【研究成果】生命の継承に必要な分裂装置の構築メカニズムを解明

 広島大学大学院統合生命科学研究科の登田隆特任教授グループと英国フランシス・クリック研究所との国際共同研究論文が出版されました。筆頭著者のCorinne Pinder博士は日本学術振興会(JSPS)の『国際的な活躍が期待できる研究者の育成事業』科学研究費(S2902)支援を受けて、2018年1月から5月まで、登田グループ研究室に留学・滞在し研究を行いました。
本研究成果は、英国の国際学術誌Journal of Cell Science誌のオンライン版に発表されました。

本研究成果のポイント

  •  生命の継承にはゲノム(染色体)に刻まれた遺伝情報(DNA・遺伝子)が、一つ一つの細胞(ヒトで〜60兆個)に均等に分配されなければなりません。これがうまくいかないと、ヒト疾患、特に細胞ガン化が引き起こされる危険度が非常に高くなります。
  •  ゲノム情報分配には、紡錘体微小管と呼ばれる構造体が分裂装置としてその役割を担います。
  •  紡錘体微小管は細胞内で一定の長さ・大きさをとります。長すぎても、短すぎてもゲノム分配が正常に起こりません。
  •  今回、紡錘体微小管の長さを決める2つのタンパク質因子を明らかにしました。
  •  この2つの因子が正常に働かないと、紡錘体微小管が異常に伸長してしまい、ゲノムが均等に分配されなくなります。

概要

 ゲノム(染色体)には、生命が存在していくためのすべての遺伝情報が刻まれています。そしてその情報が個々の細胞に均等に伝えられていくことが、生命の継承にとって最も大事な過程です。このゲノム情報の継承のため、細胞内では紡錘体微小管と呼ばれる特別な構造体が形成され、それが分裂装置として染色体を分配します。分裂装置が正しく働くためには、決まった長さの紡錘体微小管が形成される必要があります。短すぎても、逆に長すぎても、染色体の正確な分配は起こりません。これまで紡錘体微小管の長さがいかに決定されているのか、そのメカニズムは不明でした。本研究により、微小管上を動くモータータンパク質である8型キネシンとXMAP215/TOGという微小管結合タンパク質の2つの因子が協調的に働くことによって、紡錘体微小管が一定長に保たれていることが、分裂酵母を用いた実験から明らかになりました。8型キネシンとXMAP215/TOGを共に欠いた細胞では、紡錘体微小管長が制御不能状態で異常に伸長し、その結果、染色体分配が起こらなくなってしまいます 。8型キネシンとXMAP215/TOG はヒトを含むすべての真核細胞にあまねく存在するので、今回解明された紡錘体微小管長の制御メカニズムは、すべての生物で保存されていると考えられます。多くのガン細胞で染色体分配異常が惹起されていることが知られていますが、これらの因子をターゲットとする薬剤を開発することによって、新規抗ガン剤創薬の可能性が示唆されました。

用語解説

  1.  ゲノム:生命継承の要となる遺伝子情報全体を表す。具体的には遺伝情報が刻まれている遺伝子・DNAとそれを守るタンパク質からなる構造体である(一般には、染色体と同意語として使われることが多い)。
  2.  微小管:細胞中に見いだされる直径約 25 nm の管状の構造であり、チューブリンと呼ばれるタンパク質からなる。細胞の形を作る細胞骨格の一種。ゲノム分配・細胞分裂期には、分裂装置として働く。
  3. キネシン:微小管上を一定の方向性を持って動くタンパク質で、 タンパク質・核酸・細胞小胞などの運搬を司るモータータンパク質。今回解析した8型キネシンは運動能とともに、微小管の脱重合を促進することによって紡錘体微小管の長さを制御する〜過剰伸長を防ぐ〜役割がある。
  4.  微小管結合タンパク質:微小管に結合して微小管構築・機能を制御する一群のタンパク質。今回解析したXMAP215/TOGタンパク質は、微小管の長さを決定する役割がある。通常は微小管重合・伸長を促進するが、本研究により、8型キネシンがない状態では、8型キネシンの代わりに微小管脱重合・短縮を促進することがわかった。
  5.  分裂酵母:単細胞真核生物で、その実験的使いやすさ及びヒトを含む高等生物との分子レベルでの類似性から、生命科学分野では生命現象の謎を解くモデル系として広く用いられている。
図1:正常細胞と8型キネシン・XMAP215/TOG二重欠損細胞の染色体分配様式
図1:正常細胞と8型キネシン・XMAP215/TOG二重欠損細胞の染色体分配様式

図の説明:8型キネシンとXMAP215/TOGが働かない細胞では、紡錘体微小管が異常に伸長し、その結果、染色体の分配が起こらなくなる。図では、すべてのゲノム情報が含まれる染色体(棒状、紫)、紡錘体微小管(線状、緑)、紡錘体微小管の形成核である中心体(丸、緑)を示した。

論文情報

  •     掲載雑誌: Journal of Cell Science
  •     論文題目: Kinesin-8 and TOG collaborate to limit spindle elongation from prophase to anaphase A for proper chromosome segregation
  •     著者: Corinne L. Pinder, Yuzy Matsuo, Sebastian P. Maurer and Takashi Toda
  •     URL: https://jcs.biologists.org/content/early/2019/08/17/jcs.232306
【お問い合わせ先】

広島大学大学院統合生命科学研究科生物工学プログラム
特任教授 登田 隆
TEL:082-424-7868
E-mail:takashi-toda*hiroshima-u.ac.jp (*は半角@に置き換えてください)


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