「反物質」生成に新手法(IOP : Physics World, Breaking of the year)



 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と国立大学法人東京大学(濱田純一総長)、広島大学(浅原利正学長)、学校法人東京理科大学(藤嶋昭学長)は、欧州原子核研究所(CERN)の反陽子減速器と独自に開発した「カスプトラップ法」により、極低温の反水素原子7%の効率で生成することに成功しました。この結果、反水素原子ビーム生成への道を拓くことができ、電場や磁場の影響を受けることなく反水素原子の精密測定を実現できます。理研基幹研究所(玉尾皓平所長)山崎原子物理研究室の榎本嘉範協力技術員、山崎泰規上席研究員、東京大学大学院総合文化研究科の黒田直史助教、松田恭幸准教授らを中心とする国際共同研究グループの成果です。

ビッグバンから始まったと考えられている私たちの宇宙には、物質と反物質が等量存在するはずです。しかし、広い宇宙のどこを見てもあるのは“物質”ばかりで“反物質”は見当たらず、消えた反物質の謎として知られています。研究グループは、反物質の代表格である反水素原子の性質を精密に観測し、それを水素原子と比較することで(CPT対称性テスト)、物質と反物質の間にどのような違いがあるのかないのか、さらに、なぜ私たちの宇宙が物質ばかりからできているのか、という謎を解こうとしています。この目的を達成するためには、「ビームとして取り出した冷たい反水素原子をマイクロ波分光して、超微細遷移を測定する」、あるいは、「極低温にして磁気瓶に閉じ込めて、レーザー分光する」などの方法が有力だと考えています。
研究グループは、反水素原子ビームを取り出すため、特殊な電場と磁場を持つ「カスプトラップ法」を独自に考案・開発しました。この方法では、反水素原子の原材料である陽電子5(電子の反粒子)を装置内に蓄積・冷却し、次いで、陽電子付近に反陽子(陽子の反粒子)を打ち込みます。反陽子は陽電子と衝突して冷たくなり、ついには両者が結合して冷たい反水素原子になります。この反水素原子は電気的に中性なため、電場の影響を受けずに四方八方に拡がり、20cmほど離れた再電離トラップに到達します。この到達した反水素原子の一部は、陽電子をはがされ反陽子に戻ってとどまります。この再電離反陽子の数から、打ち込んだ反陽子の少なくとも7%が反水素原子に変換されていることが分かりました。この結果、カスプトラップからの反水素原子ビームを用いて、反水素原子の精密分光を実施する目処が立ち、実質的な反物質科学研究をまもなく開始することができます。
本研究の成果は、米国の科学雑誌『Physical Review Letters』に掲載されるに先立ち、オンライン版に掲載されています。

また、後日、英国物理学会(Institute of Physics)の情報誌であるPhysics Worldが年末に選定する2010年における物理分野の10大ニュースBreakthrough of the Yearの第1位に、欧州原子核研究所(CERN)における2つの国際研究グループが行った、反水素原子の捕捉、およびビーム引き出し可能な装置による反水素生成に関する研究成果が選ばれました。いずれも反水素原子を用いた物理研究を可能にする重要な進展です。

 なお、本件については、以下多数のメディアで取り上げられています。

【本件に関する問い合わせ先】

(研究内容)先端物質科学研究科量子物質科学専攻ビーム物理研究室 准教授 檜垣 浩之 TEL: 082-424-7034


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