本研究成果のポイント
- 単調性(*1)と呼ばれる特性を利活用し、モジュールごとに自律的な分散管理を行うことで、ネットワークの拡大に伴う情報量の爆発的な増加を防ぎ、大規模ネットワークのリアルタイム制御を可能にする手法を開発。
- 最先端の安定解析論である確率Contraction理論(*2)に単調性の概念を組み込み、理論条件を簡単化して、非線形性と確率性が相互作用するモジュールの安定解析とネットワーク全体の安定性を実現。
- モジュールの追加や削除にも柔軟な対応が可能であり、電力の安定供給や渋滞のない交通などを実現できる電力ネットワークや交通ネットワークなどの設計への応用が期待。
概要
広島大学大学院先進理工系科学研究科の河野佑准教授と京都大学大学院工学研究科の細江陽平准教授からなる研究グループは、大規模ネットワークの自律分散運用を実現する制御技術を構築しました。高度に複雑化するネットワークにも対応するため、非線形確率システム(*3)と呼ばれる一般的な数式表現を基盤とし、確率 Contraction 理論を発展させました。具体的には、単調性と呼ばれる特性を活用することで、ネットワーク全体の安定性解析をモジュールごとの解析に分解することに成功しました。これにより、従来の確率 Contraction 理論が課題としていたモジュール数の増加に伴う計算量爆発(答えを出すために必要な計算量や時間が膨大となり、現実的には答えにたどり着けないような状態)を回避し、実現可能な安定解析を可能にしました。提案理論は、分散運用可能なIoTネットワークの設計への応用が期待できます。
本研究成果は、2025年2月18日に学術専門誌IEEE Transactions on Automatic Control のEarly Access版に掲載されました。
背景
従来、システム制御で扱う対象は、発電機のような個別の要素(モジュール)が主流でした。しかしながら、近年では、IoT(Internet of Things)技術の発展に伴い対象がネットワーク化してきています。例えば、複数の発電機や家庭が送電線によって物理的に、またスマートメータによって情報的に結合された電力系統(図1)のように、複数のモジュールがネットワーク結合されたシステムを対象とする機会が増えています。このようなネットワークのリアルタイム制御を単一の管理者が集中的に行う集中制御方式では、モジュール数の増加に伴い、扱う情報量や計算量が爆発的に増加するため、実装が困難になりつつあることが指摘されています。
その解決策として、モジュールごとに自律的な分散管理を行うアイデアが提唱されていますが、モジュール自体の高度化と複雑化により、その実現には依然として課題が残ります。特に、モジュール単体に対して適切とされる制御方法が、ネットワーク系統全体として見た場合に必ずしも適切とは限らない点が、この問題の難しさとして挙げられます。これは自律分散制御方式を用いようとすると生じる問題であり、従来の集中制御方式を前提として整備されてきたシステム制御理論を適用することの障害になります。
図1:発電所、家庭、電気自動車などがモジュールとして,送電線や情報通信などにより結合された次世代の電力ネットワーク
研究成果の内容
本研究では、交通流の時間変化や遺伝子の発現過程に見られる単調性と呼ばれる性質に着目しました。この特性を持つように各モジュールを自律分散的に制御すれば、ネットワーク全体の安定解析をネットワークの構造と接続された近隣の情報のみを用いて行えることを明らかにしました(図2)。提案理論では、必要とする情報が近隣のものに限られるため、新たなモジュールがネットワークへ参画する際にも、その近隣のみが対応すればネットワーク全体の安定性が維持されます。すなわち、集中制御方式とは異なり、ネットワーク系統全体を再調整する必要がありません。
本研究で注目した単調性は特殊な性質ではありません。事実、モジュールの特性が線形時不変システム(*4)と呼ばれる単純な形で表現できる場合、提案手法の自律分散制御方式は常に実装可能です。さらに、本研究では、より高度かつ複雑なモジュールにも対応するために、非線形確率システムを対象とした理論を構築しました。これにより、発電機の詳細な動特性や通信速度のばらつきといった要素まで、ネットワークの自律分散制御に反映することが可能となります。
専門的には、確率Contraction理論と呼ばれる最先端の安定論に単調性を組み込むことで、非線形確率ネットワークの分散安定解析・制御を可能にしました。これには、リーマン幾何学(*5)や確率論など、高度な数学の融合が求められます。
図2:単調性を活用したネットワーク系統の安全な自律分散運用。左上は単調性により、モジュールの軌道(青線)が赤枠(錐)から出ないことを表す。右下は各モジュールから出力される信号が時間経過とともに一定値となり、系統全体が安全に運用されることを表す。
今後の展開
本成果は、地域ごとに独立して管理や運用を行っても、系統全体として電力の安定供給や渋滞のない交通などを実現できる電力ネットワークや交通ネットワークなどの設計への応用が期待できます。
用語解説
(*1)単調性:システムの動特性が持つ一貫性。例えば、車の数が増えると渋滞がひどくなる一方で、渋滞が緩和されることはない。このように、車の数と渋滞度合いは単調な関係にある。
(*2)確率Contraction理論:非線形確率システムの安定解析を可能にする最先端の理論体系。
(*3)非線形確率システム:注目する対象の動きや現象の変化を模倣した数式表現の一つ。動きや変化の複雑さを非線形性として、時間による特性の変化や曖昧さを確率的に捉えたもの。様々な物理現象は非線形性と確率性の相互作用として表現できる。
(*4)線形時不変システム:注目する対象の動きや現象の変化を模倣した数式表現の一つ。動きや変化を単純な線形性で近似し、時間による特性の変化や曖昧さを排除したもの。理論解析の簡単さからシステム制御分野で標準的に用いられる。
(*5)リーマン幾何学:地球のように重力によって曲がった空間内での距離や構造を調べるための数学であり、相対性理論にも用いられる。
掲載論文
著者:Yu Kawano*, Yohei Hosoe
タイトル:Contraction Analysis of Differentially Positive Discrete-Time Stochastic Systems
掲載誌:IEEE Transactions on Automatic Control
*責任著者
DOI:10.1109/TAC.2025.3543562
掲載日:2025年2月18日
謝辞
本研究は、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業(JPMJFR222E)、同戦略的創造研究推進事業さきがけ(JPMJPR2127)、および日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(23H01433)の支援により行われました。
【お問い合わせ先】
<研究に関すること>
広島大学大学院先進理工系科学研究科 准教授 河野 佑
Tel:082-424-7582
E-mail:ykawano*hiroshima-u.ac.jp
京都大学大学院工学研究科 准教授 細江 陽平
Tel:075-383-2252
E-mail:hosoe.yohei.5v*kyoto-u.ac.jp
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