第3回 留学時代の思い出:ハイルル・タマン氏(インドネシア)



今回はインドネシア賠償留学生として広島大学に留学したハイルル・タマン氏に留学時代の思い出をお伺いしました。



タマン氏は、インドネシアの名門バンドン工科大学在学中に賠償留学生の募集の話を聞いて、1962年に日本に留学しました。賠償留学生とは、日本の戦後賠償によりインドネシアから日本の大学に派遣された留学生のことをいいます。日本で学ぶ留学生がまだ少なかった当時、約400人ものインドネシア人の若者が賠償留学生として来日しました。



タマン氏の広島での留学生活とはどのようなものだったのでしょうか?


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