広島大学人文社会科学系支援室(文学)
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2026年4月9日、日本文学語学の協力のもと、文学部1階サテライト展示の内容を更新しました。
今回の展示テーマは「越境する村上春樹文学」です。
村上春樹の文学は国内外で広く受容され、映画、漫画、絵本、舞台など多様なアダプテーション作品を生み出してきました。本展示では、それぞれのメディアの特性を生かして再構築された作品を通して、物語がどのように変容し、言語や文化を越えて新たな意味を獲得していくのかを探り、広がり続ける村上春樹の物語世界の魅力を紹介しています。
本展示は2026年10月まで開催予定です。皆さまのご来場を心よりお待ちしております。
以下に、展示の内容をご紹介します。
越境する『海辺のカフカ』
村上春樹『海辺のカフカ 上・下』(新潮社刊)
『海辺のカフカ』は、2002年に刊行された村上春樹の10作目の長編小説である。14歳の田村カフカ少年は、父から「いつか父親を殺し、母親と姉と交わる」という予言を受け、その呪いから逃れるために家を出て四国へ向かう。一方、猫と会話できるナカタ老人は、東京で「猫殺し」のジョニー・ウォーカーを殺害し、「入口の石」を探すために四国へと渡る。カフカ少年とナカタ老人の関係とは何か。カフカ少年は果たして自らの運命を克服できるのか…。
ギリシャ悲劇『オイディプス王』をはじめ、『源氏物語』『雨月物語』といった日本古典文学からも強い影響を受けた本作品は、30ヵ国以上の言語に翻訳され、村上文学を代表する作品の一つである。本展示では、作中に引用されている西洋文学および日本古典文学の作品に加え、複数の外国語版の表紙をとおして、『海辺のカフカ』における時代・ジャンル・言語・文化の越境を示し、作品の多彩な魅力に光を当てる。
『海辺のカフカ』と西洋文学・演劇
ソポクレス/福田恆存訳
『オイディプス王・アンティゴネ』
(新潮社刊)
シェイクスピア/福田恆存訳
『マクベス』
(新潮社刊)
フランツ・カフカ/川島隆訳
『変身』
(KADOKAWA/角川文庫)
『海辺のカフカ』はオーストリア=ハンガリー帝国領プラハ(現在はチェコ)出身の作家フランツ・カフカの作品世界から強い影響を受けている作品である。例えば、カフカの代表作である『変身』では、主人公のグレゴール・ザムザはある日突然「図体の虫けら」に変身し、家族から攻撃を受けてしまう。こうしたグロテスクで奇想天外な世界観は『海辺のカフカ』に通じるものである。また、主人公やその分身として登場する「カラスと呼ばれる少年」(Kafkaはチェコ語でカラスを意味する)も、フランツ・カフカを連想させる。
こうしたカフカ風の世界の中にソポクレスの『オイディプス王』を想起させる予言が登場し、作中にはシェイクスピアの『マクベス』からの引用も見られる。『海辺のカフカ』を読む際には、これらの作家や作品が物語の構造や主題に与える影響、さらには村上春樹と西洋文学との関係を読み取ることができる。
『海辺のカフカ』と古典文学の世界
『源氏物語 (9 葵/あおい )』(広島大学図書館所蔵)
村上春樹は、西洋文学やアメリカ文化の影響を強く受けた作家として知られるが、国語教師の両親を持つこともあり、村上の作品には古典文学の世界を想起させる設定も見受けられる。『海辺のカフカ』には、『源氏物語』の「生き霊」という「怪異現象」が登場し、上田秋成の『雨月物語』(「菊花の約」)からの引用も挿入されている。本作品は、村上春樹における古典文学の受容と、時代を越境して受け継がれる古典文学の魅力について考えさせる作品である。
「生き霊」場面は、六条御息所が光源氏の正妻・葵の上に取り憑く様が描かれたもので、長編『源氏物語』の中でも屈指の名場面のひとつとされ、物語・謡曲・絵画など、古典から現代に到るまでさまざまな作家や作品に影響を及ぼしてきた。江戸時代に出版された『源氏物語』の姿から、古来この場面を愛好してきた人々、この作品を受け渡してきた人々に思いを馳せてみよう。
原語と文化の越境
異なる文化圏の読者は、『海辺のカフカ』を初めて手に取る際、本作品にどのような印象を抱くのだろうか。本の表紙は、その作品が読まれている文化的文脈や受容のあり方を映し出す重要な手がかりである。外国語版の表紙を見比べながら、それぞれの違いに注目してみよう。言語や文化圏を越境していくなかで、作品のイメージの変化を感じ取ることができるだろう。
欧米においては、村上春樹の作品は「シュール」かつ「エキゾチック」なイメージで受容される傾向がある。一方、台湾の賴明珠による翻訳版に見られるように、アジアでは洗練された「おしゃれ」といったイメージが付与されることも多い。このように、作品の受容は文化圏によって異なり、その違いは表紙のデザインにも反映されている。
展示品:
- 英国版(Kafka on the Shore, Vintage Classics, 2022)
- ハンガリー語版(Kafka a tengerparton, Geopen, 2010)
- フランス語版(Kafka sur le rivage, 10/18, 2006)
- 中国語版(林少华訳『海边的卡夫卡』上海译文出版社、2018)
- 中国語版(賴明珠訳『海边的卡夫卡』上海译文出版社、2024)
Haruki Murakami Bingo
同じモチーフやテーマが繰り返し登場することは、村上文学の特徴の一つである。
米国のイラストレーター、グラント・スナイダー(Grant Snider)による「Haruki Murakami Bingo」(The New York Times, 2012年掲載)は、こうした特徴をユーモラスに描くと同時に、西洋における村上春樹文学のイメージを的確に伝えている。「猫」「古いジャズレコード」「超能力」など。『海辺のカフカ』にはどのくらい当てはまるだろうか。
村上春樹文学の多様なアダプテーション
村上春樹の文学は、国内外の多くの作家や創作者に影響を与え、近年ではさまざまな翻案(アダプテーション)作品が生み出されてきた。本展示では、村上春樹の作品を原作とした映画(アニメ)に加え、漫画や絵本、舞台作品を紹介する。
アダプテーションとは、一つの物語が異なるメディアへと移し替えられ、新たなかたちで語り直されることである。例えば、小説が映画や漫画、舞台へと変わるとき、物語はその媒体の特徴に応じて表現を変え、新たな解釈が加えられる。
本展示における作品も、それぞれのメディアの特性を活かしながら、原作の物語を再構築している。物語はどのように変わるのか。また、文化や言語を越えて受容されるとき、どのような新たな意味が生まれるのか。
多様なアダプテーション作品をとおして、メディア・言語・文化を越境しながら広がっていく村上春樹の物語世界の魅力を味わってみよう。
村上春樹文学の映画化
1979年のデビュー作『風の歌を聴け』(大森一樹監督、1981年)以来、村上春樹の作品は数多く映画化されてきた。なかでも『ノルウェイの森』(2010年、トラン・アン・ユン監督)や『バーニング』(2018年、イ・チャンドン監督)など、海外の監督による作品も多く、村上文学の国際的な広がりを示している。
2022年には、ピエール・フォルデス監督による『めくらやなぎと眠る女』が公開され、初のアニメ映画化として注目を集めた。本作は複数の短編小説を再構成したものであり、アニメというメディアを通じて、村上文学の世界がどのように表現されているのかを考える手がかりとなる。映像化によって、物語はどのように変化するのだろうか。登場人物の描写や物語の構成にも注目してみよう。
展示品:
- DVD『めくらやなぎと眠る女』ジャケット
- かえるくんと片桐(オリジナルポストカード)
- 小村のスーツケースの中(オリジナルポストカード)
カット・メンシックによる絵本シリーズ
村上春樹/K・メンシック
『ねむり』(新潮社刊)
村上春樹/K・メンシック
『パン屋を襲う』(新潮社刊)
村上春樹/K・メンシック
『蜂蜜パイ』(新潮社刊)
カット・メンシックによる絵本シリーズは、村上春樹の短編小説に新たな視覚的表現を加えたアダプテーションである。イラストはテクストを単に補足するのではなく、読者の想像力を刺激し、物語の解釈を広げる役割を果たしている。
例えば『ねむり』では、原作の内容と直接結びつかないモチーフも描かれ、物語に独自の広がりが与えられている。イラストは、物語の意味にどのような変化をもたらしているのだろうか。
また、本シリーズはドイツで先に出版され、その後日本に紹介された点でも興味深く、村上文学が国境を越えて受容される過程を示している。イラストとテクストの関係に注目しながら、その違いを味わってみよう。
HARUKI MURAKAMI 9 STORIES―漫画『かえるくん、東京を救う』
『かえるくん、東京を救う』は、フランス人脚本家ジャン=クリストフ・ドゥヴニと漫画家ピエール=マリー・グリーユ=リウによる、村上春樹の同名短編の漫画版である。フランス語圏のバンド・デシネと日本のマンガの要素をあわせ持つ本作品は、異なる文化圏を横断するアダプテーションとして注目される。
物語の展開は原作にほぼ忠実でありながら、ラフな線による風刺的な表現によって、原作とは異なる印象の物語世界が立ち上がる。かえるくんや片桐の描かれ方は、どのように変化しているのだろうか。原作やアニメ作品と比較しながら、その違いに注目してみよう。
展示品:
漫画『かえるくん、東京を救う (HARUKI MURAKAMI 9 STORIES)』
(村上春樹原作・Jcドゥヴニ脚本・漫画PMGL、スイッチパブリッシング、2017)
舞台化される村上春樹文学
村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド 上・下』(新潮社刊)
2012年の『海辺のカフカ』(脚本:フランク・ギャラティ/演出:蜷川幸雄)に続き、2026年1月に『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(脚本:高橋亜子/演出・振付:フィリップ・ドゥクフレ)の舞台版が日本で公演された。本作品は日本公演にとどまらず、世界ツアーも決定されており、村上文学の舞台化が国境を越えて展開していることを示している。
1985年の原作と同様に、「世界の終り」と「ハードボイルド・ワンダーランド」という二つの物語が並行して描かれるが、舞台という限られた空間の中で、その複雑な構造と超現実的な世界はいかに表現されているのだろうか。物語の展開に加え、舞台美術や照明、衣裳、映像、俳優の動きや音楽にも注目してみよう。
展示品:
- 原作『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド 上・下』(新潮文庫、2010)
- 舞台公演プログラム

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