本研究成果のポイント
- 水中に分散する粘土鉱物へのカフェインの吸着過程を放射光X線回折により秒単位の直接観測
- 水中のカフェインが粘土鉱物に効率よく吸着されるメカニズムを理解
- 有機分子が多量に吸着されるには、粘土鉱物に取り込まれている微小な水分子の層を破断する過程が重要
概要
信州大学工学部および先鋭領域融合研究群先鋭材料研究所の岡田友彦准教授、公益財団法人 高輝度光科学研究センターの河口彰吾主幹研究員、広島大学大学院先進理工系科学研究科の森吉千佳子教授、島根大学総合理工学部の笹井 亮教授、 Vidyasirimedhi Institute of Science and Technologyの小川 誠教授らのグループは、層状の粘土鉱物(※1)が水に溶解する有機物を効率良く吸着する現象について、カフェイン(※2)をモデル物質として調査し、その機構を明らかにしました。
粘土鉱物の一つであるスメクタイトの層間は、様々な分子が取り込む(以降、ここでは便宜上吸着と呼びます)ことのできる小さな空間があります。表面積が大きい(700 m2/g:小さじ1杯でテニスコート4面弱ほどの面積)ために、例えば水中の有害物質を除去できる吸着剤応用に適します。この現象の実用例は、緑茶からカフェインを除去する技術です。水中の様々な物質を吸着することで知られる粘土鉱物ですが、多量な水が共存している状況での吸着機構は複雑であるために、基礎的な理解が進んでいません。本研究では、粘土鉱物(スメクタイト)が水中のカフェインを効率良く吸着するという現象に着目し、放射光X線回折(※3)によって層間を精密に直接計測することで、水中でのカフェインの吸着過程を追跡しました。層間に分子が多量に取り込まれると膨張しますので、分子の吸着による膨張挙動の直接観察は、分子との相互作用の強さを計る重要な指標の一つです。
ある種のイオンが層間に存在した場合には、水中でも水分子が二層で層間に安定に存在することがわかり、さらにカフェインを添加するとこの水の二分子層のような、小さなかたまりが徐々に解けて、カフェイン分子が水分子と入れ替わるように吸着される、という様子を捉えることができました。この水分子がカフェイン分子の吸着を促進しているようにも考えることができます。このように吸着過程での活性物質(今回は水分子の小さなかたまり)を理解することで、カフェイン以外の様々な両親媒性物質を効率的かつ多量に吸着し回収できる技術の開発指針が得られると期待できます。
本研究成果は、8月24日公開のLangmuir誌(米国化学会)に掲載されました。
発表内容
【背景】
水に溶解する微量の物質を選択的に除去できる吸着剤は、環境浄化、有用物質の回収をはじめ食品の品質向上などにも大きく貢献しています。高機能な吸着剤の設計指針を与えるには吸着機構の基礎的な理解が必要ですが、水溶液を扱う場合では、ターゲットとなる物質に対して水が多量であるために、共存する水の効果(主に吸着剤表面への水分子の吸着)を無視できません。
吸着機構の理解には、始状態から平衡状態に至る吸着剤の微構造変化を追跡することが有効な手段です。しかしながら、広く普及する吸着剤の多くは構造的に安定であること、また構造変化があると思われていても、実用的には吸着剤/水の体積比(濃度)は小さいうえに、分析装置の分解能と統計精度などの限界から、構造の追跡から吸着機構を実験的に議論するには限界がありました。そのため、まずは吸着にともない構造変化する吸着剤の中から、吸着過程で特に開始直後の構造変化がみられる物質系を探し出し、実験的に検討することから始めるのが理解の第一歩であると考えられます。
【研究手法】
粘土鉱物(スメクタイト)が水溶液中のカフェインを強く吸着する現象に着目し、本研究ではカフェインを吸着のモデル物質に選択し、粘土鉱物の構造変化を大型放射光施設SPring-8(※4)の粉末結晶構造解析ビームラインBL02B2において、放射光X線回折実験によって調査しました。(粘土鉱物の層間陽イオンを、カフェインの吸着に効果のある別の陽イオンで置換したものを用いています)。
カフェイン吸着に及ぼす水分子の効果を知るためには、まず始状態における粘土鉱物の構造を知ることが重要であると考え、蒸気吸着測定装置と放射光X線回折分析を用い、粘土鉱物の構造変化を調査しました。続いて、粘土鉱物を水に分散した状態でカフェイン水溶液を加え、その後の構造変化を秒オーダーの放射光X線回折実験で調べました。
カフェイン吸着前の、真空で乾燥した粘土鉱物に水蒸気を添加したところ、図1のように水分子が吸着され層間が拡大しました。飽和蒸気圧に近い環境においてもこの拡大幅は頭打ちし、拡大幅から水分子が2層(2WLs)を形成して吸着されていることがわかります。また、この水の2分子層は、多量の水に浸した場合でも安定であることが図2a下方のカフェイン添加前の結果からもわかります。
この層間はカフェインを添加した直後から拡大し始め、添加後1分間で連続的に増大したことがわかりました(図2)。この層間の拡大とカフェインの吸着量(平衡時)間は直線関係であることを実験で確認しています。溶媒を水から各種有機溶媒に変更し、カフェイン吸着後の構造を放射光X線回折などで調べた結果から、層間の水の2分子層のネットワークのサイズを小さくすると同時にカフェイン同士の接触面積を増やすように、粘土の層に対するカフェイン分子の傾きを大きくしながら吸着されると解釈しています(図2aの上方)。このように水の構造の乱雑さが増大することでカフェインが吸着されると考えられるため、層状化合物への有機分子の吸着には、層間の水和構造にも着目することが重要であると理解することができます。
図1:本研究で用いた粘土鉱物の調湿環境下で測定した放射光X線回折パターン:横軸が回折角で層間隔が広いほど左にシフトする
図2:水に浸した粘土鉱物の層間隔がカフェインの添加によって開いていく時間変化を放射光X線回折でとらえた様子:(a) 横軸が回折角で層間隔が広いほど左にシフトする;(b) 回折角を層間隔(縦軸:Basal spacingは層間隔と粘土層の厚さ0.96nmの和)に置き換えたもの
【今後への期待】
実用的にも重要な水溶液系での吸着性能は、吸着等温線(水溶液のターゲット濃度と吸着量の関係)を測定してこれらを比較することで評価されています。吸着等温線の形状から吸着機構の議論はある程度は可能ですが、実質的には吸着剤の適切な選択と開発は試行錯誤の連続です。本研究では、吸着剤の構造変化を放射光X線回折で直接追跡することで、カフェイン分子の吸着の駆動力が何かを理解することができました。一般に吸着機構の理解にあたってはどうしても吸着剤(層状物質)の構造やターゲット分子の構造や動きに着目しがちではありますが、本研究のように最も「見えにくい」水分子の構造や性質が重要であることを示しています。
他方、計算科学の格段の進歩により固体表面における水の集合構造をイメージする例が増えてきています。本研究の事例は、層状物質であるために分子の吸着に伴い層間が拡大する、というわかりやすい系でありますが、今後は計算科学の分野との連携を図りながら、水和構造をより正確に理解しつつ、さらに微小かつ短時間の構造変化を捕らえることで水中での物質吸着の理解を深め、選択的な吸着剤の開発が進むことを期待します。
【謝辞】
本研究は科研費(JP17H03129、 JP20H04466、 JP20K05661)、村田科学技術振興財団、タイ王国National Science and Technology Development Agency (NSTDA) (FDA-CO-2560-5655)の支援を受けて実施されました。
用語解説
(※1)粘土鉱物
粘土鉱物結晶の一つであるスメクタイトは、図1と図2の模式図にあるように負に帯電したナノメートル単位の薄いシートに陽イオンを挟んだ構造をもつ。この層間陽イオンは他の陽イオンと交換可能であり、陽イオン種を適切に選択すれば、有機分子がさらに多量に取り込まれ層間が拡大するので、様々な物質を水溶液から吸着できる。
(※2)カフェイン
覚醒作用を示す有機分子であり、コーヒーや緑茶抽出物などに含まれる。カフェインを摂取できない人向けにカフェインレスの緑茶が市販されているが、緑茶抽出物からカフェインを選択的に除去する技術として、粘土鉱物への吸着を利用している製品もある。
(※3)放射光X線回折
高エネルギーのX線回折によって結晶相を決定する手法のこと。本研究では大型放射光施設であるSPring-8を使用した放射光X線回折によって、水中での構造変化を秒単位で観測した。
(※4)大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等はJASRIが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。 SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
論文情報
- 掲載誌: Langmuir(コロイド・界面化学の専門誌)
- 論文タイトル: Important roles of water clusters confined in a nanospace as revealed by a synchrotron X-ray diffraction study(放射光X線回折研究によって明らかにされたナノ空間に閉じ込められた水クラスターの重要な役割)
- 著者名: 岡田友彦1、2、和泉佳奈1、河口彰吾3、森吉千佳子4、藤村卓也5、 笹井 亮5、 小川 誠2、6 (1信州大学工学部、2信州大学先鋭領域融合研究群先鋭材料研究所、3公益財団法人 高輝度光科学研究センター、4広島大学大学院先進理工系科学研究科、 5島根大学総合理工学部、 6Vidyasirimedhi Institute of Science and Technology)
- DOI: https://doi.org/10.1021/acs.langmuir.1c01322
【お問い合わせ先】
<研究内容に関する問い合わせ先>
信州大学工学部/先鋭領域融合研究群先鋭材料研究所 岡田友彦 准教授
Tel:026-269-5414 Fax: 026-269-5424
広島大学大学院先進理工系科学研究科構造物性研究室 森吉千佳子 教授
Tel:082-424-7399 Fax: 082-424-7398
島根大学総合理工学部物質化学科 笹井亮 教授
Tel:0852-32-6402 Fax:0852-32-6402
高輝度光科学研究センター 回折・散乱推進室 河口彰吾 主幹研究員
Tel:0791-58-2785 Fax:0791-58-2786
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国立大学法人島根大学 企画部企画広報課広報グループ
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公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課
Tel:0791-58-2785 Fax:0791-58-2786