広島大学 大学院医系科学研究科 疫学・疾病制御学
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本研究成果のポイント
- 本研究では、広島市医師会および医師会臨床検査センターの協力を得て、医療従事者24,216 人分の血清検体を収集し、市販されている新型コロナウイルス抗体定量試薬5 種による抗体定量検査を行いました。その結果をもとに、異なる試薬間での新型コロナウイルス抗体価の換算式を開発しました。
換算式を使用することで、あるメーカーの試薬による測定値を他のメーカーの試薬に対応する値に換算し、比較することが可能です。 - 新型コロナウイルス抗体検査の標準化を進め、診断や免疫評価の精度向上に寄与することが期待されます。
概要
- 広島大学 大学院医系科学研究科 疫学・疾病制御学 Ouoba Serge 氏(博士課程後期)、KoKo 助教、杉山文講師、田中純子特任教授らの研究グループは、広島市医師会および医師会臨床検査センターの協力を得て、ワクチン接種後医療従事者の新型コロナウイルス抗体価に関し大規模な疫学調査を2021-2022 年に実施しました。本研究では収集した大規模検体に対し、新型コロナウイルスのS抗体※1 定量試薬(5種)を用いた検査および、N抗体※2定性試薬(3種)を用いた検査を行い、測定系の評価を行いました。
- その結果、S抗体価の測定系5種はいずれも相関性が高く、抗体価の換算式が算出可能でした。
- N抗体については、感染から数か月経過すると陰性判定となる場合があること、陰性化時期はメーカーにより相違があることが明らかになりました。
- 本研究は広島大学疫学倫理審査委員会の承認を得て行いました(第E-2123)。
- 本研究は、広島大学・広島県 官学連携による検査研究体制構築事業、ならびに国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED)の「新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業 官学連携COVID-19 研究体制を基盤とした、新たな感染症流行に対する危機管理も見据えたサーベイランス・疫学研究(代表 田中純子)」の一環として行われました。
発表論文
- 掲載誌:Journal of Medical Virology(Q1)
- 論文タイトル:Development of a unit conversion tool for five quantitative Anti-Spike assays and agreement analysis of three qualitative Anti-Nucleocapsid assays for SARS-CoV-2
- 著者:Serge Ouoba1,2, Aya Sugiyama 1, Ko Ko1, Ulugbek Mirzaev1,3, Kanon Abe1, Bunthen E1,4, Zayar Phyo1, Akemi Kurisu1, Tomoyuki Akita1, Kazuaki Takahashi1, Hiroshi Sasaki5, Tadashi Yamamoto5, Junko Tanaka1*
1. 広島大学大学院医系科学研究科 疫学・疾病制御学
2. Unité de Recherche Clinique de Nanoro (URCN), Institut de Recherche en Science de la Santé (IRSS), Nanoro, Burkina Faso
3. Department of Hepatology, Scientific Research Institute of Virology, Ministry of Health, Tashkent, Uzbekistan
4. National Payment Certification Agency, Ministry of Economy and Finance, Phnom Penh, Cambodia
5. 一般社団法人広島市医師会臨床検査センター
*責任著者 - DOI:https://doi.org/10.1002/jmv.29826
背景
新型コロナウイルス感染症のパンデミックは、世界で7億7,600万人以上の感染と700万人以上の死亡をもたらしました。診断テスト、ワクチン、および治療法は、この危機を管理する上で重要な役割を果たしてきました。その中でも、新型コロナウイルス抗体の定量測定は、自然感染やワクチン接種後に獲得される免疫能を推定するために重要です。現在、各メーカーから市販されている測定試薬のうち、一定の基準を満たすものは体外診断用医薬品として国の承認を受けています。
新型コロナウイルス抗体検査には主に2種類あります。一つは、感染またはワクチン接種による免疫応答を示すS抗体検査、もう一つは過去の感染を示すN抗体検査です。
S抗体定量値は各メーカーが独自に設定した基準単位で表されるため、異なる試薬の測定結果を比較することができません。自然感染やワクチン接種後の抗体価に関する検査機会が医療機関等で増える中、試薬ごとに異なる抗体定量値は混乱を招く要因となります。そのため、特定の単位に各試薬の測定値を換算する必要があります。また、N抗体定性検査については、自然感染後の陽性持続期間が十分に解明されていません。
研究成果の内容
本研究では、24,216人の医療従事者から得た大規模な血清検体を用いて、S抗体定量試薬5種による抗体定量検査およびN抗体定性試薬3種による抗体定性検査を行い、測定系の評価を行いました。
その結果、以下のことが明らかになりました。
- S抗体価を測定するために広く使用されている5種の定量試薬(アボットS-IgG、フジレビオSIgG、オーソS-IgG、シスメックスS-IgG、ロシュS-Total)を用いて検査を行いました。
- S抗体価の5 種の測定系はいずれも高い相関性を示し(図1)、抗体価の換算式を算出することができました。表1 に示した換算式を使用することで、あるメーカーの試薬による測定値を他のメーカーの試薬に対応する値に換算し、比較することが可能です。
- N抗体については、3種の定性試薬(アボットN-IgG、シスメックスN-IgG、ロシュN-total)を用いて検査を行いました。
- アンケート調査で新型コロナウイルス感染歴があると回答し、感染日も特定できた440人のN抗体陽性率を感染後の経過月数別に見ると、N抗体は感染後数か月で陰性になることがわかりました。また、陰性化の時期はメーカーによって異なることも明らかになりました(図2)。N抗体を過去の感染判定に用いる際には、この点に留意する必要があります。
図1.測定系(5種)の組み合わせ別にみたS抗体価測定値の散布図(N=24,216)
表1.5種のS抗体価測定系による測定値換算式
図2.新型コロナウイルス感染後 経過月数別のN抗体陽性率 3種試薬(ロシュ・シスメックス・アボット)の測定結果比較
今後の展開
本研究により、新型コロナウイルスS抗体定量検査の結果を統一的に比較可能にするための換算式が開発され、N抗体の陽性持続期間に関する知見も得られました。本研究成果は、新型コロナウイルス抗体検査の標準化を進め、診断や免疫評価の精度向上に寄与することが期待されます。
用語解説
*1:S抗体
ウイルスの外側にある突起(スパイク蛋白)に対する抗体で、新型コロナウイルスの感染やワクチン接種により上昇する。過去感染の判定、ワクチン後の中和抗体活性の判定に用いられる。
*2:N抗体
ウイルスの内側にあるヌクレオカプシド蛋白に対する抗体で、新型コロナウイルス感染により上昇する。ワクチン接種では上昇しない。過去感染の判定に用いられる。
- 【広島大学】24,216人の医療従事者から得た大規模な血清検体を用いて、新型コロナウイルス抗体価換算式を開発し、異なる試薬間の比較が可能になりました.pdf(1.29 MB)
- 学術誌: Journal of Medical Virology
- 広島大学研究者ガイドブック (田中 純子 特任教授)
- 広島大学研究者ガイドブック (杉山 文 講師)