量子状態を選別した散乱実験による遷移金属錯体の光化学ダイナミクスの解明

本研究成果のポイント

〇光吸収に伴うヘテロレプティック遷移金属錯体の異なる配位子への電荷移動遷移を同定した。

〇電荷移動先の配位子の種類によりそれぞれ特徴的な光化学過程を示すことを、レーザー分光法とイオン・イメージング法により観測した。

〇ポテンシャルエネルギー曲面上での反応系を運動様式を敏感に検出する手法である状態選別散乱法は、多次元・多曲面系には適用困難とされてきたが、ヘテロレプティックな遷移金属錯体の反応様式を、光励起した電子遷移ごとに分離・同定することができた。

概  要

 光化学反応は、励起状態のポテンシャルエネルギー曲面上における分子の核運動、すなわち分子変形や結合解離がエネルギー障壁や安定化の影響を受けながら進行する。これまで反応機構の解明にはレーザー分光法や状態選別散乱法が用いられてきたが、多原子分子や励起状態密度の高い反応系では明瞭な反応機構の抽出が困難であった。

 この研究では、紫外可視領域に二つの吸収帯を有する金属ニトロシル・カルボニル錯体Co(CO)3NOを対象とし、380 nm光によるNO配位子への電荷移動励起(MLCT(NO))後のNO脱離ダイナミクスを調べた。放出されたNO分子は熱平衡から外れた特徴的な回転・振動エネルギー分布を示し、イオン・イメージング測定では異方性が強い散乱分布が観測された。これらの結果は、光吸収後に分子内エネルギーの再分配が完了する前の短時間でNO脱離が進行することを示している。

 CO配位子への電荷移動励起(MLCT(CO))による結果との比較を行い、MLCT(NO)とMLCT(CO)で生成NOの並進エネルギー分布がほぼ一致したことから、両反応は最終的に共通の励起電子状態へ緩和した後に解離することが明らかとなった。量子化学計算の結果も踏まえると、NO脱離は励起三重項状態を経由する間接的な機構で進行すると結論づけられる。以上より、どの配位子へ電荷が移動するかが光化学機構を決定づけ、とりわけ脱離配位子上の電荷密度が反応ダイナミクスを支配する重要因子であることが明らかとなった。本成果は、多配位子金属錯体の光反応機構の理解と光機能性材料設計に重要な指針を与えるものである。

【論文情報】
M. Haze, H. Nakata, K. Nagamori, and H. Kohguchi, “States-Resolved Detection of the NO Fragments From Photodissociation of Co(CO)3NO in Two Metal-to-Ligand Charge-Transfer Bands”. ChemPhotoChem 10, e70289 (2026) DOI:10.1002/cptc.70289


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