LEE JI HA 助教にインタビュー!

実生活で役立つ物質を超分子ゲルにより生み出す研究

容易にリサイクルできる新時代のプラスチック。

 SGDsが提唱され、環境問題への意識もさらに高まりを見せる現代。課題のひとつである現行プラスチックの代替を実現する可能性を秘めているのが、私が研究している「超分子ゲル」です。

 一般的に物質は、複数の分子が強く結びつく「共有結合」をすることで形を保っています。プラスチックなどはその例で、分子同士の強力な結びつきにより実生活で必要な強度を保つ反面、分解して廃棄したり、再利用をするのは困難とされています。一方、超分子は「超分子相互作用」と呼ばれるゆるい結びつきで

分子同士が繋がり、ネットワークを形成した状態を言います。ゆるい結びつきなので、温度変化や光などの外部刺激によって構成分子がくっついたり離れたりするほか、構成分子単独では発揮できない機能を発現するといった特徴があります。
 「超分子ゲル」はこの超分子相互作用を利用して作ったもので、イメージとしてはグミやコンタクトレンズのようにプルプルとした、液体と固体の間のような物体です。ゲルをマイクロスコープで観察すると、線と線が繋がった網目構造のようになっており、線同士の間には架橋点と呼ばれる結合部分が見えます。このゲルに光を当てたり水をつけたりといった外部刺激を加えると、ゲルの硬さが変わったり、伸縮したりと面白い変化を見せてくれます。実験を重ね、私たちはこのゲルが既存のプラスチック以上の強度になると見出しました。仮にこれを「プラスチックゲル」と呼びましょう。このプラスチックゲルは実生活で活用するのに十分な硬さを持ちますが、超分子作用で結びついているため外部刺激を加えることで、分解することも可能となります。容易にリサイクルでき、環境問題に貢献できる新しい超分子ゲル材料の創製を目指して研究を進めているところです。

医療への貢献も視野に超分子結合の抱える課題と向き合う。

 超分子の力を使ってできるのは、新しい素材を作ることだけではありません。私が取り組んでいる研究のひとつに、超分子ゲルを利用した「DDS(Drug Delivery System)」があります。これは薬物送達システムと呼ばれ、必要な部位に必要な量、必要な時間をかけて薬を届ける技術です。研究ではタンパク質で作ったゲルにモデル薬物を混ぜて乾燥させ、フィルム状にしたものの分析を行っています。ゲルにはあらかじめ服薬する人に合わせて適切な量の薬を混ぜることができます。また、フィルム状にすることで絆創膏や化粧品のシートマスクのように皮膚に応用できるのもポイントです。
 分析する際に調べるのは、フィルムの強度、伸張度、薬の放出量などについてです。ここでは私が行った多糖類フィルムを使った実験についてご紹介します。同じ薬が入った添加剤が多いシートと少ないシートをそれぞれ水に浸し、同じ時間が経過したものを比べました。すると、添加剤が多いシートは少ないシートの1.5倍も伸び、薬の放出量も倍近くになるという結果が得られました。
 しかし、超分子相互作用で繋がる物質は外部刺激に弱いため、共有結合と比べ安定性を欠くと言われています。安定性を向上させるためには、強度の強いシートを作ればいいわけですが、そうすると薬の放出量は減ってしまいます。反対に、シートに伸縮性を持たせると薬の放出量は増えますが、安定性がなくなってしまうというジレンマがあります。こうした課題をクリアするためデータを集め、社会での実用化を目指して研究を続けています。

研究の醍醐味は失敗から新たな可能性を見出すこと。

 私がこの超分子化学の面白さに触れたのは、大学4年生のことでした。実験室で初めてゲルを作ったときに「わ!」と感動したのです。この研究にもっと携わりたいと感じ、周囲の心配をよそに博士課程まで行くと決心しました。これは私にとって大切な経験であり、当時感じたワクワク感が研究者としての原点となっています。今回ご紹介した超分子ゲルをはじめに作ったときにも、ワクワクしたことを覚えています。最初にマイクロスコープで見たゲルは網目構造のようになっているとお話ししましたが、それが確認できなかったのです。学生からは「失敗しそうですね」と言われましたが、これまでのものとは異なった可能性を感じ、もっと面白い結果が出せると確信しました。理論的にはうまくいくはずのことができず、想像もしなかった結果が現れたときの方が断然面白いと私は感じます。そして、研究をする上で大切になるのは諦めずに続けることです。ときには1つのテーマに1年以上かかることもあるので、しっかりとエビデンスを積み重ね、着実に結果を出せるよう研究を進めています。
 研究室には、7名の学生が所属しています。面白そうだからと進路を決めた学生もいれば、化粧品メーカーで働きたいからという明確な目的を持った学生もいます。かつての私がそうだったように、何かをはじめるときの理由はなんでも良いのではと思いますが、進路について考えている方は自分が興味のあるものを大切にしてください。この研究室の魅力は、新しい物質を作れるだけでなく、その過程にある化学的なストーリーを楽しめることです。まだ誰も挑戦していない面白いことをしたいという方も歓迎します。

Lee Ji Ha 助教
JI HA LEE

サスティナブル材料プロセス工学研究室

1987年4月 韓国生まれ
2010年2月 Department of Chemistry, Gyeongsang National University (S. Korea), B.S           
2015年2月 Department of Chemistry, Gyeongsang National University (S. Korea), Ph.D               
2015年-2017年 日本学術振興会 特別研究員(北九州市立大学, 櫻井 和朗先生)
2017年-2019年 CREST研究員 (北九州市立大学, 櫻井 和朗先生)
2020年- 広島大学大学院先進理工系科学研究科 化学工学プログラム 助教


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