【研究成果】「冬水たんぼ」は水質保全に貢献する~冬季湛水により水田からのリンの流出が平均して26%低下~

水を巡る環境の保全には、周辺の河川に水を供給する水田も大きな影響をもたらしています。現在、水田における環境に配慮する農業の方法として、「冬水たんぼ」という農法が全国的に行われています。冬水たんぼとは、冬の間乾いた土地になっている水田に灌漑水を貯めておく農法のことで、湿地を利用する生物に生息地や産卵場所を提供し、その多様性を回復させることが報告されています。一方、冬水田んぼによって水田の状態が変わることで、流域環境の水質などに及ぼす影響はこれまでほとんど調べられてきませんでした。

そうした中、広島大学、京都大学、総合地球環境学研究所(地球研)などの研究者から成る研究チームは、実験室で疑似的な水田環境を再現し、冬水たんぼが水田から流れ出る栄養分、特に河川や湖沼などの富栄養化の主要因である「リン」の流出を調べました。その結果、冬水たんぼを行うことで水田からのリンの流出を平均して26%低下させる効果があることがわかり、生物多様性保全に限らず水質などの環境保全に関連した農業支援事業の枠組みへの冬水田んぼの有用性が示唆されました。

なお、本成果は2019年度に終了した地球研のプロジェクト「生物多様性が駆動する栄養循環と流域圏社会─生態システムの健全性」における研究結果をまとめたものです。

背景

水田は、日本をはじめとした東アジアから東南アジア諸国での主要な農地利用形態であり、稲作に利用されるだけでなく、湿地で生きる生物に生息地や産卵場所を提供し、生物多様性の維持にも寄与してきました。一方、圃場整備後の水田には、灌漑期に施肥由来の栄養分が流れ出ることで川や湖の水質汚濁や富栄養化を引き起こし、水資源の質を低下させたり漁業に影響を及ぼしたりする可能性があるため、川や湖沼の生態系を守る環境配慮型農法が求められています。

そうした中、広島大学大学院先進理工系科学研究科の石田卓也助教(元・地球研研究員)、京都大学生態学研究センター生態学研究部門の奥田昇准教授(元・地球研准教授)、地球研の池谷透(外来研究員)らの研究チームは、冬の間乾いた状態になっている水田に灌漑水を貯めておく当地の伝統的農法である「冬水たんぼ」、つまり「冬季湛水」が生物多様性保全のみならず水質保全のための環境配慮型農法になるという仮説を立てました。冬季湛水を行えば、冬の間、水田内にある水によって土壌表面に微生物が増殖したり、土壌の化学性が変化したりするので、春になって施肥を行った際にそれらの微生物や土壌に栄養分が取り込まれ、水田から流出する栄養分が少なくなることが予想されました。

方法

前述の仮説を検証するため、研究チームは、実験室で疑似的な水田環境を再現し、水田土壌を培養する実験を行いました。培養実験には滋賀県甲賀市の小佐治地区の土壌を使うこととし、冬季湛水を実施した水田と未実施の水田という隣り合う水田ふたつを1組として(写真1)、合計5組から採取しました。そして、疑似的な水田環境を再現した実験室で(写真2)、採取した土壌に肥料を加えて培養し、富栄養化の主要因となるリン濃度に加え、土壌の還元の進行を把握するための酸化還元電位、リン濃度に影響する表面水の鉄、アルミニウム、カルシウム濃度を測定しました。また、土壌表面に増殖した藻類が、水田の表面の水、すなわち表面水に含まれるリンを吸収するのではないかという仮定のもと、水田土壌の表面に増殖する藻類の量を把握するため、クロロフィル濃度も測定しました。

(写真1) 冬季湛水の様子。右が冬季湛水水田で、左が慣行農法の水田。慣行農法では、稲刈り後水田は乾田化している。

(写真2) 培養実験の様子。採取した土壌と灌漑水をプラスチックケースに詰めて30日間培養室で培養した。室内の明かりと温度は5月の現地状況を再現するように設定している。

結果

各組のリン濃度を比較した結果(図)、冬季湛水は施肥由来のリン流出を平均して26%低下させる効果を持つと推定することができました。さらに、表面水に含まれるリン濃度は、冬季湛水を実施した土壌と未実施の土壌ではっきりと差が認められる組と変わらない組があることがわかりました。差が認められた組の土壌では、還元された物質がたまる還元化が進んでいるという特徴がありました。

還元化が進んだ土壌では、鉄が還元されて表面水に溶けだします。溶けだした鉄は水中で速やかに酸化されて固体となり、再び土壌に沈殿していきます。酸化された鉄は、リンと非常に相性が良く、表面水中に存在するリンを吸着しながら土壌に戻っていくので、施肥由来のリンが速やかに土壌に取り込まれると考えられました。

土壌の還元化は施肥前の一定期間に湛水状態を維持しなければ進行しないので、冬季湛水は、春になって水田の表面水とともに流出するリンを抑制すると考えられます。そのうえ、土壌に取り込まれたリンは、再び土壌中で稲に利用可能な形態になるため、冬季湛水は効率的な施肥法であることが示唆されました。

一方、藻類の量を示すクロロフィル濃度は、冬季湛水と乾田化した土壌と比較してほぼ同じであったため、藻類のリンの減少への影響を確認することはできませんでした。土壌表面に増殖した藻類などの微生物の効果は、田起こしの際に土壌がかき混ぜられることにより測定しにくくなった可能性が考えられました。

(図) 表面水のリン濃度の変化。培養0日からのリン濃度の上昇は肥料を加えたことによる。冬季湛水を実施した土壌では、施肥後の濃度の上昇が緩やかで、速やかに低下している。

まとめ

以上のように、冬季湛水が生物多様性の回復だけでなく、水質保全にも役に立つことがわかりました。冬季湛水が生物多様性保全に限らず水質などの環境保全に関連した農業支援事業の枠組みに適用され、農家らが意欲的に取り組める環境配慮型農法になり、流域の生物多様性や水質が改善されることが期待されます。

論文情報

  • 掲載誌:Limnology
  • 論文タイトル: Effects of winter flooding on phosphorus dynamics in rice fields
  • 著者名: 石田卓也*、上原佳敏、池谷透、原口岳、淺野悟史、荻野陽平、奥田昇
    * 2020年3月まで地球研・栄養循環プロジェクト・研究員。同年4月から広島大学・大学院先進理工系科学研究科・助教。
  • DOI: 10.1007/s10201-020-00621-3
【お問い合わせ先】

<研究内容に関すること>
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助教 石田 卓也
TEL: 082-424-6544
E-mail: tkishida*hiroshima-u.ac.jp / isshinjo*gmail.com (注:*は半角@に置き換えてください)

京都大学生態学研究センター
准教授 奥田 昇
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