解釈の幅が味わいを生む -詩人チョーサーの作品に見る文法の特徴と変遷-

 言語は日々変わっていくので、昔の文章は今とはずいぶん違った文法で書かれています。本研究は、14世紀末に活躍したイギリス文学の父と称されるジェフリー・チョーサーの作品に用いられた文法的用法を解明することで、登場人物の感情をより深く読み取ることを可能にしました。

 

書誌情報など

Ohno, H. Variation between Personal and Impersonal Constructions in Geoffrey Chaucer:
A Stylistic Approach.
University Education Press, 2015, 211p, 978-4864293372.

研究者プロフィール

大野 英志(おおの ひでし)
准教授
広島大学大学院文学研究科 欧米文学語学・言語学講座(英語学)
研究分野 人文学 / 文学 / 英米・英語圏文学

 

 本書はジェフリー・チョーサーの作品中の、感情や夢などを表す動詞に見られる人称・人称構文の用法についての研究書です。非人称構文とは動詞の表す動作や状態を経験する人(経験者)が主格ではなく目的格で表される用法です。チョーサーの時代である14世紀末は非人称から人称への用法の変遷の最中で、一つの動詞に両用法が見られます。本書は主に文法および文のスタイルという観点から、このバリエーションが作品の中で可能にする解釈について考察しました。動詞は好み、悲しみ、義務・必然性、記憶・思考、夢といった5つの意味グループに分けて分析しました。また、同時代の詩人ジョン・ガワーやウイリアム・ラングランドも比較対象にしました。

 歴史的観点から、用法の変遷は一様に起こったかのように推測しがちですが、チョーサーの時代では変遷の進度は動詞によってまちまちです。例えば、経験者の受容者としての働きがより強調される、悲しみ、好み、夢を表す動詞では、非人称用法がより強く残っています。また、動詞によって非人称用法が頻繁に1人称(特に1人称単数)の経験者と共起するもの(like, think, dreamなど)と、3人称の経験者と共起するもの(義務を表す動詞)があることも明らかにしました。

 

エレズミア写本:『カンタベリー物語』の初期写本の1つ(1400年頃)

 

 また、変遷途中では新旧両用法が交換可能であると考えがちです。たしかに、詩においては韻を踏まないといけないルール等に関係して、両用法が幾分か重複を許しているような場合もあります。しかし、同時代の詩人を見ると動詞の使い方が異なっています。動詞の意味や対人関係の観点からの調査では、各用法が排他的に使われ、文脈に固有の解釈を生み出していることを明らかにしました。

 

 

 豊富で詳細なデータの調査により、これら二つの用法は動詞が表す心的活動へ経験者がどれだけ関与しているかということと密接に関わっていることがわかり、登場人物や語り手の感情を考慮に入れた文脈のより深い読みが可能になることを示しました。

 

 

この記事は、学術・社会連携室と広報グループが作成し、2018年に公開したものです。


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