井上 卓也 准教授にインタビュー!

井上 卓也 准教授にインタビュー

河川地形の変化、水害の予測・周知に関する研究を多様な研究機関で継続

中心となるのは、河川の地形変化に関する研究。対策を考案し、特許も取得

井上先生顔写真

 私はこの春、2021年4月から広島大学にやってきました。以前は一般企業や公益法人等でエンジニアあるいは研究員として勤めてきたのですが、やはり、大学で研究をしたいという想いがあり、新たな道を歩むことになりました。最初に、私の研究についてご紹介しましょう。研究分野は河川工学です。これは、水害に強かったり、環境を保全したり再生するためにどういう風に河川をデザインしていけばよいかといったことを考える学問と言えるでしょう。研究には大きく2つの柱があります。

 1.河川の地形変化に関する研究
 2.洪水氾濫の“見える化”に関する研究

 まずは、これらを順に説明していきます。
 
 最初に、「河川の地形変化に関する研究」について。私が特に力を入れてきたのは岩盤河川の地形変化です。岩盤河川は山地によく見られるもので、河床が堆積した石で覆われていて、その下に岩盤の層があるような河川を言います。その岩盤河川で、河床を覆っている砂礫(石ころ)が流出して、軟岩層が露出する河川が増加しているということが近年、問題になっています。露出した河床は軟岩のため侵食されやすく、局所的な深掘れを起こして橋の被災等を招くことが懸念されます。そこで、この出てきた軟岩の層がどう削れるかというメカニズムに関する研究をしました。「雨だれ石を穿つ」という故事成語のように、岩盤は水で削られると長く考えられてきました。ところが、21世紀に入って、こうした侵食が、水によるものではなく、岩の層の上をころがっていく砂礫が衝突することによって生じることが分かってきました。砂礫の場合、水の1000倍以上速く削るため、河床低下も急激に起こるという訳です。
 私は、この砂礫衝突による岩盤侵食過程をモデル化し、そうした現象がなぜ起きるのかを調べてきました。石の跳躍のエネルギーに侵食の速度は比例する。跳躍の距離が長くなると当たる回数が減るので、跳躍する距離に反比例するというような定式化をし、コンピュータによる数値計算で、微小な侵食がどんどん積み重なり、地形の変化が表されていくといった解析をおこなったのです。
 加えて、上記のような侵食を防ぐ対策も講じました。その方法は、高密度ポリエチレン性のネットを設置して、流水中の砂礫をトラップし、岩盤の上に礫が載った状態を復元するものです。ネットによるこの対策は、効率の良い方法として特許が認められています。

河川氾濫時に大いに役立つ、視覚に訴えるハザードマップやiRICの開発に携わる。

 次に、「洪水氾濫の“見える化”」について。最近、大雨や河川氾濫も増えているのを皆さんも実感されているのではないでしょうか。そうした場合には、避難警報が出されたり、基本的には避難所に逃げることが推奨されていますが、避難中に浸水に襲われる危険性もあります。そこで、浸水深、浸水した際の水面から地面までの深さを分かりやすく伝えることはできないかと考えて、この研究をおこなっています。
 一般的なハザードマップは2次元で、自分が地図上のどこにいるのかがよく分からなかったり、色分けの意味を理解しづらいといった問題があり、普段からよく見ておかないと、避難時に見てもあまり役に立たない代物と言えます。
 「3D浸水ハザードマップ」は、Google Earthのストリートビュー上に浸水深を描画するという画期的な技術が使われているので、携帯電話のGPS機能で自分の位置を探して、その場所の水位を視覚的に読み取ることが可能になり、時々刻々と変化する浸水域を反映します。しかも、Google Earthを利用することで、非常に安価に利用できるという点でも評価されています。これはすでに完成していて、私は前職で開発チームの一員として携わりました。
 加えて、普段通れる道も氾濫時には使えるかどうか分かりません。雨から氾濫域を計算する「氾濫計算」をリアルタイムでおこない、使えない道路をどんどん使えないと認識させながら、避難経路が検索できるようなシステムが作れないかといった考えから生まれたのが、「浸水を回避する避難経路検索システム」です。最終的には、「3D浸水ハザードマップ」とくっつけて、安全な避難ルートを分かり易く伝えるアプリにしたいと思っています。
 このような洪水氾濫の“見える化”に活かされているのが「iRIC」という技術です。
 「iRIC」というのは、International River Interface Cooperative の略で、2007年に北海道大学の清水康行教授とUSGS(アメリカ地質調査所)のJon Nelson博士の提唱により始まったプロジェクトです。ここから、水工学に係る数値シミュレーションのプラットフォーム「iRICソフトウェア」が誕生しました。前述した「氾濫計算」が誰でも簡単におこなえることを狙いとして開発が始まったこのソフトウェアは、すでに無料で提供され、欧米からアジア、アフリカまで、世界で1万人以上のユーザー数を誇ります。また、「iRIC」には「Nays2D Flood」という汎用二次元氾濫計算ソフトも同封されており、洪水や河川津波の氾濫範囲の評価に役立てられています。私はiRICの中核メンバーのひとりとして、研究界の最新技術を誰でも触れられるように努めてきました。こうした活動の中で培った経験や世界中の人との交流が、私の研究生活を支えてくれていることは言うまでもありません。

より良い研究環境を求めて広島大学へ。一緒に河川のデザインを!

 このように、民間企業や国の研究機関などでエンジニアや研究員として仕事をしてきた私が、なぜ広島大学にやってきたのか、疑問に思う方もいるかもしれません。
 学部の3年生のときに河川工学や水理学の授業がなんだかおもしろいなぁと感じたのが最初で、4年生のときには、当時、ダムに土砂がたまってしまうことが問題になっていたので、ダムに砂がたまるメカニズムの研究をしていました。その後も河川系の研究をずっと続けている訳ですが、就職した当時は、どこでエンジニアや研究者をやっても同じだろうと考えていました。

実験風景

しかし、実際にはそれぞれに違いがあります。一番大きな違いは、研究のタームです。民間企業では2~3年、国の研究所だと5~10年くらいでものになるような研究を求められるんだと思うんですが、大学では10年後、20年後を見据えた研究ができる。新しいことができたり、何に興味持って始めても、どこまでやってもいい。そうした自由度の高さが楽しいと、大学に移ってきて実感しているところです。
 将来的には、新しい枝をつくるような研究をやりたいと思っています。すごい発見がひとつあると、そこからぶわーっと枝が広がっていって、枝の先を伸ばすような研究がたくさん出てくるものですが、やはり、後世の研究者が自分の枝先を伸ばしてくれるような、自分自身の枝を立てられたらいいなという風に思います。
 そして、将来の進路を考えている皆さんには、ぜひうちの研究室に参加してもらいたいですね。工学部をめざす学生の中には、建物をデザインする建築士に憧れているひとも多いのではないでしょうか。実は私もそうだったのですが、いまは方向を少し変えて、「河川をデザインする」ことを仕事にしています!水工学ってどんな学びなんだろうと興味のわいてきた方はぜひ私たちと一緒に、川のデザインをしましょう!

学生達と一緒に

 

井上 卓也 准教授
Takuya Inoue
水工学研究室

2000年3月 北海道大学 工学部 卒業
2002年3月 北海道大学大学院 工学研究科 修士課程修了
2002年4月~2011年3月 株式会社開発工営社 社員
2008年4月~2010年3月 北海道河川財団(出向)
2011年 北海道大学大学院 博士号取得(論博)
2012年4月~2021年3月 国立研究開発法人 土木研究所 寒地土木研究所 主任研究員
2021年4月~ 広島大学学術院(先進理工系科学研究科)   准教授


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