太陽光を利用する電子触媒反応が拓く新たなサステイナブルケミストリー

本研究成果のポイント

  • 豊富に存在する太陽光エネルギーの利用で、キナーゼ阻害剤などの医薬品の有用化合物を簡便に合成することが可能に
  • 希少な遷移金属を用いないクロスカップリング反応(※1)
  • 長寿命トリプレット活性種(※2)の関与

概要

 グリーンケミストリーやサステイナブルケミストリー(※3)の観点から、電子触媒は遷移金属触媒よりも遙かに望ましいが、その実現には100℃を超える高温が必要であった。関西学院大学生命環境学部の白川英二、広島大学大学院先進理工系科学研究科の安倍学教授らの研究グループは、太陽光に応答する光レドックス触媒により、アリール亜鉛反応剤とハロゲン化アリールの電子触媒根岸クロスカップリング反応が、室温で進行することを見出した。また、光レドックス触媒のみならず、アニオンラジカル中間体の光励起が、室温での電子触媒反応を可能にする鍵になっていることを明らかにした。この発見により、これまでその適用範囲に制限があった電子触媒の利用が広範囲に広がり、多くの有用化合物の合成が簡便にできるようになった。
 本研究成果は、Science Advances誌に 2023年5月31日にオンライン掲載された。

背景・研究成果の内容

 2010年にノーベル化学賞を受賞した根岸および鈴木・宮浦クロスカップリング反応によって、医薬品や電子材料などの機能性物質の構造に多く存在するビアリール骨格を簡便に合成できるようになった。しかしながら、通常、希少金属とされるパラジウム触媒を用いる必要があり、また、加熱という熱エネルギーが必須であった。地球規模でのエネルギー・資源問題の観点から、大量の熱エネルギーを用いる現状の物質・エネルギー変換プロセスに大きな変革が求められており、新たな科学技術の開発が切望されている。本研究の筆頭著者である白川英二博士(関西学院大学・教授)の研究グループは、2010年に遷移金属を用いないクロスカップリング反応を世界で初めて見出した。その反応は「電子触媒」反応と名付けられ、現在世界中で活発に研究が行われている。しかしながら、良好な化学収率を得るためには、100度以上の高温が必要であり、より効率的な物質変換反応の開発が強く求められていた。本研究では、太陽光に応答する光レドックス触媒BDAを用いることで、加熱を必要としない、室温での極めて汎用性が高いクロスカップリング反応の開発に成功した。加熱を必要としない理由の解明を、安倍学博士(広島大学・教授)の研究グループが行い、これまで、一重項電子励起状態(シングレット)が鍵であるとされてきた常識を覆し、三重項電子励起状態(トリプレット)が反応の鍵になっていることを見出した。

今後の展開

 本研究で見出されたBDAを助触媒とする電子触媒反応は、太陽光を利用することで、有用化合物を室温で簡便に合成することができる。豊富に存在する太陽光エネルギーを用いる物質変換反応を工場レベルでの合成プロセスに移行することによって、持続可能な社会の発展に繋げることができる。

論文情報

  • 著者:Eiji Shirakawa1*, Yuki Ota1, Kyohei Yonekura1, Keisho Okura1, Sahiro Mizusawa1, Sujan Kumar Sarkar2, Manabu Abe2*
     1関西学院大学 生命環境学部 環境応用化学科
     2広島大学大学院先進理工系科学研究科 化学プログラム
  • 論文タイトル:Manipulation of an electron by photoirradiation in the electron-catalyzed cross-coupling reaction
  • 掲載ジャーナル:Science Advances, 2023, 9, eadh3544.
  • DOI:https://doi.org/10.1126/sciadv.adh3544

参考資料

図1:有用化合物の従来の合成手法と光をエネルギー源にする新手法

図2:本手法で簡便に合成できるようになったビアリール化合物

用語解説

(※1)クロスカップリング反応:異なる2種類の構造を繋ぐ反応
(※2)長寿命トリプレット活性種:分子間の化学反応性が向上する反応活性種
(※3)グリーンケミストリー、サステイナブルケミストリー:
  化学技術の革新を通じて人と環境の健康・安全を目指し、持続可能な社会の実現に貢献していくことを目的とする世界的な活動。

その他

 本研究は、JST CREST研究「革新的反応」新たな生産プロセス構築のための電子やイオン等の能動的制御による革新的反応技術の創出、にて実施した研究成果である。

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