
超音速の動きを数学的に解明する研究
常識が通用しない超音速の性質
私は気体を数学的に解析しており、特に「超音速の気体」を研究対象としています。超音速とは音速を超える速さのことを言い、超音速の気体は私たちの身の回りにある通常の気体とは異なる性質を持っています。例えばケーキに立ったろうそくの火を消そうとするとき、皆さんは口をすぼめますよね。これは吐き出す空気の勢いを強めるために行うことであり、同じ原理が飛行機のジェットエンジンに応用されています。飛行機の排気口は通常、吐き出し口にかけて狭まった形状をしており、そこから燃焼ガスを勢い良く排出す
ることで推進力を得ています。
しかし、超音速の気体はその逆で、狭いところから広いところへ向かう過程で気体の勢いが増すという性質を持っています。この性質が応用されているのがロケットです。ロケットの排気口は、砂時計のように入り口から中程にかけて狭まり、中程から出口にかけて広がった形状をしており、これをラバル管と言います。ロケットを宇宙に飛ばすほどの超音速の気体を生み出すためにはこの形状であることが不可欠で、その事実は広く知られていますが、数学的に解明することができていませんでした。数学的に解明するというのは、ある微分方程式を解いて気体の運動(解)を調べ、気体の密度や速度を求めるということですが、300年ほど前から方程式自体はわかっているのにその複雑さゆえに解の性質がわからない状態が続いていました。
超音速の状態を予想して解を求める
この問題を解決するためには、そもそも解が存在するのかどうかを示す必要がありました。そのために解が有界、つまり無限大にはならないと保証する必要があったのですが、その手法を研究で導き出すことに成功しました。まず、これまでアプローチの道具として用いられていたのは、「時間」に依存した不変領域という考え方でした。例えば、12時の時点で一つの箱の中に蝶がいたとして、箱内を自由に移動できたとしても外へは出られないという状況をイメージしてください。時間に依存した考え方では、ある時刻までは解が存在していても、ずっと存在し続けると示すことはできませんでした。そこ

で、私が考えたのが「空間」に依存する不変領域という考え方です。空間というのは場所のことで、例えば街中だと蝶のいる箱は狭くても問題ありませんが、自然豊かな郊外だと餌も豊富で蝶がよく育つので広い箱が必要になります。このように、蝶のいる箱のサイズを場所毎に決めたというイメージです。蝶が小さくなったり大きくなったりしても箱からは出ない、これは気体ならば、速くなったり密度が大きくなったりしてもある領域からは出ない、と予想できている状態と言えます。こうしたアプローチにより、微分方程式を解くことができたのです。
この微分方程式を利用して、ラバル管内の気体の速度や圧力、密度などが具体的な関数で見積もれるようになりました。そのため管にかかる圧力を基に、管に必要な強度や厚さを求めてコスト削減に繋げたり、気体の動きをシミュレーションする際にも精密な値を基に速く計算することができる可能性があります。また、この微分方程式と同じような性質を持つ微分方程式が多数あり、例えば道路をノズル、車を気体に当てはめて、道幅が変わる道路を車で移動するにはどう動いたらスムーズかを求めたり、血管の中の血の動きや半導体の中を移動する電子の動きなど、「流れるもの」についてパラレルに適用することができます。
問題の本質に触れるブレークスルー
この研究を始めたきっかけは、常識はずれの現象に興味がそそられたからでした。この世には「衝撃波」というものがあります。例えば爆弾が爆発すると爆風によって建物が壊れますが、空気がぶつかるだけで物が壊れるというのは本来不思議なことですよね。通常連続している空気の密度や速度が不連続に変わることで衝撃波となり、凝縮された気体がぶつかることで物が壊れるのですが、このように想像もできない現象が私にとっては面白く感じられ研究に夢中になっていきました。
私の研究における最大の目的は、「物理現象を数学的に理解する」ことです。上述した微分方程式は長らく数学的に解明できていなかったとご紹介しましたが、解きやすいようアレンジすることは可能です。しかし、それは現実に起きた物理現象を捻じ曲げる行為と言えます。私はあくまでもありのままを理解したいという思いで、諦めず粘り強く研究に取り組むことを心がけています。気体の流れという自然由来のものを相手にしているため時間はかかりますが、一見して複雑に見える式を解いたときに現れるシンプルな結果を見ると美しいと感じ、自然の真理に触れたかのような気持ちになります。
普段は論理的に考えますが、この方程式が解けた際は単に「こうしたらきれいだな」という感覚に任せてやってみた、という実感が強くあります。問題の本質、解決策に至るときは、不思議とこのような直感任せのブレークスルーが起きることが多いと感じていますが、そのブレークスルーが起こるまでには、多くの試行錯誤と失敗の繰り返しがあります。今はインターネットで調べれば解決策がすぐにわかりますが、最前線のことをやろうと思ったらそこに答えはなく、膨大な失敗をすることになります。高校生の皆さんは、失敗からすぐに立ち上がる力、主体的に粘り強く取り組む力を大切に、興味あるものと向き合ってみてください。
柘植 直樹 教授
NAOKI TSUGE
数理学研究室
1999年 3月 慶応義塾大学 理工学部 卒業
2001年 3月 京都大学大学院 理学研究科 修士課程 修了
2004年 3月 京都大学大学院 理学研究科 博士後期課程 修了
2005年 4月 同志社大学 嘱託講師
2006年10月 広島工業大学 講師
2009年10月 岐阜大学 准教授
2023年 4月 広島大学大学院 先進理工系科学研究科 教授