井口 佳哉
大学院先進理工系科学研究科 化学プログラム 構造物理化学研究室
E-mail: y-inokuchi_at_hiroshima-u.ac.jp (注: _at_は半角@に置き換えてください)
本研究成果のポイント
〇放射性廃液からランタノイド/マイナーアクチノイドを選択的に分離抽出するメカニズムを解明するため、放射性試料に特化した赤外分光システムの開発を行った。
〇マイナーアクチノイドであるアメリシウム(Am3+)を含む種々の重元素イオンに対し、抽出剤モデル配位子の間で形成された錯イオンの赤外(振動)スペクトルを取得することに成功した。
〇代表的な抽出剤であるDGAのモデル配位子が形成する錯イオンに対し、C=O伸縮振動数が抽出効率に逆相関する傾向を見出し、選択的分離メカニズムの原理解明に向けた端緒を拓いた。
概 要
原子力発電所での放射性廃液の処理において、ランタノイド(Ln)と放射性元素であるマイナーアクチノイド(MA)の相互分離は重要なプロセスである。一般にLnとMAはイオンサイズなどの化学的性質が類似していることからその相互分離は容易ではない。廃液処理の現場では、主に有機配位子による溶媒抽出法を用いた分離が行われており、様々な配位子・抽出条件による試行錯誤によって、分離能の向上が図られてきた。しかし、そもそも相互分離がなぜ起こるのか、その原理は明確には分かっていない。分子科学的な見地からこれを明らかにすることができれば、これを指導原理とした合理的な配位子開発によって、分離能を抜本的に向上させられることが期待される。
本研究では、分子分光学の手法によってこの課題に取り組めないかと考えた。しかし、放射性元素であるマイナーアクチノイドは、放射線管理区域内でしか扱えない上、一度の実験における使用可能量も限られていることが、これら化合物の分光測定における障害となっていた。そこで我々は、表面増強赤外分光(SEIRA)法に着目し、簡便かつ微少試料量で測定が可能な分光システムの開発を行った(ここで開発した試料台については特許出願(特願2021-161781)を行った)。これを用いて、マイナーアクチノイドであるアメリシウム(Am3+)を含む種々の重元素イオンと抽出剤モデル配位子の間で形成された錯イオンの赤外(振動)スペクトルを取得することに成功した。特に、代表的な抽出剤であるDGAのモデル配位子が形成する錯イオンに対して、スペクトルで観測されたC=O伸縮モードの振動数が、溶媒抽出実験から得られる抽出効率に逆相関するという傾向が見出された。これは選択的分離メカニズムの原理解明に向けた端緒を拓く結果であると考えており、現在は量子化学計算の力も借りながら、この逆相関の起源を明らかにすることに取り組んでいる。
【論文情報】
Sakiko Hirata, Ryoji Kusaka, Shogo Meiji, Seita Tamekuni, Kosuke Okudera, Shoken Hamada, Chihiro Sakamoto, Takumi Honda, Kosuke Matsushita, Satoru Muramatsu, Takayuki Ebata, Daisuke Kajiya, Ken-ichi Saitow, Toshiaki Ikeda, Takehiro Hirao, Takeharu Haino, Masayuki Watanabe, Yoshiya Inokuchi: “Lanthanide and Actinide Ion Complexes Containing Organic Ligands Investigated by Surface-Enhanced Infrared Absorption Spectroscopy” Inorganic Chemistry, 62, 474-486 (2023).
https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.inorgchem.2c03618