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【研究成果】血中の遺伝子発現データと臨床情報の統合解析からサルコペニア診断に有効なバイオマーカー候補を発見

本研究成果のポイント

  • サルコペニアの診断に有効な血中バイオマーカー候補を発見
  • サルコペニアの病態メカニズムの解明と治療介入に期待

概要

 国立研究開発法人国立長寿医療研究センター(荒井秀典理事長)研究所の重水大智部長らの研究グループと広島大学大学院医系科学研究科循環器内科学(中野由紀子教授)の古谷元樹大学院生の研究グループが、サルコペニア患者と健常者の血液を用いた網羅的な遺伝子発現データ(RNAシークエンシング(*1))と臨床情報の統合解析から、歩幅と3つの遺伝子(HERC5、S100A11、FLNA)がサルコペニア診断に有効なバイオマーカー候補であると同定しました。また肥満パラドックス(*2)やサルコペニア肥満(*3)に代表されるように、高齢者の肥満評価は議論の多い点ですが、今回のバイオマーカー候補はBMIを考慮したリスク予測モデルにおいても有効であることが示され、サルコペニア肥満などの評価にも役立つことが期待されます。本研究で得られた知見は、サルコペニアの発症メカニズムの解明、リスク評価に関する研究に資するものであり、今後のサルコペニアのゲノム医療や治療開発につながるものと期待されます。
 この研究成果は、老年病分野の国際専門誌 「Journals of Gerontology Series A biological sciences and medical sciences」に2023年6月22日付で掲載されました。
 なお本研究は、AMED、国立高度専門医療研究センター医療研究連携推進本部(JH)、長寿医療研究開発費、厚生労働科学研究費補助金、科研費からの助成を受けて行われました。

掲載論文

掲載誌: Journals of Gerontology Series A biological sciences and medical sciences
著者: Motoki Furutani1,2, Mutsumi Suganuma2, Shintaro Akiyama2, Risa Mitsumori1, Marie Takemura3, Yasumoto Matsui3, Shosuke Satake4, Yukiko Nakano1, Shumpei Niida5, Kouichi Ozaki1,2, Tohru Hosoyama6 & Daichi Shigemizu2
 1.    広島大学 循環器内科
 2.    長寿医療研究センター メディカルゲノムセンター
 3.    長寿医療研究センター ロコモフレイルセンター
 4.    長寿医療研究センター 老年学・社会科学研究センター
 5.    長寿医療研究センター 研究推進基盤センター
 6.    長寿医療研究センター ジェロサイエンスセンター

論文タイトル
RNA-sequencing analysis identification of potential biomarkers for diagnosis of sarcopenia
DOI: 10.1093/gerona/glad150

背景

 サルコペニアは、筋肉量・筋力の低下をきたす老年病の一つで、高齢化社会の進展に伴い、患者数は増加傾向にあります。サルコペニアは、死亡や要介護化のリスクを向上させるため、早期診断・介入が望まれています。これまでのサルコペニア診断は、臨床測定値(主に身体活動に関するもの)が用いられていますが、遺伝子レベルの診断マーカーが、より正確なサルコペニアの診断の改善に役立つものと考えられます。

研究成果の内容

 研究グループは、国立長寿医療研究センターバイオバンクおよびロコモフレイルセンターに登録されている52名のサルコペニア患者および62名の健常者(normal control: NC)の血液を用いてRNAシークエンシング解析を行い、疾患発症に関連する遺伝子セットを網羅的に探索しました(図1)。
 また、同定した遺伝子セットと臨床情報を組み合わせた統合解析から(機械学習アルゴリズムの一つであるランダムフォレスト(*4)を適用)、サルコペニア発症予測モデルを構築した結果、歩幅と3つの遺伝子(HERC5, S100A11, FLNA)が最も高い予測精度の実現に貢献しました。これらのバイオマーカーは、BMIを考慮した場合においてもその予測精度は高く維持されたことから、サルコペニア肥満の評価にも有効である可能性が示唆されました(図2)。同定された3つの遺伝子は、筋炎や動脈硬化との関連が報告されており、サルコペニアの発症において炎症が大きな役割を果たしている可能性を改めて示しました。さらに、これらの遺伝子は血中だけでなく、筋肉でも発現していることが本研究で確認されました(図3)。したがって、これらのバイオマーカーはサルコペニアの診断に有効なだけでなく、筋肉量・筋力の低下をきたす疾患であるサルコペニアの病態メカニズムの解明にもつながる可能性が示唆されました。

図1 RNAシークエンシング解析の結果
疾患群と健常者群を比較して疾患発症に関連する
遺伝子セットを探索
 

図2 機械学習モデルの結果 (a)性別、年齢を考慮したモデル (b) 性別、年齢、BMIを考慮したモデル

図3 血液、筋肉でのHERC5、FLNA、S100A11の遺伝子発現検証
(a) 血液での発現 (b) 筋肉での発現
 

今後の展開

 研究グループは、分子生物学的アプローチ(RNAシークエンシング)解析)を通して、新たなサルコペニア診断に有効なバイオマーカー候補を同定しました。本研究で同定したバイオマーカーは、従来の臨床評価項目を中心としたサルコペニアの診断に新たな選択肢を提供できるだけでなく、サルコペニアの発症メカニズムの解明やサルコペニア予防の研究等に貢献すると期待されます。

用語説明

*1 RNAシークエンシング(RNA-seq)
次世代型シークエンサーを用いてメッセンジャーRNAの配列情報を網羅的に読み取り、得られた配列から遺伝子の発現を測定する。

*2 肥満パラドックス
一般的に肥満は、生活習慣病、認知症などのリスク因子とされるが、死亡リスクの低下が認められる肥満者が観察される。この現象は特に高齢者で多く認められる。

*3 サルコペニア肥満
サルコペニアと肥満が合併した状態を示す。サルコペニア肥満は、運動機能低下のみならず心血管イベントの発症率を高め、よりハイリスクな疾患と認識されている。

*4 ランダムフォレスト
機械学習アルゴリズムの一つで決定木とアンサンブル学習の2つを組み合わせた手法。回帰・分類問題のどちらにも使用でき、ジニ重要度を用いて特徴量の重要度の判断も行うことができる。

【お問い合わせ先】

広島大学病院循環器内科教授 中野由紀子
Tel:082-257-5540(平日10:00~17:00)
E-mail:nakanoy*hiroshima-u.ac.jp

(注: *は半角@に置き換えてください)


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