• ホームHome
  • 薬学部
  • 【研究成果】膵臓の細胞からアルツハイマー病を抑制する因子が放出されることを発見しました

【研究成果】膵臓の細胞からアルツハイマー病を抑制する因子が放出されることを発見しました

本研究成果のポイント

 膵臓の細胞から神経保護因子が放出されていることを見出し、それがアルツハイマー病の進行を抑制する可能性があることを突き止めました。

概要

 広島大学大学院医系科学研究科の小澤孝一郎 教授および山口東京理科大学薬学部の細井徹 教授らの共同研究チームは膵臓β細胞からアルツハイマー病抑制因子が遊離されることを見出しました。
 これまでの研究から、アルツハイマー病抑制に寄与する脳由来の神経保護因子がいくつか報告されています。一方で、脳から離れた部位にある組織(抹消組織)由来の因子とアルツハイマー病との関連はよくわかっていませんでした。私たちは糖尿病患者の膵臓β細胞死はアルツハイマー病発症の危険因子となることに着目し、「末梢の膵臓β細胞から神経保護因子が分泌されているのではないか」との仮説を検証しました。本研究では、膵臓β細胞が神経保護因子(FGF23)を分泌し、神経細胞での翻訳誘導・細胞死抑制効果を示すことを見出しました。私たちは、膵臓β細胞と神経細胞間の相互作用がアルツハイマー病の進行を抑制する可能性があることを示しました。

 本研究成果はOxford Academicより出版されている「PNAS Nexus」に2025年1月28日に掲載されました。

Yazawa K, Nakashima M, Nakagawa T, Yanase Y, Yoda Y, Ozawa K, Hosoi T. Pancreatic β cell-secreted factor FGF23 attenuates Alzheimer's disease-related amyloid β-induced neuronal death. 
PNAS Nexus 2025, 4:pgae 542. 
doi: 10.1093/pnasnexus/pgae542.

 

背景

 アルツハイマー病は、記憶力や思考能力が低下していく神経変性疾患で、最終的には親しい人の顔もわからなくなり寝たきりになるなど、重篤な認知機能の低下に至ります。現在日本では79万人の患者がおり、根本的に進行を止めることのできる方法はありません。アルツハイマー病の原因としては「アミロイドカスケード仮説」が知られており、脳内にアミロイドβ(Aβ)という異常なたんぱく質が凝集・蓄積し、神経細胞死を引き起こすと考えられています。
一方、糖尿病は、インスリンという血糖値を下げる働きをもつホルモンの分泌・作用不足によって血糖コントロールに問題が起き、血糖値が高くなる疾患で、日本に579万人の患者がいます。全身の血管や神経にダメージを与え、心臓病や腎臓病、失明のリスクが高まります。インスリンは膵臓β細胞という細胞から分泌されるため、膵臓β細胞の機能不全や膵臓β細胞死が糖尿病の一つの原因となります。
 疫学的調査の結果、糖尿病とアルツハイマー病の関係が指摘されており、糖尿病の患者はアルツハイマー病の発症リスクが上昇することが報告されています。しかしながら、糖尿病ではなぜアルツハイマー病の発症リスクが上昇するかについて、その詳細は明らかにされておりません。そこで本研究では「膵臓β細胞からは神経保護因子(神経細胞を守ったり修復したりする物質)が放出されており、それがアミロイドβからのダメージを防いでいるが、糖尿病により膵臓β細胞が疲弊し、神経保護因子が放出されなくなる結果、アルツハイマー病に罹患しやすくなるのではないか」と考え、膵臓β細胞から放出される神経保護因子の探索を試みました。

研究成果の内容

 膵臓β細胞から神経保護因子が放出されている可能性を明らかにする目的で、膵臓β細胞の培養上清を神経細胞に処置し、アミロイドβによる細胞死に及ぼす影響を検討しました。その結果、膵臓β細胞の培養上清を処置した神経細胞では細胞死が抑制されました。また、膵臓β細胞の培養上清を熱処理したサンプルを処理した場合、その神経保護効果は消失したことから、本神経保護因子は熱感受性であることが示されました。なお本実験系において、膵臓β細胞より分泌されるインスリンは神経細胞死保護効果に関わらないことも確認されました。
 そこで次に神経細胞死保護効果に関わる新規因子を明らかにする目的で、保護効果を示した神経細胞における網羅的なmRNA発現解析を行いました。その結果、タンパク質の翻訳に関わるリボソーム関連因子が膵臓β細胞の培養上清を処置することで増加することが明らかになりました。実際に膵臓β細胞の培養上清を処置した神経細胞においてタンパク質の翻訳活性を測定したところ、翻訳活性の増加が確認されました。
 神経保護効果を示す膵臓β細胞由来の因子を遺伝子発現データベースで検討したところ、その候補としてFibroblast Growth Factor 23 (FGF23)が明らかになりました。FGF23は、膵臓β細胞より放出され、神経細胞の翻訳活性を上げ、Aβによる神経細胞死を抑制することが明らかになりました。以上より、膵臓のβ細胞が神経保護因子(FGF23)を分泌し、脳神経の細胞死を抑制し、アルツハイマー病を軽減できる可能性があることが明らかになりました。
 

今後の展開

 現在までに神経保護因子の多くは、脳の中に存在することが発見され、特定されてきました。一方で、今回の研究では、抹消組織である膵臓のβ細胞からも神経保護因子が放出されることが明らかになりました。今後は、今回の例で見られるように、抹消組織にも注目して研究を進めることで、新しい神経保護因子・神経変性疾患治療戦略の解明に役立てるものと思われます。

参考資料

【お問い合わせ先】

広島大学大学院医系科学研究科 教授 小澤 孝一郎
Tel/FAX:082-257-5332 
E-mail:ozawak@hiroshima-u.ac.jp
 (*は半角@に置き換えてください)
 


up