医療行為と家族の同意

高齢化社会が進む中、治療や延命のためどのような医療行為を実施するのか、もしくは医療行為自体を実施しないのか、判断を求められる機会が増えてきています。その判断ができない病状の患者には、医師の裁量や家族の判断によって実施されているのが実情です。では、身寄りのない高齢者や、治療費や看護の問題に直に直面する家族のいる場合、その判断は100%患者の意に沿うものとなるのでしょうか。本研究では、ドイツ法なども参考に、判断能力のなくなった患者本人に代わって、成年後見人が医療に関する決定を行うことについて考えます。

書誌情報など

神野礼斉. 医療行為と家族の同意 (小梁吉章教授退職記念号). 広島法科大学院論集. 12, 2016, p.223-245.

研究者プロフィール

神野 礼斉(じんの れいせい)
教授
大学院法務研究科 民事法講座

手術などの医療行為を実施する場合は、必ず患者本人から同意を得なければなりません(インフォームド・コンセント)。患者本人には、医療行為を受けるかどうかについて自分で決定する権利があるからです。もっとも、認知症などの理由で、患者本人にはもはやその手術が何であるかを理解するだけの能力が残されていないとき、医師はだれから同意をもらえばよいでしょうか。現在のところ、このことについて明確に定めた法律は存在しません。医師の裁量や家族の判断によって実施されているのが実情です。しかし、このような状況は、医療現場にもさまざまな支障をきたしています。身寄りのない高齢者の場合、本人の同意が得られないため医師は積極的に必要な治療を行うことができず、また、本人に家族がいたとしても、家族が常に本人の福祉を考慮した決定をしてくれるとは限りません。家族は、治療費負担、看護労力等の点において、本人と利益相反の関係にあります。家族という身分関係があるだけでは、同意権者として適任者ということはできないように思われます。

 

そこで、判断能力のなくなった本人に代わって成年後見人が医療に関する決定を行うことができないかが議論されています。成年後見人とは、認知症高齢者、知的・精神的障害者などの判断能力の十分でない成年者を保護する人のことです。成年後見人は家庭裁判所が適任者を選任します。現在、弁護士や司法書士など家族以外の第三者が選任される場合が7割、子、兄弟、配偶者など家族から選任される場合が3割です。もっとも、医療に関する決定は、本人の生命や身体に重大な影響を及ぼす可能性があるので、もしこのような決定権を成年後見人に与えるのであれば、重大な医療行為については家庭裁判所の許可を要求するなど、決定権の乱用を防ぐ方策を講じておく必要があるでしょう。本稿は、ドイツ法なども参考に、この問題について検討するものです。

 

この記事は、学術・社会連携室と広報グループが作成したものです。


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