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【研究成果】遂に実現!複数の極限環境下での物質のふるまいを測定可能に。 ~スピンと格子が織りなす多彩な全磁気相をマッピング~

お読みいただく前に:基礎知識の解説です

  • 磁性の源は電子のスピンです。統計物理学の長年の課題に、スピンが格子の幾何学的配置などによってフラストレーションにさらされた場合に、スピンの配置がどのように安定に選ばれるかの問題があります。
  • 現代の計算技術でも、計算の困難さから多くの未解明な物理現象が残されています。近年、磁場と圧力を同時に作用させた複合極限環境下での測定によって、新しい物理現象が報告されています。
  • しかし、磁場と圧力領域を拡大すると磁気測定の感度が下がってしまい、複数の極限環境下での測定実現には大きな課題がありました。
  • 今回は、極低温、強磁場、高圧力の極限環境を複数組み合わせた測定環境で、パルス強磁場高圧力下での高感度の磁化測定を世界で初めて実現したものです。

研究成果のポイント

  • 磁場と圧力の複合作用で現れるキラル三角格子反強磁性体※1の多彩な磁気相のマッピングに成功
  • パルス強磁場-高圧力下で動作する金属探知機の技術を応用した新しい磁化検出法を開発
  • 微弱な量子磁性体の磁化を測定可能な磁場-圧力-低温複合極限領域を大幅に拡大
     

概要

 大阪大学大学院理学研究科の大学院生の二本木克旭さん(博士後期課程)、木田孝則助教、萩原政幸教授らの研究グループは、東京大学物性研究所の金道浩一教授と上床美也教授、広島大学大学院先進理工系科学研究科の井上克也教授、大阪公立大学大学院工学研究科の高阪勇輔助教、ネール研究所のJulien Zaccaro博士らと共同でキラル三角格子反強磁性体CsCuCl3の飽和磁場※2を超える磁場範囲で圧力下の磁気相図を作成することに成功しました(図1)。
 三角格子反強磁性体では、磁性イオン※3の持つスピンが格子の幾何学的フラストレーション※4の影響を受けるため、特定の方向にスピンが並んだ状態を一意に決めることが困難になることが知られています。この時、スピンの向きを制御する磁場と格子を変形する圧力を三角格子反強磁性体に同時に加えることで、フラストレーションが抑制され、物質の磁気的性質の劇的な変化が期待されます。
 今回、萩原教授らの研究グループは、最大磁場55テスラの強磁場と最高圧力2ギガパスカルの高圧力を同時に実現した極限環境下の実験装置を開発し、さらにLC法※5という従来とは全く異なる新しい磁化測定法を組み合わせたことで、三角格子反強磁性体が磁場と圧力によって様々な磁気相を誘起することを実験的に明らかにしました。この研究結果は、極限環境下において三角格子反強磁性体が見せる様々な磁気構造の理解につながります。
 本研究成果は、国際学術誌「Physical Review B」に、2022年5月13日(金)に公開されました。

図1(上):強磁場高圧力下磁化測定装置の概略図。パルス強磁場・高圧力発生装置の内部に試料と磁化検出コイルの両方を配置することで強磁場・高圧力下における微弱な磁化検出に成功。(下)三角格子反強磁性体CsCuCl3の磁場‐圧力相図。飽和磁場は、圧力増加に伴い高磁場側に移動し、最高圧力1.7ギガパスカルで40テスラまで到達。
     

 

研究の背景

 磁性の源である電子のスピンが、格子の幾何学的配置や相互作用の競合に起因するフラストレーションにさらされた場合に、どのようなスピンの配置が安定に選ばれるのかという問題は、古くから議論されている統計物理学の基本的な課題です。コンピューターの性能が飛躍的に向上した現代においても計算の困難さから、多くの未解明な物理現象が残されています。このような系に対しては、これまでスピンに共役な外場である磁場を作用させた研究が主流でしたが、近年、圧力による格子の歪みによって磁性イオン間の交換相互作用の大きさを変化させることで、新奇な圧力誘起磁気相転移の発現が報告されています。磁場と圧力を同時に作用させた複合極限環境※6下においては、各磁気相がどのような領域に現れるのかを示す磁場-圧力相図は磁性研究におけるまさに地図であり、この相図を実験的に決めることは極めて重要な課題となっています。しかし、磁場と圧力領域の拡大は磁気測定の感度とトレードオフの関係にあるため、実際の研究の実現には大きなハードルがありました。

研究の内容

 萩原教授らの研究グループでは、最大磁場55テスラの磁場の発生が可能な強磁場発生装置※7に組み合わせることができる最高圧力2ギガパスカルのニッケルクロムアルミ合金製高圧力セル※8を開発しました。さらに磁気相転移に伴う磁化信号を観測するため、ラジオ波の技術を利用した磁化測定技術LC法を用いることでキラル三角格子反強磁性体CsCuCl3の磁場・圧力下における多彩な磁気相の発見に成功しました(図1)。さらに、30テスラ以上の強磁場下ではじめて観測できる飽和磁場の圧力依存性を明らかにしたことで、数値計算結果との比較が可能となり、磁場・圧力下で見られる磁気相の発現機構について実験・理論の相補的研究によって検証することができました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

 本研究成果より、強磁場と高圧力を同時に実現した複合極限環境下における実験が三角格子反強磁性体の持つ多数の競合する状態の解明に有効なことが示されました。本研究で開発された複合極限環境下の測定技術は本研究対象物質以外の磁性体の研究にも応用することで、今後の物性研究の発展に大きな役割を果たすことが期待されます。従来の磁性研究のほとんど、磁場と温度を外場とした磁場-温度相図を基軸として行われてきました。一方で、本研究で明らかにした三角格子反強磁性体の磁場-圧力相図は、温度-磁場-圧力空間に3次元的に広がる物質相を多角的に探索することの重要性を指摘した点において、画期的な研究成果と言えます。近年、フラストレーションとトポロジーに起因して、あたかも素粒子のような振る舞いを示すスキルミオンなど、次世代のスピントロニクスの鍵となる特異な物質相に注目が集まっており、本研究で確立した高圧力-強磁場下磁化測定技術は、そのような新奇物質相の探索するための新しいツールとして非常に期待されています。

特記事項

本研究成果は、2022年5月13日(金)に国際学術誌「Physical Review B」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Magnetic field and pressure phase diagrams of the triangular-lattice antiferromagnet CsCuCl3 explored via magnetic susceptibility measurements with a proximity-detector oscillator”
著者名: Katsuki Nihongi, Takanori Kida, Yasuo Narumi, Julien Zaccaro, Yusuke Kousaka, Katsuya, Koichi Kindo, Yoshiya Uwatoko and Masayuki Hagiwara
DOI:https://doi.org/10.1103/PhysRevB.105.184416

なお、本研究は、JSPS科学研究費助成事業研究(no. JP17H06137, JP17K18758, JP21H01035, JP19H00648, 25220803)及びJSPSの先端研究拠点事業の一環として行われました。また、本研究は大阪大学フェローシップ創設事業「超階層マテリアルサイエンスプログラム」及び日本科学協会の笹川科学研究助成の助成を受けたものです。
 

用語解説

※1 キラル三角格子反強磁性体
  三角格子反強磁性体は磁性イオン※3が三角形の格子に位置して、隣り合う磁性イオンのスピンを反平行にする相互作用(反強磁性的相互作用)を持った磁性体のことを示す。キラルはキラリティ(カイラリティ)の事で、三角格子面のスピン配置が次の面に移る際に少しずつ右回り、あるいは左回りにらせんを描くような掌性(右手左手の関係)を有している事を示す。

※2 飽和磁場
  物質中の全てのスピンが磁場方向を向いた時の磁場の大きさ。

※3 磁性イオン
  磁性の源である有限のスピンを持つイオン。様々な方向を向いたスピンの総和が磁化に対応している。

※4 幾何学的フラストレーション 
  三角格子反強磁性体において、図2のようにどれか二つのスピンを反平行におくと、残りのスピンの方向を決めることができなくなる。このような状態を引き起こす要因を幾何学的フラストレーションと呼ぶ。

※5 LC法
  金属探知機やFMラジオの基礎となっている技術で、試料を内包した コイルとコンデンサからなるインダクタンス-キャパシタンス(LC)共振回路において、磁場中の試料の磁化の変化を共振周波数の変化から読み取る手法である。この手法では、微小なコイルを利用できるため、非常に狭い圧力発生空間との相性が良い。

※6 複合極限環境
  極低温、強磁場、高圧力といった極限環境を複数組み合わせた環境のことを複合極限環境と呼ぶ。本研究では、これら全てを組み合わせた測定環境を実現している。

※7 強磁場発生装置
  大容量のコンデンサにためた電荷を一気にソレノイドコイルに流すことで瞬間的に非常に強い磁場をパルス状の短い時間発生させている。

※8 ニッケルクロムアルミ合金製高圧力セル
  ニッケルクロムアルミ合金は一般的な鉄と比べて、約200倍の強度をもつ合金材料。この材料でできたピストンシリンダー型高圧力セルは、シリンダー内にピストンを押し込むことで高圧力を発生させている。この圧力セル内に測定試料を挿入し、それをソレノイドコイル内に設置して測定する。
 

図2 スピンのフラストレーション。矢印の向きがスピンの向きを表す。

萩原教授のコメント

 パルス強磁場高圧力下での高感度の磁化測定は、我々の研究センターにおいて長年にわたり実現を目指した開発課題であった。第一著者である博士後期課程学生の粘り強い技術開発により世界で初めて可能となり、長年研究されてきて現在も新たな発見が報告されているキラル三角格子反強磁性体CsCuCl3の高圧力下での飽和磁場を超える全磁化過程の測定に成功した。その記念すべき第一報であり、今後強磁場下での新奇物質相の探索が楽しみな研究開発の成果である。

参考URL

萩原政幸教授 研究者総覧URL https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/c683fa3bd97af381.html
萩原研究室ホームページ URL http://www.ahmf.sci.osaka-u.ac.jp/index_lab.html

【お問い合わせ先】

<研究に関して>
大阪大学 大学院理学研究科 教授 萩原 政幸(はぎわら まさゆき)
TEL:06-6850-6685
E-mail: hagiwara*ahmf.sci.osaka-u.ac.jp

<広報・報道に関して>
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