広島大学大学院先進理工系科学研究科 准教授 村松 久圭
Tel:082-424-7575 Fax:082-422-7193
E-mail:muramatsu*hiroshima-u.ac.jp
(*は半角@に置き換えてください)
本研究成果のポイント
- 機械や電気システムの制御精度を悪化させる、ゆらぎのある振動(高調波)外乱の準周期性に着目
- 準周期外乱を推定・補償する準周期外乱オブザーバを開発
- 外乱抑圧感度(制御精度)の50%の改善に成功
概要
広島大学 大学院先進理工系科学研究科 機械工学プログラムの村松久圭准教授は、産業用ロボットなど、繰り返し運転を行う機械・電気システムに頻繁に現れ、その制御精度を悪化させる高調波(振動)外乱の問題に対し、ゆらぎを含む高調波を精密に観測・補償する制御アルゴリズム「準周期外乱オブザーバ」を開発しました。
本研究は、外乱の準周期性*1に着目した点が世界的に稀有であり、準周期外乱を独自に定式化することで、高調波に含まれる「ゆらぎ」を捉えることに成功しました。そして、定式化された準周期外乱のモデル*2に基づき、準周期外乱を推定・補償する制御アルゴリズムを導出しました。
準周期外乱オブザーバの特徴は、高調波のゆらぎに対して強い点にあります。従来技術では、高調波にゆらぎが生じた場合に性能が著しく悪化してしまう問題や、他の性能とのトレードオフが存在していました。これに対し、村松准教授が過去に開発した周期/非周期分離フィルタ*3を活用し、ローパスフィルタ*4を適切に設計することで、従来技術が直面していたトレードオフへブレイクスルーを果たしました。これが、高調波のゆらぎに対する強さの獲得につながりました。
今後の展開として、高調波は機械および電気システムにおいて幅広く生じる問題であり、これら産業機器への実装と実用化を目指します。
本研究成果は、2025年5月16日に学術専門誌IEEE Transactions on Control Systems TechnologyのEarly Access版へ掲載されました。
論文情報
- 掲載雑誌名
IEEE Transactions on Control Systems Technology - 論文名
Quasiperiodic Disturbance Observer for Wideband Harmonic Suppression - オンライン版URL
https://ieeexplore.ieee.org/document/11006295 - 論文公開日
2025年5月16日 - 著者
Hisayoshi Muramatsu
背景
高調波外乱は機械および電気のあらゆるシステムにおいて生じ、システムの制御精度を悪化させてしまう問題です。例えば、産業用ロボットには精密かつ長時間の繰り返し運転が求められています。しかし、その繰り返し動作や周囲に存在する振動源によって高調波外乱(振動、姿勢変動、重力、摩擦、リップル、等)が生じ、これらが制御精度の劣化を招きます。そこで、本研究はこの問題を解決するため、制御アルゴリズム開発に取り組みました。
高調波外乱は基本周波数の整数倍となる特定の周波数に現れる波(図1)であり、それら全てを的確に補償する必要があります。さらに、現実の高調波が厳密に周期性を満たすことは稀であり、実際には振幅や周波数にわずかなゆらぎを伴う場合がほとんどです。特にこの「ゆらぎ」を適切に扱えるかどうかが、制御手法の実用性と有用性を左右します。本研究は、そのようなゆらぎを含む高調波を抑圧するため、広帯域な高調波抑圧を実現する準周期外乱オブザーバの研究を実施しました。

図1.高調波
研究成果の内容
本研究は、村松准教授が過去に提案した準周期性の定義および周期/非周期分離フィルタに関する知見(H. Muramatsu, “Separation and Estimation of Periodic/Aperiodic State,” Automatica, vol. 140, p. 110263, 2022.)を起点として実施しました。まず、高調波と直流成分を含む周期外乱の定義を、ゆらぎのある準周期外乱へと拡張しました。そして、外乱を推定するため、外乱オブザーバと呼ばれるアルゴリズムを採用し、1次ローパスフィルタを伴う制御対象*5の逆モデルと共に外乱を推定しました。この推定外乱から零位相ローパスフィルタを統合した周期/非周期分離フィルタを通じて準周期外乱を推定することに成功しました。推定した準周期外乱をフィードバックすることにより、実際の準周期外乱を補償することが可能となります。これら準周期外乱オブザーバの一連の流れを示したものが図2です。
準周期外乱オブザーバの既存技術に対する優位性は、従来手法(繰り返し制御や周期外乱オブザーバ)が直面していたトレードオフを克服し、広域高調波抑圧・非周期外乱の非増幅・高調波抑圧周波数の非逸脱の機能を同時に実現した点にあります。これら性能を検証するためにモータを用いて実験を実施し、その結果が図3になります。本結果は外乱に対する感度を表しており、ゲインが小さいほど外乱を抑圧し、大きいほど外乱を増幅することを意味します。各手法は、特定の高調波が存在する周波数においてゲインを低下させる機能を有しており、従来手法では非周期外乱の増幅や、高調波抑圧周波数の逸脱といった問題が確認されました。これに対し、準周期外乱オブザーバは前述した広域高調波抑圧・非周期外乱の非増幅・高調波抑圧周波数の非逸脱という3つの機能を同時に実現しました。そして、ゲインの全周波数に渡る平均値を比較した結果、準周期外乱オブザーバは図3の各従来手法に対して、65%および50%のゲイン削減(外乱への感度削減)、即ち制御精度向上に成功しました。

図2.準周期外乱オブザーバ


図3.外乱抑圧性能の検証実験
今後の展開
これまでに、繰り返し運転を行う多軸ロボット(図4)において、位置決め制御の高精度化に対する有効性を実験的に確認しています。そこで今後は、具体的な応用先として、産業用ロボットの位置決め制御のさらなる高精度化へ取り組んでいきます。
一方で、高調波の問題は機械および電気を問わず幅広い分野で確認されている課題です。本研究で開発した、ゆらぎを含む高調波に対して堅牢な準周期外乱オブザーバは、実用性の高い制御アルゴリズムとして確立されています。この実用性を活かし、さらに多様な機械・電気システムへの応用が期待されます。

図4.多軸ロボット
用語解説
*1) 準周期性:一周期ごとの変化が緩やかな、おおよそ周期的な性質
*2) モデル:現象やモノの数式表現
*3) 周期/非周期分離フィルタ:信号を準周期・準非周期信号へ分離するアルゴリズム
*4) ローパスフィルタ:緩やかに変化する信号のみを通過するアルゴリズム
*5) 制御対象:ロボットやモータなど、操作しているモノ
謝辞
本研究は双葉電子記念財団および日本学術振興会 科学研究費助成事業 JP25K17560の支援を受けて行われました。
また、本研究成果は、広島大学から論文掲載料の助成を受けています。