1.探査機「はやぶさ2」が地球に持ち帰った小惑星リュウグウの粒子を高分解能電子顕微鏡で詳しく調べ、リュウグウを作る岩石に小天体が衝突した際の温度と圧力の上昇度を評価しました。
2.主要鉱物である粘土鉱物は、脱水分解を全く起こしておらず、衝撃温度は500℃より低かったことを明らかにしました。
3.リュウグウ粒子に見つかった断層構造と新たに発見した高密度の硫化物鉱物から、衝撃圧力は約2万気圧であり、天体衝突で発生する圧力としては、かなり小さな値であることを明らかにしました。
4.水を含む天体での衝突は水蒸気爆発を引き起こし大量の岩片をまき散らしますが、リュウグウではそのような活動は活発ではなかったことが明らかになりました。
タイトル:A history of mild shocks experienced by the regolith particles on hydrated asteroid Ryugu
著者:Naotaka Tomioka1,*, Akira Yamaguchi2,3, Motoo Ito1, Masayuki Uesugi4, Naoya Imae2,3, Naoki Shirai5,6, Takuji Ohigashi7,8, Makoto Kimura2, Ming-Chang Liu9,†, Richard C. Greenwood10, Kentaro Uesugi4, Aiko Nakato11, Kasumi Yogata11, Hayato Yuzawa7, Yu Kodama12, ††, Kaori Hirahara13, Ikuya Sakurai14, Ikuo Okada14, Yuzuru Karouji11, Keishi Okazaki1,15, Kosuke Kurosawa16, Takaaki Noguchi17, Akira Miyake17, Masaaki Miyahara15, Yusuke Seto18, Toru Matsumoto17, Yohei Igami17, Satoru Nakazawa11, Tatsuaki Okada11, Takanao Saiki11, Satoshi Tanaka11, Fuyuto Terui19, Makoto Yoshikawa11, Akiko Miyazaki11, Masahiro Nishimura11, Toru Yada11, Masanao Abe11, Tomohiro Usui11, Sei-ichiro Watanabe20, Yuichi Tsuda3,11
所属:1Kochi Institute for Core Sample Research, X-star, Japan Agency for Marine-Earth Science and Technology (JAMSTEC), Nankoku, Kochi 783-8502, Japan
2National Institute of Polar Research (NIPR), Tachikawa, Tokyo 190-8518, Japan
3The Graduate University for Advanced Studies (SOKENDAI), Hayama, Kanagawa 240-0193, Japan
4Japan Synchrotron Radiation Research Institute (JASRI/SPring-8), Sayo, Hyogo 679-5198, Japan
5Graduate School of Science, Department of Chemistry, Tokyo Metropolitan University, Hachioji, Tokyo 192-0397, Japan
6Department of Chemistry, Faculty of Science, Kanagawa University, Hiratsuka, Kanagawa 259-1293, Japan
7UVSOR Synchrotron Facility, Institute for Molecular Science, Okazaki, Aichi 444-8585, Japan
8Institute of Materials Structure Science, High Energy Accelerator Research Organization, Tsukuba, Ibaraki 305-0801, Japan
9Department of Earth, Planetary, and Space Sciences, UCLA, Los Angeles, CA 90095, USA
10Planetary and Space Sciences, The Open University, Milton Keynes MK7 6AA, UK
11Institute of Space and Astronautical Science (ISAS), Japan Aerospace Exploration Agency (JAXA), Sagamihara, Kanagawa 252-5210, Japan
12Marine Works Japan, Ltd., Yokosuka, Kanagawa 237-0063, Japan
13Department of Mechanical Engineering, Osaka University, Suita, Osaka 565-0871, Japan
14Synchrotron Radiation Research Center, Nagoya University, Nagoya, Aichi 464-8603, Japan
15Earth and Planetary Systems Science Program, Graduate School of Advanced Science and Engineering, Hiroshima University, Higashihiroshima, Hiroshima 739-8526, Japan
16Planetary Exploration Research Center, Chiba Institute of Technology, Chiba 275-0016, Japan
17Division of Earth and Planetary Sciences, Kyoto University, Sakyo-ku, Kyoto 606-8502, Japan
18Department of Geosciences, Osaka Metropolitan University, Sumiyoshi-ku, Osaka 558-8585, Japan
19Kanagawa Institute of Technology, Atsugi, Kanagawa 243-0292, Japan
20Graduate School of Environmental Studies, Nagoya University, Chikusa-ku, Nagoya, Aichi 464-8601, Japan
†Now at Lawrence Livermore National Laboratory, CA 94550, USA
††Now at Toyo Corporation
リュウグウの粒子は、大部分が粘土鉱物(層状構造をもつ含水鉱物)からなることが、先行研究から明らかになっています(文献2–7)。本研究では、4つの粒子について透過電子顕微鏡 (TEM、※1)を用いた高分解能観察や電子線回折像(※2)により、詳しい解析を行いました。いずれの粒子においても、粘土鉱物の一種である蛇紋石やサポナイトの混合層が多く観察されました(図1)。現在まで、これらの鉱物において、強い衝撃加熱によって分解・発泡した組織は一切見られませんでした。この観察結果と、過去に行われた隕石中の粘土鉱物の加熱実験の結果に基づき、この粒子は形成されたあとに一度も500℃以上まで加熱されていないことがわかりました。
※1 透過電子顕微鏡(TEM):薄膜化した試料に電子線を照射し、透過あるいは回折した強度から、
ナノメートル以下の空間分解能で、微細組織や結晶の構造を解析できるタイプの電子顕微鏡です。
電子線照射により試料から発生したX線を分光し、微小領域の元素分析も行うこともできます。
※2 電子線回折像:単一の波長を持った電子線を結晶に照射すると、結晶が持つ面それぞれに特有の
角度で回折(ブラッグ反射)が生じます。それぞれのブラッグ反射は、結晶の構造と化学組成により、
その強度が変化します。
図1 リュウグウ粒子内部の透過電子顕微鏡像。(左)構成鉱物のほとんどは粘土鉱物で、隙間に鉄硫化物(Po) と鉄・ニッケル硫化物(Pn)の微粒子を含む。(右)粗粒な粘土鉱物(CC)の高分解能像。蛇紋石(層間隔0.7 nm)とサポナイト(層間隔1.1 nm)が折り重なっている。強い衝撃加熱で脱水・分解した痕跡は全く見られない。1 nm(ナノメートル)は100万分の1 mm。
走査電子顕微鏡(SEM、※3)による観察では、断層が観察されました(図2)。リュウグウ粒子は、酸化鉄(マグネタイト)の微粒子でできた木イチゴ状の球状集合体(フランボイド)を多く含みますが、この集合体が直線状の断層(3次元では面)に沿って50ミクロン近くまで大きく引き伸ばされたり、ずれたりしていました。我々の研究チームはこの断層構造の解析に、地球の断層に用いられている力学計算手法を応用しました。その結果、衝撃波によりリュウグウ粒子に与えられた圧力は約2万気圧であることがわかりました(図3)。 このような高圧力は直径1kmほどの小さな天体であるリュウグウの内部では生じ得ないことから、この断層はリュウグウより更に小さな天体が高速度で衝突した際に形成されたと結論づけました。
図3 断層の変位(ずれ)の大きさと衝撃圧力の関係。断層面上は摩擦熱により周囲よりも高温になるが、その温度はリュウグウ粒子全体が溶ける温度(約1100℃)より低温である。測定した断層の変位量から、衝撃圧力の上限は約2万気圧と見積もられた。
またTEMによる結晶学的な観察では、鉄・クロムの硫化物(化学式FeCr2S4)粒子が見つかりました(図4)。この粒子の電子線回折像は、FeCr2S4鉱物としてよく知られているドブリーライト(daubréelite)では説明がつかず、密度の高い結晶構造をもつゾレンスキーアイト(zolenskyite) であることがわかりました。ゾレンスキーアイトは、昨年、隕石の中から初めて発見・命名されたばかりの新鉱物で、リュウグウのゾレンスキーアイトは2例目の発見となります。このような高密度の構造をつくるには数万気圧の圧力が必要なことが実験的に明らかにされています。以上の断層組織や高圧鉱物などの衝撃組織の観察結果を総合すると、リュウグウが経験した衝撃圧力は2万気圧程度であったことが明らかになりました。イトカワのように水を含まない小惑星を起源とする隕石には、約20万気圧を超える圧力が記録されていることがあります。リュウグウにおける圧力は、それと比較すると一桁も低い値です。
図4 リュウグウ粒子中に発見された高圧型の鉄・クロム硫化物(ゾレンスキーアイト)。(左)透過電子顕微鏡像、(右)ゾレンスキーアイトの電子線回折像。2万気圧以上の圧力発生を示唆する。
水に富む小惑星物質に30万気圧程度の強い衝撃が加わると、粘土鉱物が熱分解し、生じた水蒸気の力で小惑星が爆発的に粉砕されてしまうことが知られています(文献8、9)。地球で回収される隕石や宇宙塵の多くも、このような強い衝突現象によって形成された可能性があります。しかしながら、本研究で観察したリュウグウ粒子で推定されたリュウグウの衝撃温度や圧力はとても弱いもので、脱水分解は全くしていませんでした。すなわち、少なくとも有機物と水に富む小惑星においては、岩片を大量に生み出すプロセスに、衝突イベントは大きな寄与をしていない可能性があります。
本研究では、小惑星の物質そのものに記録された衝突の記録を、高分解能電子顕微鏡を用いた微細組織観察により、詳しく明らかにすることができました。さらに、微小断層の解析は、惑星物質科学と地震断層の専門家が身近に研究している高知コア研究所のユニークな環境があればこそ、はじめて地球外物質に応用することができました。
その一方で、観察できた粒子は量も限られているため、今回の結果はリュウグウ全体を反映しているのか、他の含水小惑星でも同じような天体衝突が起こっているのかなど、さらに検証の必要がある課題も残っています。我々の研究チームは、リュウグウ粒子の観察だけでなく、炭酸塩や無水のケイ酸塩鉱物の衝突実験を行い、回収試料の微細組織から新しい圧力・温度指標を構築する研究を進めています。同時に、地球で回収される様々な隕石の衝撃組織の観察を継続中です。これらの結果を小惑星回収試料に応用し、より詳細に衝突イベントを明らかにしていく予定です。2023年秋にはNASAのオサイレス・レックス探査機が、リュウグウと同様に含水鉱物に富むと考えられる小惑星ベンヌからより多くの粒子を持ち帰る予定です。ベンヌ粒子の分析結果が加われば、小惑星ごとの天体衝突プロセスの違いも明らかになると期待できます。
1. Yada et al., Nature Astronomy, 6, 214–220 (2022).
2. Ito et al., Nature Astronomy, 6, 1163–1171 (2022).
3. Nakamura, E. et al., Proceedings of the Japan Academy, 98, 227¬–282 (2022).
4. Nakamura, T. et al., Science, DOI:10.1126/science.abn8671 (2022).
5. Yokoyama et al., Science, DOI:10.1126/science.abn785 (2022).
6. Noguchi et al., Nature Astronomy, 7, 170–181 (2023).
7. Yamaguchi et al., Nature Astronomy, doi.org/10.1038/s41550-023-01925-x (2023).
8. Tomeoka et al., Nature 423, 60–62 (2003).
9. Tomioka et al., Meteoritics & Planetary Science, 42, 19–30 (2007).