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【研究成果】遺伝性難病・多発性嚢胞腎の発症を防ぐコレステロールの新機能を発見〜コレステロールは細胞の「センサー(一次線毛)」の感度を高く保つ〜

発表のポイント

  • コレステロールが、ポリシスチン(イオンチャネル)タンパク質を一次線毛に閉じ込めることにより、結果として多発性嚢胞腎の発症を防ぐ可能性が高いことを初めて解明しました。
  • ポリシスチンタンパク質は、一次線毛でのイオンチャネルとしての機能に加えて、コレステロールの一次線毛への運搬・濃縮も担うことを新たに発見しました。
  •  一次線毛には、細胞増殖を制御する分子や人の行動を制御するホルモンに対する受容体など、「がん」や「精神・神経疾患」に関連する分子が多く集積しているため、患者数の多い重篤な病気に対する新たな治療法の開発にも繋がることが考えられます。

研究概要

 山口大学大学院医学系研究科医学専攻分子細胞生理学講座・細胞デザイン医科学研究所先進ゲノム編集治療研究部門の板橋岳志講師、弘澤萌助教、宮本達雄教授、山口大学大学院医学系研究科分子細胞生理学講座の森田知佳助教、小林大悟(医学部医学科4年生)、山口大学大学院医学系研究科分子病理学講座の伊藤浩史教授、木村相泰助教(現、弘前大学助教)、広島大学ゲノム編集イノベーションセンター・広島大学大学院統合生命科学研究科の細羽康介助教、山本卓教授、広島大学大学院医系科学研究科の橋本浩一教授、山岡賢治(大学院博士課程3年生)、広島大学原爆放射線医科学研究所の川上秀史教授、久米広大准教授、島根大学医学部生理学講座(環境生理学)の岸博子教授の研究グループは、コレステロール注1が一次線毛注2を覆う細胞膜に細胞外の液体の流れを検知するポリシスチン(イオンチャネル)タンパク質を閉じ込めることで、一次線毛が細胞のセンサーとして機能することを発見しました。
 過剰なコレステロールによって脂質異常症となり、脳梗塞や心筋梗塞などの動脈硬化性疾患などのリスクが高まることはよく知られています。一方で、コレステロールの欠乏が多発性嚢胞腎(腎臓に数多くの袋状の構造「嚢胞」ができる病気。PKD)注3などの線毛病症状を引き起こすメカニズムはよく分かっていませんでした。今回、ゲノム編集技術注4を用いて、常染色体優性(顕性)多発性嚢胞腎(ADPKD)患者で検出されるポリシスチン遺伝子変異を導入した培養細胞やマウスの解析から、コレステロールによる一次線毛へのイオンチャネルの閉じ込め効果が失われた場合、多発性嚢胞腎だけでなく内臓逆位などの線毛病注5が発症することを初めて明らかにしました。本研究成果は、コレステロールを一次線毛に供給することが新たな線毛病の治療として有用である可能性が高いことを示しており、線毛病に対する革新的な創薬研究への展開が期待されます。一次線毛には、「がん」や「精神・神経疾患」に関連するタンパク質が多く集積しているため、本研究成果は、希少疾患の遺伝的線毛病だけではなく、患者数の多い重篤な病気に対する新たな治療法を開拓することが期待されます。
 

研究背景

 PKD遺伝子の変異に起因するADPKDは、日本国内に約3.1万人の患者が存在し、4,000〜8,000人に1人の頻度で発症すると推定され、根治療法のない、最も頻度の高い遺伝性慢性腎疾患です。ADPKDの原因遺伝子であるPKD1(ポリシスチン1遺伝子)とPKD2(ポリシスチン2遺伝子)は、腎臓の尿の通り道である尿細管や集合管を形成する上皮細胞の一次線毛に局在し、尿流に応答して細胞内にCa2+を流入させることで尿細管・集合管の太さを調節しています。
 一次線毛は、腎臓以外にも全身性に認められる、細胞表面に発達する「1本の毛」のような突起構造です。一次線毛を覆う細胞膜(線毛膜)には、コレステロールが豊富に集積していることが従来知られていました。近年、コレステロールがポリシスチン2タンパク質と結合することが先端的な電子顕微鏡の観察から示唆されていました。しかし、「どのようなメカニズムで、コレステロールの低下が多発性嚢胞腎を引き起こすのか?」については全く解明されていませんでした。
 

研究成果

 一次線毛へコレステロールを運搬する機能をもつ細胞小器官・ペルオキシソームが欠損する遺伝病(Zellweger症候群)は、多発性嚢胞腎を引き起こすことが知られています。そこで、ゲノム編集技術を用いて作製したZellweger症候群モデル細胞の一次線毛を調べたところ、線毛膜コレステロールとともにポリシスチン2タンパク質が一次線毛に集積できないことが新たに判明しました(参考資料・図1)。さらに興味深いことに、この細胞の一次線毛にコレステロールを補充すると、ポリシスチン2タンパク質の一次線毛への集積が正常細胞レベルまでに回復し、再度機能することが分かりました。次に、一部のADPKDの患者で検出された、コレステロールとの結合力を失ったポリシスチン2遺伝子変異を導入した培養細胞を作製して解析しました。その結果、この変異導入細胞はイオンチャネルとしては正常な機能を持つものの、線毛膜のコレステロールの減少を引き起こし、線毛へ十分に集積できないことが分かりました(参考資料・図1)。また、この変異を導入したマウスをゲノム編集技術によって作製したところ、発生段階で致死的な影響を受けており、多発性嚢胞腎や内臓逆位といった線毛病患者で認められる同様の症状を呈することが判明しました(参考資料・図2)。
 これらの結果から、コレステロールはポリシスチン2という重要なイオンチャネルを線毛膜に十分量かつ持続的に閉じ込める働きを持っており、コレステロール量の低下によるポリシスチンタンパク質の集積・機能障害が多発性嚢胞腎や内臓逆位などの線毛病の発症に関わっていることを初めて実証することができました(参考資料・図3)。
 

今後の展望

 本研究成果により、コレステロールを一次線毛に供給することが新たな線毛病の治療として有用であることが明らかとなりました。山口大学グループでは、一次線毛へコレステロールを集積する薬剤の開発を既に進めており(2024年12月PCT特許出願中)、線毛病の新たな創薬展開が期待されます。また、一次線毛には、細胞増殖を制御する分子や人の行動を制御するホルモンに対する受容体など、「がん」や「精神・神経疾患」に関連する分子が多く集積しているため、本研究成果は、希少性の線毛病だけではなく、患者数の多い重篤な病気に対する新たな治療法の開発にも繋がると期待しています。

参考資料

図1 一次線毛におけるコレステロール、ポリシスチン2タンパク質
正常細胞の一次線毛(緑色で染色:黄色部分は線毛の基部に位置する基底小体(中心体)を示す)にはコレステロールとポリシスチン2タンパク質が豊富に存在するのに対して、Zellweger症候群モデル細胞では劇的に低下していました。この細胞の一次線毛にコレステロールを補充すると、ポリシスチン2タンパク質の一次線毛への集積が正常細胞レベルまでに回復しました。また、ADPKD遺伝子変異導入細胞の一次線毛においても、コレステロール及びポリシスチン2タンパク質の集積が障害されていました。コレステロールとの結合性を保持している遺伝子変異導入細胞においては、コレステロールの補充はポリシスチン2タンパク質の一次線毛への集積を正常細胞レベルまでに回復させる効果があることが明らかになりました。
 

図2 ADPKD遺伝子変異導入マウスの嚢胞腎
ポリシスチン2のコレステロール結合性を損失する遺伝子変異を導入したADPKDモデルマウスは、発生段階で致死的な影響を受けており、腎臓に数多くの袋状の構造「嚢胞」ができる多発性嚢胞腎や内臓逆位といった線毛病症状を示しました。
 

図3 コレステロールによる多発性嚢胞腎を防ぐ仕組み
 正常な細胞では、小胞体で合成されたコレステロールをペルキシソームが一次線毛に運搬しています。コレステロールはポリシスチン2タンパク質(イオンチャネル)を一次線毛に閉じ込めることで、一次線毛が細胞の「センサー」として機能します。一方、ポリシスチン2遺伝子の変異が生じると、一次線毛のコレステロールが低下し、細胞増殖や浸透圧の異常が生じ、多発性嚢胞腎が引き起こされます。
 

用語解説

注1. コレステロール
細胞膜を構成する脂質の一つで、細胞膜の「堅さ」を決定する機能をもつ。また、性ホルモンなどのステロイドホルモンの前駆体に用いられる。

注2. 一次線毛
ヒトの細胞表面に発達する不動性の突起構造。一次線毛を覆う細胞膜(線毛膜)には、細胞外の情報(増殖因子、ホルモン、物理刺激など)を感知するための分子が集積しており、いわゆる細胞の「センサー」として機能する。

注3. 多発性嚢胞腎(PKD)
常染色体優性多発性嚢胞腎(ADPKD)は指定難病であり、加齢とともに両側腎臓に大小様々な大きさの嚢胞が増加し、進行性に腎機能が低下し、60歳までに約半数が末期腎不全に至る。高血圧、肝嚢胞や脳動脈瘤などを合併する、最も頻度の高い遺伝性の嚢胞性腎疾患である。国内患者数は約31,000人と推定され、欧米の報告では出生1万~4万人につき1人と考えられている。ADPKDについては現在のところ、病気を完全に治せる治療法(根治的療法)はない。ADPKDに対しては、尿を濃縮するホルモンであるバソプレシンのV2受容体拮抗薬(トルバプタン)が、腎臓の嚢胞が大きくなることを防ぎ、腎臓の働きの低下を抑える効果が見込まれている。


注4. ゲノム編集技術
ゲノム上の任意の塩基配列を切断するCRISPR-Cas9システムなどの人工ヌクレアーゼを用いて、遺伝情報を効率的に改変する技術。

注5. 線毛病
ヒトの細胞表面に発達する線毛の運動や機能に障害がある遺伝性疾患。
 

支援・謝辞

 本研究は、JSPS科研費 基盤研究(B) 21H02718, 24K02239、日本医療研究開発機構(AMED)創薬支援推進事業・創薬総合支援事業(研究課題名:多発性嚢胞腎に対する新規治療剤の探索)、山口大学拠点群形成プロジェクト、UBE学術振興財団、中外創薬科学財団、アステラス病態代謝研究会の支援(研究代表者・宮本達雄)のもとで行われました。

論文情報

論文名: Cholesterol ensures ciliary polycystin-2 localization to prevent polycystic kidney disease(コレステロールはポリシスチン2の一次線毛への局在を保証して、多発性嚢胞腎の発症を防ぐ)
著者:  Takeshi Itabashi, Kosuke Hosoba, Tomoka Morita, Sotai Kimura, Kenji Yamaoka, Moe Hirosawa, Daigo Kobayashi, Hiroko Kishi, Kodai Kume, Hiroshi Itoh, Hideshi Kawakami, Kouichi Hashimoto, Takashi Yamamoto, Tatsuo Miyamoto(板橋 岳志、細羽 康介(共第一著者)、森田 知佳(共第一著者)、山岡 賢治、木村 相泰、小林 大悟、岸 博子、久米 広大、伊藤 浩史、川上 秀史、橋本 浩一、山本 卓、宮本 達雄(責任著者))
掲載誌: Life Science Alliance
掲載日: 2025年2月3日
DOI: 10.26508/lsa.202403063
 

【お問い合わせ先】

 (研究に関すること)
山口大学大学院医学系研究科医学専攻分子細胞生理学講座
山口大学細胞デザイン医科学研究所先進ゲノム編集治療研究部門
教授 宮本 達雄(みやもと たつお)
電話番号:0836-22-2209
Eメール:t-miyamoto*yamaguchi-u.ac.jp

広島大学大学院統合生命科学研究科分子遺伝学研究室
助教 細羽 康介(ほそば こうすけ)
電話番号:082-421-4002
Eメール:hosoba*hiroshima-u.ac.jp

島根大学医学部生理学講座(環境生理学)
教授 岸 博子(きし ひろこ)
電話番号:0853-20-2111
Eメール:hirkishi*med.shimane-u.ac.jp

(報道に関すること)
山口大学
山口大学医学部総務課広報・国際係
電話番号:0836-22-2009
Eメール:me268*yamaguchi-u.ac.jp

広島大学
広島大学広報室
〒739-8511 東広島市鏡山1-3-2
電話番号:082-424-6762  FAX:082-424-6040
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島根大学
島根大学医学部総務課企画調査係
電話番号:0853-20-2019・2531   
Eメール:mga-koho*office.shimane-u.ac.jp

 (*は半角@に置き換えてください)
 


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