【研究成果】二重スリット実験での量子干渉の謎解明に光明が見えた!

本研究成果のポイント

  • 1.二重スリットの干渉実験で光子が二つの同一のスリットを通過するとき、個々の光子はそれぞれ物理的に非局在化して通過することを実際に実証できる新しい実験方法を提案しました。
  • 2.ポイントは、光子の偏光を二重スリットの経路のプローブとしたとき、干渉パターンの測定位置で、偏光の大きさが偏光の反転確率で測定される点にあります。その大きさは二つのスリット経路間での連続量のゆらぎとなるため、偏光反転の観測から光子の非局在化を実証することが可能となります。さらにこのゆらぎの大きさは干渉パターンの測定結果に依存して変化することもわかりました。
  • 3.この結果は、広く一般に受け入れられている「干渉パターンを測定したら量子の経路は分からない」や「波と粒子の二重性」が厳密には正しくないことを示します。この提案は従来の統計的な量子測定とは全く異なり、物理量を定量的に測定する量子測定の新しい側面を利用したものです。今後、量子情報技術をはじめ量子測定を必要とするあらゆる方面に利用されることが期待できます。

概要

 量子力学の解釈は大いに議論の余地があり、未だに解決に至っていません。その一方で一般的に解釈の問題は、実験で解決できる問題ではない、とされています。しかし我々は理論的かつ物理的な考察によって、どのように二重スリットの経路情報が干渉を失わないように光子の偏光に変換されるのかを示し、干渉パターンの測定位置での偏光のランダムな反転を観測することによって、二重スリット通過時での連続量のゆらぎが測定可能になることを明らかにしました。光子の非局在化はそのゆらぎの大きさから実証することが可能です。さらに干渉パターンの測定結果に依存してゆらぎの大きさが異なることも分かりました。この結果は、広く一般的に受け入れられている「干渉パターンを測定したら量子の経路は分からない」や「波と粒子の二重性」が厳密には正しくないことを示しています。またこの方法は、従来の統計的な量子測定とは全く異なり、物理量を定量的に測定する量子測定の新しい側面を利用したものです。量子情報技術をはじめ量子測定を必要とするあらゆる方面に利用されることが期待できます。

 本研究成果はロンドン時間の2023年6月12日に学術誌「Quantum studies」のオンライン版に掲載されました。

掲載論文

  • 論文タイトル:A possible solution to the which-way problem of quantum interference
  • 著者:ホフマン ホルガ1※、松下 智悟1、黒木 駿一1、飯沼 昌隆1
  • 所属:1:広島大学大学院先進理工系科学研究科
    ※:責任著者
  • DOI: https://doi.org/10.1007/s40509-023-00304-5

背景

 量子力学の解釈問題は、国際的にも大変多くの方に興味を引き付けています。それは標準的な解釈であるコペンハーゲン解釈に物理的に未解明な謎があるにも関わらず、不確定性原理から実験的証拠が得られないと考えられているからです。例えば、「波と粒子の二重性」や「干渉パターンを測定したら量子の経路は分からない」などのコペンハーゲン解釈の考え方は広く受け入れられ、これらの考えに対する科学的かつ建設的な批判はほとんどありません。このような謎を解決するための別の手段として、コペンハーゲン解釈とは異なる解釈が提案されており、代表的な例としては、多世界解釈やパイロット波解釈などがあります。これらの解釈は魅力的な面を持つため、多くの方から支持を集めて活発な議論が行われています。しかしこれらの解釈の妥当性は実験で解決できるとは限らないため、今でも解釈問題に関する論争が続いています。その一方、コペンハーゲン解釈の未解明な問題への実験的な取り組みについては、現状ではそれほど多くありません。

【研究成果の内容】

 二重スリットのどちらを通過したのか、干渉をほとんど壊さずに見るために、スリット通過時に光子の直線偏光を局所的に互いに逆方向にわずかに回転させた後、干渉パターンの測定位置での偏光回転の大きさを評価しました。その結果、回転の平均値はゼロですが、回転の大きさは偏光の反転確率で決まることが分かりました。偏光のランダムな反転はゆらぎを意味するため、その源泉は二つのスリット経路間での連続量のゆらぎになります。そのため、偏光反転の観測から光子の非局在化を実際に実証することが可能となります。さらにこのゆらぎの大きさは干渉パターンの測定結果に依存して変化することも分かりました。

 干渉が強め合う測定位置では、ゆらぎの大きさはゼロとなり光子はスリット通過時に正確に二つに分裂します。測定位置が干渉の強め合う位置から離れていくとゆらぎが連続的に大きくなり、干渉の強め合いと弱め合いが起こらない位置では1になります。これは粒子のようにスリットのどちらか一方を通過することを示します。さらに測定位置が干渉の強め合う位置からさらに離れて弱め合う位置に近づくと、ゆらぎは1を超えます。つまり一方のスリットでは1個を超える数の光子、もう一方ではマイナスの数の光子にゆらぐことになります。このゆらぎは起こる頻度の低い干渉の弱め合う位置で観測されることになります。

 この結果は、広く一般的に受け入れられている「干渉パターンを測定したら量子の経路はわからない」や「波と粒子の二重性」が厳密には正しくないことを示します。この成果は、従来の統計的な量子測定とは全く異なり、物理量を定量的に測定する量子測定を利用し、物理的考察を突き詰めることによって、初めて得られました。

今後の展開

 今後、量子情報技術をはじめ量子測定を必要とするあらゆる方面に利用されることが期待できます。しかしその一方、今回の結果は、二重スリットでの経路のゆらぎは干渉パターンの測定で初めて決まることを意味しています。これはエンタングルメントの議論で良く見られる因果律に関する量子力学の基礎的な疑問と同じものです。その意味で今回の成果は、量子力学のあらゆる基礎問題に取り組むための出発点ともなりえます。

参考資料

図1:想定したセットアップ

 入力光子の偏光は最初に水平方向にそろえておく。スリット間隔dの二重スリットには偏光回転素子が置かれており、光子の進行方向に対して左側のスリットを通過した光子は偏光を+θだけ回転、右側のスリットを通過した光子は偏光を-θだけ回転させる。スクリーン上のある測定位置で光子が検出されるとき、偏光は水平方向のみから垂直方向へのランダム反転によってゆらいでいる。このゆらぎは二重スリット通過時での経路のゆらぎに対応し、このゆらぎが連続量になることから非局在化を実証することが期待できる。

 図2:経路のゆらぎの予想

 青色の実線は経路のゆらぎの予想結果を、オレンジ色の点線は、スクリーン上での干渉パターンを示す。グラフの横軸は干渉パターンでの位置xを表すが、横方向運動量pxp0  x⁄Lに換算している。干渉が強め合う位置ではゆらぎはゼロとなり、干渉が強め合いと弱め合いの両方が寄与しない位置ではゆらぎは1となり、干渉が弱め合う位置ではゆらぎは1を超える。

【お問い合わせ先】

大学院先進理工系科学研究科 教授 ホフマン ホルガ
Tel:082-424-7652 
E-mail:hofmann *hiroshima-u.ac.jp
(注: *は半角@に置き換えてください)


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