本研究成果のポイント
〇ウイルスの姿が簡便かつ鮮明に見える新しい電子顕微鏡用染色剤を開発しました。従来のウラン系染色剤や非ウラン系染色剤よりも使い勝手が良いです。様々なウイルスの観察に利用可能です。
概 要
Preyssler型(図1に示した円盤型の分子)という名前を持つリンとタングステンの化合物が、ウイルスを観察する際の電子顕微鏡用染色剤として優れていることを見出しました。既存の染色剤に比べて調整時の手間が少なく、鮮明な電子顕微鏡像が得られます。
ウイルスの姿かたちを観察するためには電子顕微鏡が用いられますが、細部まで観察するためには観察の前に重元素を含んだ試薬をウイルスの表面に付ける染色という工程が必須です。染色剤として多く用いられている試薬は酢酸ウラニルというウランを含んだ化合物ですが、核兵器への転用も可能なことからその購入や取り扱いは厳重に管理されています。
広島大学大学院先進理工系科学研究科の定金教授らの研究グループは、ウランを含まないPreyssler型の化合物が水溶液中で安定であることに着目して研究を進め、ウイルスの鮮明な電子顕微鏡像が簡便に得られることを見出しました。
背景
ウイルスの形状や大きさを明らかにすることはウイルス感染症研究の基本的かつ重要な過程です。ウイルスは20~300ナノメートルと小さく、観察には電子顕微鏡が用いられますが、ウイルスを明確に観察するには重い元素による染色が必須となります。
染色剤としては、酢酸ウラニル(放射性の結晶性固体)が長く用いられてきましたが、核兵器への転用の懸念から、販売および利用は厳しく管理されています。ウランを含まない染色剤としてリンタングステン酸も市販されて用いられていますが、このリンタングステン酸を用いた染色では、染色剤調整の手間が必要な上に、鮮明な像が得られない場合もあるという欠点がありました。
そこで、定金教授らのグループは、この市販されているリンタングステン酸の調整の手間を減らし、鮮明な像を得るためには水溶液中での安定性が重要だと考え、より安定性の高いリンとタングステンからなる化合物を用いることで、より容易にかつ鮮明な像を得ることに成功しました。酢酸ウラニルに劣らない鮮明な像が得られます。
研究成果の内容
染色に用いたリンとタングステンからなるPreyssler型構造を持つ化合物を図1に示します。この化合物は広範囲のpHの水溶液中で安定です。
大腸菌に感染するウイルス(細菌に感染するウイルスはファージと呼ばれます)であるT4ファージ(図2(a))は、ヘッド(頭部)とテール(尾部)と6本の細い足のようなテールファイバー(尾部繊維)を持っています。Preyssler型化合物を用いた場合(図2(b))には、ヘッド、テールおよび細いテールファイバーも鮮明に観察できます。一方、酢酸ウラニル(図2(c))を用いた場合はテールファイバーがはっきりとは観察できません。市販のリンタングステン酸(図2(d))を用いた場合は、テールファイバーも見えますが写真全体にムラができてしまいます。
T4ファージのみならず、その他の代表的なファージであるλファージやT7ファージでも鮮明な写真を撮ることができます。
今後の展開
今回は、Preyssler型構造を持つ化合物が良い染色剤となることを突き止めました。別の構造の化合物も検討することで、鮮明に姿かたちを明らかにできる染色剤を開発していきます。
参考資料
図1 Preyssler型リンタングステートの分子構造
図2 (a)T4ファージの構造、(b)Preyssler型リンタングステートを染色剤として用いた電子顕微鏡像、(c)酢酸ウラニルを染色剤として用いた電子顕微鏡像、(d)市販のリンタングステン酸を染色剤として用いた電子顕微
図3 (a)λファージの構造、(b) Preyssler型リンタングステートを染色剤として用いた電子顕微鏡像、(c)T7ファージの構造と(d) Preyssler型リンタングステートを染色剤として用いた電子顕微鏡像
論文情報
- 発表題目:Preyssler-type phosphotungstate is a new family of negative-staining reagents for the TEM observation of viruses
- 著者:佐廣浩一1, 河東康彦2, 小池香苗3, 佐野庸治1, 中井敏博4, 定金正洋1,*
1:広島大学大学院先進理工系科学研究科応用化学プログラム
2:水産研究・教育機構 水産技術研究所南勢庁舎
3:広島大学自然科学研究支援開発センター
4:広島大学竹原ステーション(水産実験所)
* : 責任著者
- 掲載雑誌:Scientific Reports
- DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-022-11405-3