水沼 正樹 教授にインタビュー!

水沼 正樹教授にインタビュー!

モデル生物(酵母と線虫)を用いて寿命メカニズムの解明に取り組んでいる。

老化はどのようにして起こるのか。ヒトによく似た酵母でメカニズムを探る。

水沼先生写真

 日本は「平均寿命」世界一を誇ります。2019年の統計で見ると男女平均で84歳。しかし、「健康寿命」という指標を見てみると男女平均で74歳となり、10年ほどの差があります。この10年間はいわゆる寝たきりや認知症などを患う「不健康な期間」です。このギャップの解消に向けて、注目されているのが「老化の仕組みを知る研究」です。特に、超高齢社会を迎えた日本では、老化による疾病を防いで、「健康寿命」を延長することへの期待が高まっています。端的に言えば、亡くなる直前まで元気に活動する「ピンピンコロリ」という人生を多くの人が望んでいるということです。 

 「健康長寿研究室」では、健康長寿につながるメカニズムの解明に挑み、健康長寿を阻む「老化」について研究しています。「アンチエイジング」とは「抗老化」を考えることです。老化は生物にとって普遍的な現象であり、人間はもとより、微生物などもみな老化します。そこで、どのようなメカニズムで寿命が制御されるのか、普遍的な寿命制御のメカニズムは存在するのか、それらの研究成果が病気の予防や遅延、改善につながるのか、といったことを研究テーマとしています。

 研究の際に用いる「モデル生物」には、研究成果の得やすい、短寿命の生物を選んでいます。私たちのグループでは、単細胞生物の「酵母」と、多細胞生物の「線虫」を用います。酵母の寿命は1週間ほどで、線虫は1か月ほど。ハエやマウスなどより扱いやすいことも大きなポイントです。

 「酵母」は昔から大変よく使われてきたモデル生物のひとつで、ヒトとよく似た遺伝子を持っています。6000ある酵母の遺伝子のうち40%がヒトと相同性があり、ヒトの遺伝子を酵母に移植しても機能するといったことから、酵母はヒトの生命を研究するのに理想的なモデル細胞という意味で、「究極の細胞」と言われます。酵母を使った研究で多くの科学者がノーベル賞を受賞されていて、「オートファジー」の発見で2016年にノーベル医学生理学賞を受賞された大隅良典先生も、酵母をモデル生物とされていました。

 私たちの研究グループでも1998年に、出芽酵母のカルシウム情報伝達経路が真核生物の細胞周期の制御に関与することを世界に先駆けて発見し、2016年には寿命の延長に関わる「長寿遺伝子」も見出しています。

線虫を使った実験も多くの成果をあげる。健康神話のひとつを実証したことも。

 もうひとつのモデル生物の「線虫」は、がん検診にも利用されるようになって、広く知られるようになりました。この線虫を使った研究成果のひとつとして、昔から言われている、「抗酸化物質が寿命延長に役立つ」ということを実証したことが挙げられます。線虫にビタミンCやE、コエンザイムQ10、ぶどうの皮やウコン、ブルーベリー等に含まれる天然成分などを摂取させた結果、寿命の延長のほか、細胞老化の誘因である酸化ストレスへの耐性が上がることやストレス応答遺伝子が発現することなどが確認されました。このとき、温度や餌などの環境因子が寿命制御に関わることも見出しています。

 また、酵母と線虫の両方を使った研究もあります。企業との共同研究で、熟成ニンニクの成分が酵母と線虫の寿命延長に役立つということを発見したこともそのひとつです。ニンニクは昔から身体によいと言われていますが、どの成分によるものなのか詳細は不明でした。私たちの研究では、2つの成分の働きを実証しました。

 その他にも、ある成分を酵母と線虫に食べさせると、寿命が延長されることを確認しています。さらには、親世代がこの成分を摂取すると、その成分によって発現した酸化ストレス耐性が子世代に引き継がれることも見つけました。このことから言えるのは、「親の食生活は子に影響する」ということです。これはかなり衝撃的な発見だと思っています。

 このように私たちは、さまざまな研究に取り組んでおり、国内外の他大学や研究機関、さまざまな企業等との共同研究も活発におこなっています。企業さんには食品、化粧品、製薬会社、日本酒メーカーなどがあります。

 こうした研究成果は、2018年度の第15回日本学術振興会賞の受賞の栄に浴することにもつながり、また、少し古い話で恐縮ですが、修士2年のときには、英国科学誌「Nature」に論文掲載されたこともあります。論文にまとめてアウトプットし、世界レベルで認められるということは非常に難しいことですが、研究室の学生の皆さんも高い目標を掲げて日々、実験に励んでいるところです。

No.1を目指す研究は、ハードだがおもしろく楽しく、喜びも待っている。

 この研究を始めたのは、広島大学工学部の酵母研究者、宮川都吉教授の研究室に所属したところからです。宮川先生の研究室は素晴らしくて、いまでは当たり前ですが、当時の卒業論文発表会で、学生がすでに原稿をそらんじて発表していたんです。ここなら鍛えてもらえるだろうと希望して、その後は酵母研究に夢中になりました。楽しいので夜遅くまで実験を繰り返していましたね。その後、広島大学の教員になり、2014年から自分の研究室を持っています。

 この研究のおもしろさは、健康に良さそうなものを自分が最初にみつけられるということでしょうか。長寿遺伝子や健康に関わる因子などを発見するために、細胞の中で何が起こっているのかを調べるわけですが、生き物が長生きする様子を見ているだけでも楽しいですし、詳細が分かればさらに楽しくなるし、自分でもそれを摂取したくなる。自分のおもしろいと思ったことを、ただやりたいという気持ちで研究を続けて、最終的に人の健康や長寿につながって、何かの役に立てればいいなと思っています。

 実際に私たちがみつけている成分も、実は、ある食品の中に入っているので、知らず知らずのうちに皆さんが使ってる場合もあるはずです。共同研究の成果なども、エビデンスベースで明らかにできる日が近いと思っていますので、いずれは研究成果が世の中で役立てられるという喜びを味わえるのではないでしょうか。

 また、研究室の学生たちには、「よく学び、よく学び、よく学び、とにかく実験を」と言っています。ハードワークに徹しろと。厳しく聞こえるかもしれませんが、負け戦にならないように頑張って欲しい。とにかく実験を続けましょうという風に指導しています。

 そんな私たちの研究室に、ぜひともたくさんの学生さんを迎えたいのですが、ひとつ、どうしてもという条件があります。それは、「喫煙者お断り」ということです。線虫には嗅覚と神経があってタバコの臭いを嫌って逃げていってしまうので。そのため、喫煙者でなく、健康長寿に興味があり、生き物が好きで、時間がある。そういう方なら大歓迎です。興味のわいた方はどうぞ研究室をのぞいてみてください。

水沼 正樹 教授
Masaki Mizunuma
健康長寿学研究室

1996年3月 広島大学 工学部 第三類(科学系) 卒業
1998年3月 広島大学大学院 工学研究科 修士課程修了
2001年3月 広島大学大学院 工学研究科 博士課程修了
       博士号取得(工学)
1998年4月~2001年3月 日本学術振興会 特別研究員(DC1)
2001年4月~2001年7月 日本学術振興会 特別研究員(PD)
2001年8月~2007年4月 広島大学大学院 先端物質科学研究科 助手
2007年4月~2011年1月 広島大学大学院 先端物質科学研究科 助教
2009年3月~2011年1月 米国・ハーバード大学 医学部 客員研究員(併任)
2011年2月~2019年3月 広島大学大学院 先端物質科学研究科 准教授
2019年4月~2020年4月 広島大学大学院 統合生命科学研究科 准教授
2020年4月~    広島大学大学院 統合生命科学研究科 教授
 
2006年3月 平成18年度農芸化学奨励賞
2016年10月 2016年度発酵と代謝研究奨励賞
2019年2月 第15回日本学術振興会賞


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