【研究成果】世界初、水素の高効率製造法!高温・巨大施設での製法が、室温・実験室でも可能に

本研究成果のポイント

  • これまで高温(600~2000℃)、広大な敷地(数100メートル四方)を必要としてきた水素製造法が、室温付近(30-38℃)、小型装置(50cm程)でも可能に。
  • 本製造法は、次の三つの発見に基づく、世界初の手法である。
    1)メカノケミカル法(※1)により室温付近での熱化学サイクル(※2)が実現。
    2)反応容器内で、高温・高圧のホットスポット(※3)が生成し、そこで熱化学サイクルによる水素生成反応が繰り返し起きた。
    3)超臨界水(※4)が瞬間的・局所的かつ連続して生成し、水素製造を300倍加速。
    その結果、高温・巨大施設での製法が、室温・実験室でも可能になった。
  • 本製造法は海水からも高効率に水素を製造できる。そしてCO2を排出しない。
    また、オンサイト(必要な場所)、オンデマンド(必要な時)での水素製造に繋がる。

概要

 気候変動と環境汚染から、グリーンで低エネルギーなCO2を排出しない水素製造法は、極めて重要である。大学院生の山本拓哉氏(理学研究科 博士課程前期修了)、芦田翔氏(先進理工系科学研究科 博士課程前期)、自然科学研究支援開発センター(研究開発部門)の齋藤健一 教授らの研究グループは、ボールミル(※5)を用いた金属ナノ粒子合成中に、容器が天井に吹き飛ぶ程の大量の水素生成を、偶発的に見出した。安全な実験条件を探し、合計26種類の手法を用いた実験・理論の両面からメカニズムを詳細に研究したところ、金属がメカノ触媒(※6)、反応容器の材料が助触媒(※7)となり、原料の水が尽きるまで連続的に水素を製造する現象を見出した(純度>99%、収率1,600%)。特に、室温付近の温度(30-38℃)にも拘わらず、局所的には超臨界水が生成し、それが水素生成速度を300倍加速させた(図1)。
 水の熱化学サイクルによる水素生成は、高温(600~2,000℃)を必要とする。その高温を得るために、数100メートル四方の敷地を要する施設が利用されている(砂漠の超大型太陽光集光システム(10,000~150,000 m2相当の面積)、または原子力発電所の排熱)。その熱化学サイクルによる水素生成が、50cm程の大きさのボールミル内で、室温付近の温度で進行することを見出した。その鍵は、ホットスポットの生成にあった。また、海水を原料にしても水素が高効率に生成した。小型で低電力 (0.26 kW)の高効率水素製造は、オンサイト、オンデマンドでの水素製造に相当する。これらの成果はイギリス王立化学会発行の学術誌に掲載された。

発表論文

  • 論文題目:Room-temperature thermochemical water splitting: efficient mechanocatalytic hydrogen production
  • 著者名:Takuya Yamamoto,1 Sho Ashida,2 Nanami Inubuse,1 Shintaro Shimizu,2 Yui Miura,2 Tomoya Mizutani,2 Ken-ichi Saitow*,1,2,3
    1. 広島大学大学院 理学研究科 化学専攻
    2. 広島大学大学院 先進理工系科学研究科 化学プログラム
    3. 広島大学 自然科学研究支援開発センター 研究開発部門(物質科学部)
    * 責任著者
  • 掲載雑誌: Journal of Materials Chemistry A, 2024, 12, 30906-30918 (IF=10.7)
  • DOI: https://doi.org/10.1039/d4ta04650a
    ※    論文はオープンアクセスとなっているため、無料でご覧になれます。

背景

 気候変動と環境汚染から、CO2を排出しないグリーンで低エネルギーな水素製造法の開発は、極めて重要である。特に、水素を火力発電の燃料に用いると、排出物はCO2から水に変わる。これは持続可能社会の形成に極めて有用と言える。また、2024年5月に水素社会推進法案が閣議決定され、水素は益々重要になってきている。
 水素は多くの物質や商品の製造(アンモニア、化学薬品、肥料、プラスチック、医薬品、食品等)にも不可欠である。しかし、流通している水素の95%は、化石燃料を原料に製造されている(天然ガスや石炭の水蒸気改質)。この製法は高温(650~1,000 ℃)を得るのに多くのエネルギーを要し、また水素と同時に大量のCO2が生成する、いわゆる環境高負荷な手法である(例えばメタン16トンと水36トンの反応から水素8トンとCO244トンが生成)。従って、低電力かつCO2が発生しない水素製造法が重要で、水の電気分解や光触媒による水素製造が精力的に研究されている。
 一方、「力」が引き起こす化学反応があり、それはメカノケミカル反応と呼ばれる。火起こし、火打ち石も、摩擦・衝撃による酸化還元反応―メカノケミカル反応―である。2019年、国際純正・応用化学連合(IUPAC)は、今後10年の化学を飛躍的に進展させる10テーマの1つにメカノケミストリーを取り上げた。我々は2010年よりメカノケミカル反応の研究を行っている。
 この度、メカノケミカル法を用い、水の熱化学サイクルによる水素製造法を見出した。具体的には、金属を水中で粉砕しナノ粒子を作製する際、容器が天井まで吹き飛ぶ程の大量の気体が発生する状況に遭遇した。この気体を分析したところ純度99%の水素であった。その後、この研究をナノ粒子製造から水素製造のテーマに切り替え、安全な反応条件を探し、合計26種の手法を用いて実験・理論の両面から詳細に研究した。その結果、チタン金属がメカノ触媒、ボールミル容器の材料が助触媒となり、水が尽きるまで連続的に水素を生成することが明らかとなった。具体的には、水の熱化学サイクル(連続した酸化・還元反応)による水素生成が、室温付近の温度(30~38 ℃)で進行した。特に、容器内でのボール衝突時に、瞬間かつ局所的に高温・高圧状態(300~1,500℃、40,000―110,000気圧)となるホットスポットが生成し、それが超臨界水を作り、水素製造速度が300倍に加速することが明らかとなった。海水を原料にしても高純度水素 (>99%) が高効率に生成し、腐食性のハロゲンガスやCO2も発生しない。また酸素も発生しないため、水素と酸素の分離の工程も不要である。精製の工程なしで、純度99%の水素が得られる。

研究成果の内容

 水、金属粉末 (Al、Ti、Zn、Fe、Mn、Sn) 、粉砕ボールを粉砕容器に入れ、遊星型ボールミル(※5)で湿式粉砕した。反応中の容器内の温度と圧力をその場測定した。生成した気体をガスクロマトグラフィーで分析したところ、水素が99%以上で他の気体は1%以下であった。全ての反応は温度23 ℃から進行し、30~38 ℃で高効率となった。すなわち室温付近の温度で水素が生成し、CO2は生成せず、酸素の分離も不要な水素製造法である。
 その場測定した温度・圧力、状態方程式、化学反応式を用い、すべての系の水素生成反応を定量した。その結果、Sn以外の金属(Al、Zn、Fe、Mn)では70~100%の収率で水素が生成した。先行研究によると、水と金属(本研究で使用したもの)の反応による水素生成は、200℃以下の温度では進行しくいことが定説である。従って、本研究で観測された室温付近(30~38 ℃)での高効率水素製造は、大変特異的な反応と言える。
 更にTiを用いると、水素製造の収率は1,600%に及んだ。これは化学反応式(Tiと水の酸化還元反応)から想定される量の16倍となる大過剰の水素が生成した。その反応メカニズムは、反応で生じたチタン酸化物がボールミルの物質(タングステンカーバイドまたはステンレス)により還元され、再生したTiが水と反応し水素製造を繰り返す、熱化学サイクルと帰属された。水とTi酸化物の熱化学サイクルによる水素生成は、大型太陽光集光システムを用いた2,000 ℃程の高温で報告されている。それが室温付近(30-38℃)で50cm程の小型装置でも進行することを突き止めた。
 すべての金属粉末(Al、Ti、Zn、Fe、Mn、Sn)を用いた水素生成において、反応後の容器内の生成物を分析した。その結果、高温(300~1,600 ℃)で生成する金属酸化物が、複数確認された。理論計算からは、ボール衝突時に圧力4~11 GPa(約40,000~110,000気圧)、温度300~1,500 ℃の高温・高圧状態が示された。すなわち、反応中の平均温度は30~38 ℃であるが、局所的な反応場―ボールが衝突したマイクロメートルの空間とマイクロ秒の時間―、そこは高温・高圧となっていた。そのホットスポットが3,000個のボールの衝突で、1秒間に2,000回以上出現する。特にボールミルの回転速度を上げ、局所温度が水の臨界温度を超え超臨界水になると、水素生成速度が300倍に加速した。その他、酸化還元電位、活性化エネルギー、ギブズエネルギー、衝突エネルギー解析ならびにX線回折、X線光電子分光、各種分光測定等、合計26種類の手法を用いた測定・解析から、これら一連の反応が結論づけられた。
 我々のグループは30年程前から、超臨界流体(※4)の研究を別途行ってきた。水は高温・高圧の臨界点(374 ℃以上、22.1 MPa(218気圧))を超えると超臨界水になる。超臨界水は非常に活性が高く(強い酸化剤)、ステンレスさえ一瞬で酸化される。換言すると、超臨界水は物質を激しく酸化し、自分自身は容易に還元され、水素を生成する。実際、超臨界水と金属ナノ粒子、バイオマスとの反応による水素製造が報告されている。しかし超臨界水の生成は、一般的には特殊な装置(高温用ヒーター、高圧ポンプ、高温・高圧配管)が必要である。本手法は、ボールミルを特定の条件で稼働するだけで、瞬間・局所的に超臨界水が得られる。
 これまで、メカノケミカル法を用いた水素生成は複数あったが、そのほとんどはボールミルで反応物の金属を前処理(微細化)に用いる程度であった。また、前処理した金属は水(加熱したアルカリ水)と反応し水素を生成するが、連続的な反応ではなく、金属が酸化物になると水素生成は停止する。メカノケミカル法による連続的な水素製造もいくつか報告はあるが、熱化学サイクルではなく、水素生成量も本研究の1/250~1/35であった。
 以上、本研究ではメカノケミカル反応を用いて、高効率な水素製造を達成した。その理由は、以下の三つによる。1)室温付近での熱化学サイクルが実現、2)高温・高圧のホットスポットがボールミル内で生成し水素生成反応が進行、3)超臨界水が瞬間・局所的かつ連続して生成し、水素生成反応を高効率化。これら三つは世界初の発見で、得られた結果も世界初である。なお、本手法は低純度の水(海水、雨水、河川水、水道水)からも水素を製造でき、また酸素が発生しないため、他の手法で必要とされる水素と酸素の分離工程も不要である。これらの特色は、水の電気分解や光触媒による水素製造に対し優位と言える。また小型で低電力であるため、オンサイト、オンデマンドでの水素製造に向くことも、他の手法と比べ優位性があると言える。

今後の展開

本研究は3つの発見、1)室温付近での熱化学サイクル、2)高温・高圧のホットスポットがボールミル内で生成し水素生成反応が進行、3)超臨界水が瞬間・局所的かつ連続して生成し、水素生成反応を高効率化、に基づいている。これらを基に、他の系にも展開し、高効率の水素製造の研究を行う。また、類似の系を複数見出し、現在論文として投稿中である。今後は、更に高効率な反応条件を探し、また実用化を踏まえて展開していきたい。
 

参考資料

図1. 遊星型ボールミルを用いたメカノケミカル反応による水素生成の模式図。右は水の相図(状態図)である。点線で囲った領域は、超臨界状態の水、超臨界水を示す。

図2.  6種類の金属と水とメカノケミカル反応による水素生成の図。容器内の(a)温度の時間変化、(b)圧力の時間変化、(c)生成した水素量の時間変化、(d)水素生成の収率、(e)長時間反応での水素生成収率の時間変化、(f)蒸留水と海水による水素生成の比較、(g)熱化学サイクルによる水素生成の反応モデルの模式図。
 

図3. ボールミル容器内でのボール衝突時における(a)局所圧力と(b)局所温度の回転数依存性。(c)水の相図。点線で囲まれた領域は超臨界水。(d)水素生成速度の回転数依存性

用語解説

(※1)メカノケミカル法:物質に粉砕などの機械的エネルギーを加えることで、その物質の物理化学的性質や化学的性質を変化させる手法を指す。

(※2)熱化学サイクル:水と金属は高温になると反応する。この時、金属は酸化されて金属酸化物に、水は還元されて水素になる。金属が金属酸化物に化学変化すると反応は止まり、水素生成は停止する。一方、金属酸化物を高温や化学反応で金属として再生し(還元反応)、その金属が再び水と反応し水素を生成する、その反応サイクルを指す。

(※3)ホットスポット:粉砕ボールの衝突時における瞬間・局所的な高温・高圧状態を指す。

(※4)超臨界水:水が高温(374℃以上)、高圧(218気圧以上)にあるときの状態を指す。具体的には、物質を臨界温度・臨界圧力以上にすると、気体と液体の区別がつかなくなる。この状態の物質を超臨界流体と呼び、水の場合は超臨界水となる。超臨界流体は高校・化学の教科書にも記載されている。超臨界CO2は、カフェインレスコーヒーの製造、洗浄・乾燥・ドライクリーニングなどに利用されている。

(※5)ボールミル:硬質容器に硬質ボールと試料を入れて、高速で粉砕する装置を指す。本研究で用いた遊星型ボールミルとは、図1のように自転と回転を同時に行い、粉砕エネルギーを高めたものである。

(※6)メカノ触媒:反応をスムーズに進行させる物質のことを触媒という。その触媒の機能が、メカノケミカル的(力学的、化学的)な過程で発現する触媒を指す。最近の化学研究において、ホットな話題である。

(※7)助触媒:触媒の機能を上げる促進剤を指す。

【お問い合わせ先】

 広島大学 自然科学研究支援開発センター 研究開発部門(物質科学部)副センター長
 広島大学 大学院先進理工系科学研究科 化学プログラム(併任) 
 教授 齋藤 健一
 Tel:082-424-7487 FAX:082-424-7486
 E-mail:saitow*hiroshima-u.ac.jp
 URL: https://home.hiroshima-u.ac.jp/saitow/
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