今任 景一 准教授にインタビュー!

今任 景一 准教授にインタビュー

スマート高分子材料を使った新しい接着剤、ソフトロボットの開発。

現代の課題に応える新しい光解体性接着剤。

 私の研究テーマは機能性色素と高分子をかけ合わせて作る、スマート(刺激応答性)高分子材料の開発です。高分子とはプラスチックや樹脂、ゴムなどの材料の総称です。機能性色素とは熱や光などの外部刺激によって色などの性質が変化する色素のことで、身近な例として、紫外線を受けると色が変わるサングラスや、ボタン操作で日よけができる飛行機の窓(電気シェード)などにすでに応用されています。機能性色素には他にも光で液状化したり、力を与えると発光したりと様々な機能を持つものがあり、そうした色素を高分子に導入することで新しい機能を持つ材料の開発を目指しています。現在は力、光、電気に応答する機能性色素を中心に、接着剤の開発とソフトロボットへの応用などについて研究中です。
 

 まずは接着剤についてお話ししましょう。現在、あらゆる分野でマルチマテリアル化が進んでおり、異なる種類の複数の材料を組み合わせるために、将来的には接着接合が主要な手段になっていくと考えられます。さらに、リサイクルによる資源循環が社会課題となっており、解体しやすく被着材への影響を最小限に抑えられる接着剤への需要が高まっています。研究では車や航空機、福祉用具などでの利用を想定した金属と樹脂の接着を目指し、光刺激で解体できる2種類の接着剤を試作しています。1つは極性(親水性・疎水性)が変化する機能性色素を用いたもので、紫外線で強く接着し可視光で剥がれます。現状、この接着剤は紫外線を照射したときに縦横1cmの接着面積で数kgの重さに耐えることができます。

 もう1つは熱の影響を受けにくく、光だけに応答してガラスと液体の状態を行き来することができる接着剤です。可視光が当たると硬いガラスの状態になって強く接着する一方、紫外線を当てると液体になって剥がれます。現状の課題は、強度が実用に使えるような値にまだ届いていないことです。これは機能性色素や高分子の構造を変えることで解決します。みなさんが化学と聞いて想像される、フラスコに材料を入れて振って混ぜる、あれで構造を変えた分子や高分子を作ります。専門的には有機合成と言いますが、機能性色素、高分子ともにオリジナルのものを作ることができ、目的や用途に合わせて可能性を追求しています。

有機合成の様子

 将来的に光解体性接着剤が利用可能になると、リサイクルのしやすさはもちろん、仮接着ができるといった特徴が重宝されるのではと考えています。狙った場所だけをすぐにくっつけたり剥がしたりできるという扱いやすさで、模型などの用途にも応用されるかもしれません。

人と触れ合うロボットに必要な”柔軟さ”を実現する。

 続いて、ソフトロボットについてご紹介します。ソフトロボットとは構造的に柔らかさを持つロボットで、繊細な力加減が必要とされるシーンでの利用が想定されます。これから先のロボットは、さらに密接に人と関わり、日常生活に溶け込むようになると考えられます。人と直接触れ合える柔らかさを持つ安全なロボットを開発するために、スマート高分子材料を使ったソフトアクチュエーターの開発を行っています。アクチュエーターとはエネルギーを動作に変換する装置のことで、ソフトアクチュエーターは素材そのものが伸び縮みする力を利用して動くことができます。例えばゴムのような柔らかな素材が外からの刺激を受けて、手で触らなくても勝手に伸縮するようなイメージです。用途や特性を踏まえ、研究では電気エネルギーでの制御に挑戦しています。

 通常、電気でアクチュエーターを動かすには電源に繋がったプラスとマイナスの電極でアクチュエーターを直接挟む必要がありますが、実験ではアクチュエーターを電極から離して少し遠い位置に置いても、ワイヤレスで作動できることを実証しました。配線がなくなったことで様々なものへの応用が期待できます。また、機能性色素の割合を増やすと伸縮も大きくなるという結果が得られ、用途に合わせて伸縮度を調整できることも判明しました。反面、繰り返し刺激を与えると反応が悪くなるという結果が出ており、耐久性を高めることが今後の課題です。

 実験に使ったアクチュエーターは一辺が約1mmの立方体ですが、より小さなサイズに小型化することもできます。ソフトロボットは比較的新しい分野で、アクチュエーター自体は手の代替というイメージが強いのですが、体に装着して使用するウェアラブルデバイスにも活用できないかと思案中です。ゆくゆくは、SFに出てくるような体内で動くロボットの研究にも着手したいですね。小さなスケールでの応用は素材そのものが伸縮する機能を持っていないと難しいと感じており、その柔らかさを活かしてよりミクロで精密な方へと可能性が広がっていくのではないかと想像しています。

化学はアート。自分でアイデアを出し形にすることを楽しむ。

 機能性色素や高分子を扱う研究の魅力は、自身のアイデアや工夫次第で想像したものが創れる点です。色素も高分子も組み合わせ次第で無限に新しいものが生まれる可能性があり、創造力を駆使して様々なことに挑戦することができます。私は大学4年生の頃に初めて高分子の研究に触れ、機能性色素の研究を本格的に始めたのは広島大学に赴任してからです。4年生で研究を始めたばかりの頃は自分が研究者になるとは一切思っておらず、研究を進めるうちに楽しさに目覚めていきました。

 大学院生のときに読んだ本(安宅和人著「イシューからはじめよ 知的生産のシンプルな本質」)に、1938年にノーベル物理学賞を受賞したエンリコ・フェルミ先生の言葉、『実験には2つの結果がある。もし結果が仮説を確認したなら、君は何かを計測したことになる。もし結果が仮説に反していたら、君は何かを発見したことになる。』が書かれており大変印象に残っているのですが、私自身も予想しなかった結果が得られたときや、新しいアイデアを考えているときに研究の楽しさを強く感じています。化学は結果がすぐに出るので、何度でもトライできる(仮説→実験→考察→仮説のサイクルを回せる)点も魅力です。

 仮説を立てたり新しいアイデアを考えたりする上で学生とのディスカッションも非常に有意義な時間で、自分で見つけた新しい結果や思い浮かんだアイデアを持ち寄ってくれると嬉しくなります。学生の進路としては化学メーカーに就職する人が多い印象です。おもしろそうだからと研究室に来る学生も多く、かつての自分と重なることもしばしばですが、自分のセンスで新しいものを考え形にする過程を楽しんでもらえていると感じています。

 2016年にノーベル化学賞を受賞したサー・フレイザー・ストッダート先生の言葉に、『化学は単なるサイエンスではなく、創造的なアートでもある』『化学はすべてのサイエンスの中で最もクリエイティブな学問』というものがあります(現代化学 2020年4月号)。また彼は、『すばらしい化学者たちが創り出したオリジナルな分子は、分子を見るだけで誰の研究かすぐにわかる』とも述べており、近い将来、そのようなオリジナルな分子を創ることが私の目標です。興味のある方はぜひ、アーティストのように研究する楽しさを感じに研究室にお越しください。

今任 景一 准教授
IMATO KEIICHI
機能性色素化学研究室

2014年9月   九州大学 大学院工学府 物質創造工学専攻 博士課程修了 博士(工学)
2014年10月 日本学術振興会 特別研究員 PD
2014年11月 スイス フリブール大学 Adolphe Merkle Institute 訪問研究員
2015年4月   東京工業大学 大学院理工学研究科 有機・高分子物質専攻 博士研究員
2016年4月   早稲田大学 先進理工学部 生命医科学科 助教
2019年1月   広島大学 大学院工学研究科 応用化学専攻 助教
2019年1月   文部科学省 卓越研究員
2020年4月   広島大学 大学院先進理工系科学研究科 応用化学プログラム 助教
2020年6月   文部科学省 HIRAKU-Global 選抜教員
2021年10月 科学技術振興機構 さきがけ研究者
2022年10月 広島大学 大学院先進理工系科学研究科 応用化学プログラム 准教授
 


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