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【研究成果】ポリマー半導体の高性能化に向けた新たな分子デザイン手法を開発~ポリマー主鎖のπ電子を非局在化して半導体性能を20倍以上に向上~

本研究成果のポイント

  • ポリマー半導体の化学構造を少し組み替えるだけで、π電子がポリマー主鎖に沿って高度に広がることを発見した。
  • これまで着目されていなかったポリマー主鎖内の電荷輸送性の向上に成功し、ポリマー半導体の電荷移動度が著しく向上した。

概要

広島大学大学院先進理工系科学研究科応用化学プログラムの尾坂格 教授、三木江翼 助教、京都大学アイセムスの深澤愛子 教授、名古屋大学ITbMの山口茂弘 教授、東京大学大学院新領域創成科学研究科の石井宏幸 特任研究員、物質・材料研究機構の角谷正友 主席研究員、高輝度光科学研究センターの小金澤智之 研究員らの共同研究チームは、ポリマー半導体(注1)の化学構造を少し組み替えるだけで、電荷となるπ電子が主鎖に沿って高度に非局在化し、半導体性能の一つである電荷移動度(注2)が20倍以上向上することを発見しました。
ポリマー半導体は、印刷プロセスで簡便に薄膜化できる半導体であり、有機トランジスタや有機薄膜太陽電池などの次世代のプリンテッドデバイス(注3)への応用が期待されています。しかし、これらデバイスの性能を左右する電荷移動度は、シリコン半導体などに比べて著しく低い値を示します。そのため、高い電荷移動度を示すポリマー半導体の開発が強く求められています。

ポリマー半導体の化学構造を少し組み替えるだけで、ポリマー主鎖内の電荷輸送性の向上に成功し、結果としてポリマー半導体の電荷移動度が著しく向上した。(©高宮ミンディ/京都大学アイセムス)

ポリマー半導体には、ポリマー主鎖に沿った「主鎖内」とポリマー主鎖同士の重なりを介した「主鎖間」の2つの電荷輸送パスがあります。従来は、律速である「主鎖間」の電荷輸送性を改善することが材料開発の指針でしたが、研究の進展とともに「主鎖間」の電荷輸送性の改善だけでは電荷移動度を向上させることは難しくなっていました。共同研究チームは今回、以前に開発していたポリマー半導体の化学構造を少し組み替えてやることで、電荷となるπ電子が主鎖に沿って高度に非局在化し、これまで着目されていなかった「主鎖内」の電荷輸送性が高まることを発見しました。その結果、ポリマー半導体の電荷移動度を著しく向上させることに成功しました。
本研究で見出した「主鎖内」の電荷輸送性を高める新たな分子デザイン手法を応用することで、さらに電荷移動度の高いポリマー半導体の開発が期待できます。

本研究成果は、10月22日13時(日本時間)にアメリカ化学会の科学誌「Chemistry of Materials」にオンライン掲載されます。

発表内容

【背景】

ポリマー半導体は、有機物(プラスチック)でありながら半導体の性質を持つ材料です。インク化することで印刷プロセスにより簡便に薄膜化できることから、有機トランジスタや有機薄膜太陽電池などの近年注目を浴びているプリンテッドデバイスへの応用が期待されています。これらデバイスの性能は、半導体材料の電荷移動度によって大きく影響されます。しかし、ポリマー半導体の電荷移動度は、シリコンなどの無機半導体に比べて著しく低い値を示します。そのため、デバイスの高性能化に向けて、高い電荷移動度を示すポリマー半導体材料の開発が求められています。
ポリマー半導体には、ポリマー主鎖に沿った「主鎖内」とポリマー主鎖同士の重なりを介した「主鎖間」の2つの電荷輸送パスがあります(図1)。ポリマー主鎖は炭素同士の共有結合で構成されているのに対し、ポリマー主鎖同士の間には共有結合がないため、主鎖内に比べて主鎖間の電荷輸送性は極めて低いものでした。そのため従来は、主鎖間の電荷輸送性を改善することに研究の主眼が置かれ、ポリマー主鎖同士の相互作用を強めてその距離を縮めることがポリマー半導体の開発指針として考えられていました。しかし、研究の進展により、主鎖間の電荷輸送性は大きく改善され、この開発指針に基づいて電荷移動度をさらに向上させることは難しくなってきていました。一方、より効率的な主鎖内の電荷輸送性を活かすことも重要でありながら、これに着目したポリマー半導体の開発研究は、開発指針(分子デザイン手法)が定まっていないこともあり、ほとんど行われていませんでした。
そこで共同研究チームは今回、主鎖内の電荷輸送性に着目してポリマー半導体の開発に取り組みました。

【研究成果の内容】

今回、共同研究チームは、以前に広島大学の研究グループが開発したポリマー半導体「PBTD4T」のBTD部分を、京都大学と名古屋大学の研究グループが共同で開発していたSPという化学構造に置き換えた「PSP4T」を合成しました(図2)。PBTD4TとPSP4Tは互いに化学構造が少し組み替わっただけの構造異性体の関係にあります。これらのポリマーを半導体層とする有機トランジスタを作製したところ、驚くべきことに、PSP4Tは2.5 cm2/Vs とPBTD4Tの0.1cm2/Vsに比べて一桁以上高い電荷移動度を示しました。大型放射光施設「SPring-8」(注4)のビームライン(BL46XU)にて、ポリマー薄膜のX線構造解析を行ったところ、PBTD4TとPSP4Tでは、ポリマー主鎖間の距離や秩序は同程度であることがわかりました。つまり、主鎖間の電荷輸送性は同程度であると推測されました。そこで、分子レベルの構造を調べるため、モデル化合物を用いてX線構造解析を行いました。すると、興味深いことに、いずれのポリマーも同様な炭素−炭素単結合と二重結合の繰り返し構造をもちますが、PSP4TはPBTD4Tに比べて、単結合と二重結合の長さの差が小さくなり、より1.5重結合性を帯びていることが分かりました(図3)。すなわち、PSP4TはPBTD4Tに比べて、ポリマー主鎖上にあるπ電子が高度に非局在化(注5)していることが明らかとなりました。さらに、物質・材料研究機構の研究グループが薄膜の光熱偏向分光測定(注6)を行ったところ、PSP4Tのポリマー主鎖はPBTD4Tのそれよりも秩序度が高いことがわかりました。すなわち、PSP4TはPBTD4Tに比べて、電荷が主鎖内を流れやすい構造を持っていることが明らかとなりました。第一原理計算(注7)によりポリマー主鎖のバンド構造を計算し、それに基づいて主鎖内電荷移動度を算出したところ、PSP4TはPBTD4Tよりも最大で30倍も高い値を示し、これまでに報告されたポリマー半導体の中でも最高レベルの性能であることが示唆されました。これらの実験的および理論的結果から、PSP4TがPBTD4Tに比べて顕著に高い電荷移動度を示したのは、主鎖内の電荷輸送性が著しく向上したことによると結論づけられます。
今回、ポリマー主鎖に沿ってπ電子を高度に非局在化させることで、主鎖内の電荷輸送性が高まり、電荷移動度が著しく向上することを見出しました。本研究は、ポリマー半導体の飛躍的な電荷移動度向上に向けた新たな分子デザイン手法を示す非常に重要な成果といえます。

本研究は、広島大学大学院先進理工系科学研究科の尾坂格 教授、三木江翼 助教、井口景太郎 氏(博士前期課程)、京都大学アイセムス(高等研究院物質−細胞統合システム拠点)の深澤愛子 教授、名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)・大学院理学研究科の山口茂弘 教授、同大学院理学研究科の早川雅大 氏(博士後期課程)、東京大学大学院新領域創成科学研究科の石井宏幸 特任研究員、物質・材料研究機構の角谷正友 主席研究員、高輝度光科学研究センターの小金澤智之 研究員らの共同研究によるものです。
本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業の基盤研究B(研究課題番号:16H04196, 21H01916)、研究活動スタート支援(研究課題番号:20K22535)、学術変革領域研究(A)「高密度共役の科学」(研究課題番号:20H05864)、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST研究領域「微小エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出」(研究総括:谷口研二)研究課題「バンド伝導性有機半導体を用いたハイブリッド型環境発電素子の開発」(研究代表者:岡本敏宏 東京大学大学院新領域創成科学研究科 准教授)などの支援を受けて実施されました。

【今後の展開】

従来のポリマー主鎖間の電荷輸送性を改善するという開発指針に基づいた研究では、ポリマー半導体の電荷移動度は頭打ちになりつつありました。今回の成果により、ポリマー主鎖内の電荷輸送性向上が可能となったことで、今後、さらにポリマー半導体の高移動度化が進むことが期待されます。高移動度ポリマー半導体の開発により、有機トランジスタのみならず有機薄膜太陽電池や有機熱電変換素子など、様々なプリンテッドデバイスの性能が飛躍的に向上し、IoT社会、低炭素化社会実現に大きく貢献することができます。

図1 ポリマー半導体中における主鎖内および主鎖間の電荷輸送パス

図2 ポリマー半導体PBTD4T とPSP4Tの化学構造。破線枠内がそれぞれBTDとSPの化学構造。これらは、BTD部位の青とSP部位の赤でハイライトした化学結合が組み変わっただけで、同じ炭素―炭素単結合と二重結合の繰り返し構造を持つ。

図3 モデル化合物の結晶構造および炭素―炭素間の結合様式と結合長。PSP4Tのモデル化合物はPBTD4Tのモデル化合物に比べて、単結合と二重結合の長さの差が小さく(二重結合は長く、単結合は短く)、1.5重結合に近づいており、π電子がより非局在化する。

用語解説

(注1)ポリマー半導体
 炭素―炭素単結合と二重結合が交互に連なったπ共役構造を主鎖にもつ有機高分子化合物(プラスチック)。π共役系ポリマーとも呼ばれ、起源は白川英樹(2000年ノーベル化学賞受賞)らにより開発されたポリアセチレンにあり、日本発祥の材料である。プラスチックでありながら半導体の性質を持つ。有機溶剤に溶けて、薄膜を形成するため、印刷できる半導体として、プリンテッドデバイスに応用されている。

(注2)電荷移動度
 半導体中を電荷(ホールまたは電子)が移動する速さを示す。一般に、cm2/Vsの単位を用いる。電界効果トランジスタの電流―電圧特性からその値を求めることができる。

(注3)プリンテッドデバイス
 インク化した半導体材料を印刷プロセスにより、大面積の電子デバイス作製を可能にする技術。特に、有機半導体を用いると、安価かつ軽量で柔らかいといった特長を持つことから、IoTセンサーやモバイル・ウェアラブル電源など、新しい応用を切り開く次世代の電子デバイスとして注目を集めている。代表的なものとして、有機トランジスタや有機薄膜太陽電池がある。

(注4)大型放射光施設SPring-8
 兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われている。

(注5)非局在化
 π共役系化合物において、π電子が1つの炭素―炭素結合に局在せず、π共役構造(炭素―炭素単結合と二重結合の繰り返し構造)全体に広がること。炭素―炭素単結合と二重結合の長さの差が小さくなり、1.5重結合性に近づくほど非局在化の度合いは大きくなる。

(注6)光熱偏向分光(PDS)測定
 分光した光で励起された試料の電子が、非輻射再結合により基底状態にもどる時の発熱を、プローブであるレーザー光の進行方向が変わること(偏向 deflection)によって検出する分光法。

(注7)第一原理計算
 量子化学に基づき、化合物の中の電子の運動をコンピュータの力を借りて計算する方法。原子番号と空間座標(化合物の構造)の情報を入力することにより、化合物のエネルギーバンド構造が求まり、それに基づいて電荷移動度を知ることができる。

論文情報

  • 掲載誌: Chemistry of Materials
  • 論文タイトル: “Extended π-Electron Delocalization in Quinoid-Based Conjugated Polymers Boosts Intrachain Charge Carrier Transport ”
  • 著者名:Tsubasa Mikie, Masahiro Hayakawa, Kenta Okamoto, Keitaro Iguchi, Shuhei Yashiro, Tomoyuki Koganezawa, Masatomo Sumiya, Hiroyuki Ishii, Shigehiro Yamaguchi, Aiko Fukazawa, Itaru Osaka
  • DOI: https://doi.org/10.1021/acs.chemmater.1c02072
【お問い合わせ先】

<研究に関すること>
広島大学大学院先進理工系科学研究科
教授 尾坂 格
Tel:082-424-7744 FAX:082-424-5494
E-mail:iosaka*hiroshima-u.ac.jp

<広報に関すること>
広島大学財務・総務室広報部広報グループ
Tel:082-424-3749 FAX:082-424-6040
E-mail:koho*office.hiroshima-u.ac.jp

<SPring-8/SACLAに関すること>
 高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課
  Tel:0791-58-2785  FAX:0791-58-2786
  E-mail:kouhou*spring8.or.jp

(注: *は半角@に置き換えてください)


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