キャリアを加速させた出来事は

 私のキャリアを加速させた、ひとつの忘れがたい失敗があります。
 私は、以前、悩んだ末、国際共同研究の規模を拡大し、ある研究事業をPIとして申請したことがあります。当該国政府とWHO事務所の合意調整を含めた申請には、多大の労力と時間と研究者間の調整と事前費用が予想されました。申請が採択される確率は非常に低かったものの、申請しないと後悔すると判断し、当該国政府の承認と事前資金調達を乗り越えてやっとの思いで提出しましたが、最終ヒアリングに残ったものの結果は不採択。大きく深く落胆しました。未熟でした。しかし、この辛い経験が、その後の私を含むチームを強くし、研究と教育、管理の両面での私のキャリア、つまり経験値を飛躍的に高めてくれたと確信しています。  

 成功だけでなく、失敗も自身のキャリアのプラスになり得ます。どんなことでも、失敗を恐れず挑戦し努力することが自分、そして周りをも大きく成長させると実感しました。

メッセージ

 知らないことを知りたいという強い好奇心、そして、その未知のものに向かっていく何物にも代えがたい喜びは、分野を問わず、研究に関わっている人は皆共通に感じていると思います。すぐには結果や成果として現れなくても、年単位で積み上げたものが結実するのが研究の醍醐味です。しかし、研究と生活のバランスはなかなか思うようにはいきません。私自身、いくつかの困難を偶然に、また時には周囲の助けを借りて何とか凌いできました。道のない道を冒険的に進む感覚を、私と同世代の女性研究者は持っていたと思います。しかし、現在はサポートも充実し、ワークライフバランスに関する理解も進みつつあります。ライフタイムを区切り、その節目毎に状況に応じて優先事項を選べば、ライフバランスを取ることが出来るという時代になってきています。幸運にも自分のやりたい分野を見つけ、その職に就けたのならば、なによりも諦めず、継続することが肝要です。挑戦した結果の失敗や挫折、私生活との両立に悩むこともあるかと思いますが、何がしたいのかを今一度自分に問い直し、挑戦し、「続ける」という選択をしてほしいと思います。

 社会はお互いを尊重し支え合って成り立っています。広島大学という社会は、多様性にあふれ、お互いの違いについて理解し合う寛容な社会であってほしいと願っています。良い育児・介護サポートなど、頑張りたい人が頑張れるような環境整備は言うまでもなく、そのような支援を必要とする期間には、周りの理解も必須です。かつては「人生の選択」としてキャリアに決定的な影響を与えるものでしたが、現在は「ひとつの時期の問題」と捉えられ、状況次第でまた研究と教育に注力することも可能です。一人一人が「いま何を最も優先したいのか」を選択した結果を、「お互い様」として尊重し合い、一人でも多くの研究者がその道を継続することができれば良いと思っています。そのような社会では、私が少し気恥ずかしく感じる「女性のロールモデル」なんてものは、大仰に提示しなくても良くなることでしょう。そうした時代が来ることを願いつつ、新たな世代の皆さんの活躍を待っています。

(2022年3月掲載)
*所属・職名等は掲載時点のものです。


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